第40話 黒髪男の交渉

一方カエルム中央に佇む城では、優雅な晩餐会が開かれていた。

広々とした造りの食堂には幾つもの明かりが灯され、そこに臨席する貴族たちは晩餐の席でにこやかに語らう。

それがここ何日か続く、この城の日常だった。


「アドラー殿、どうでしょう。

我が領の味がお口に会えば良いのですが……」

「ええ。このように連日歓待頂き感謝致します」


クロードアルトをもてなす伯爵は、特徴に乏しいが穏やかな顔つきだ。

良くも悪くも長老のような鬼気は感じられない。

その周りに集う貴族たちも、それぞれ和やかに談笑しながらもそれとなくこちらに注意を向けているのが分かった。

当然だが、ここにいるのはドミニク家縁の貴族――中立派ばかりだ。

国境の危機に際して、国王に味方することを選ばなかった者たちだ。

そんな中に国王の使者が乗り込んできた。

彼らがクロードアルトを見る目に粗探しの要素が多分に含まれたとしても、それはごく自然な成り行きと言えた。


けして味方とは言えない者たちに囲まれて、一挙手一投足を見られている。

流石にこの状況で、いきなり伯爵に国王の支持を説くなどすべきではない。

そればかりか、ここでの自分の失態は国王の失態となる。

ただでさえ庶出と蔑まれているのだから、社交場にふさわしからぬ失態などあってはならない。

だから彼はこの場の誰より貴族らしく振る舞わねばならず、現段階ではそれのみに精神を傾けていた。


だが、あまりここに時間を割いてもいられない。

現在の状況は間違いなく国中に広がっている。

ドミニク家の動向は殆どの貴族が注視するところだろう。

そして「短期間でノックス侯爵を動かした聖女様」の風聞も、その効力は時間とともに低下していくだろう。

のらりくらりと、時間稼ぎに終始されるのが一番困るのだ。


「…………」

葡萄酒で口を湿らしながら考えた。

長老はあれで、一代で領地を飛躍的に成長させた辣腕として知られている。

ただ少々、感情的と言うか直情的な節があるだけで。

しかしこの伯爵自体は、そこまでの手腕や信条といったものはないのだろうと踏んでいた。

そこが付け入る隙でもあり、まただからこそ中央貴族たちや、身内の意向に流されては立場を曖昧にする。

……内通などをする類の人間とは思えないが、用心に越したことはなかろう。

自分に何かあれば発動するよう、ここに来るまでに打っておいた仕掛けなど思い出しながらも、顔だけは友好的に微笑み合う。


「お母君はご息災であられますかな。

北部に嫁いでおしまいになって、この数年は王都にもいらっしゃらず、妻は寂しいと零すこともしばしばなのですよ」

「嫁ぐ前、伯爵夫人と親しかったということは聞いております。

母としても文の一通でも認めたい気持ちは山々でしょうが……

落ち着かないことには、どうにも」


その時、微妙に空気が変わった。

それを肌で察知すると同時に、伯爵が口を開く。


「北の戦況は一進一退だそうですね。

聖女様のお導きによって元帥閣下が帰還なされましたが、それでも攻め寄せた敵を完全に押し返すには時間がかかることでしょう。

私もまた貴族として、この難局を憂いております」


おや。これは。

どう切り出したものかと思えば、まさか向こうから突っ込んでくるとは。

その意外さは僅かも顔に出さず、クロードアルトは冷静に答えを返す。


「……いかにも、陛下は今でもグナーデで日夜戦っておられます。

ここで後方に頼れる朋友でもあれば、これほど心強いことはなく、感謝の思いは何物にも代え難いものとなりましょう」


「分かっております……。

ですが我が家にも、色々と柵がございます。

今のまま陛下にお味方したとて、そちらの解決に少々手間取ることでしょう。

そうなれば或いは、陛下への帰参も遅れてしまうやもしれませんが……」


奥歯に物が挟まった言い草だが、クロードアルトはそれに笑みを深めた。

これなら可能性はある。

見返りに何を差し出せるか?つまりこれはそういうことだろう。


そして、今は長老のもとに身を寄せている聖女のことも思い出した。

あれはあれでどう転がるか未知数だし、放置しておくわけにもいかないだろう。

あちらについても、近々確認しなければならない。


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