第39話 ショコラ再び
「……おい。その、最近の様子はどうだ。
連れの娘の容態はどうなのだ?」
「お陰様で、快方へ向かっているようです。
よく効くお薬をを処方頂きまして、ありがたく思っております」
「む、そうか……」
その日から、長老の様子が微妙に変わった。
妙にそわそわとした様子で、事あるごとに声を掛けてくる。
正直風邪を移されたとか言われたら堪ったものではないので、あまり近づいてこないで欲しいのだが。
医者まで世話してもらった身でそんなことを言うわけにもいかない。
ヘリアンサスにできることは当たり障りなく手短に切り上げることだけだった。
幸いリリウムの体調は、数日ほどで改善されていった。
流石に常につきっきりではいられなかったが、日増しに良くなる顔色に安堵していた。
「……リリウム、起きた?具合はどうかしら」
「あ、ありがとうございます……。
午後にお薬を飲んでから少しずつ楽になってきたので、後少しで良くなると思います」
「最初はどうなるかと思ったけれど、良かったわ。お医者様にも診て頂けて……」
大分熱も下がってきた、後は様子を見よう、そんなやり取りをしていた時だ。
廊下からざわざわとした気配が伝わってきた。
何事かと思った時、勢いよく扉が開け放たれる。
「邪魔するぞ!」
長老だった。背後には使用人を引き連れている。
リリウムは驚いたように肩を跳ねさせた。
それに構わずずかずかと踏み込んできて、思わず立ち上がった。
「な、何ですか。流石に失礼では?」
「ふん、この屋敷の主人は誰だと思っておる。
いつどこに入ろうとワシの勝手だ、何が悪い!」
長老は鼻息荒く言い返すが、しかしその威勢は続かなかった。
暫し黙り込み沈黙が流れる。
どうしよう、本格的に要件が分からない。痺れを切らして追求しようと思ったところで、やっと話が再開された。
「……貴様らはここに来るまで、何度も手紙を送ってきたな。
我が領の素晴らしさだとか何とか並べて、見え透いた媚びだが……しかし物事には虚実入り乱れるもの。
ワシもそれが分からぬほど頑迷ではない」
「ええと、その、はい……?」
中々言わんとする真意が掴めず、戸惑いながら事の成り行きを見守る。
使用人たちが流れ込んできて、何かを運び込む。
幾つかの瓶と小皿と小鉢、更に小さな蓋付きカップを乗せた盆が机の上に並べられた。
カップの蓋を開けると、覚えのある香りが広がった。
「……ともかく!!
その娘はショコラを好んでいるのだろう。
これは味もそうだが、栄養価も非常に高いのだ。
病んだ体には良い滋養になる。
これでも飲んで寝ておけばすぐに快復しよう」
やたらと早口でそんなことを言いながらも、使用人たちの動きは淀みなく進んでいく。
それを呆然と見守り、長老を見つめたら、思い切り顔を背けられた。
「か、勘違いするなよ!!
ワシのせいで子供が風邪を引いたなどと言いふらされては、外聞が悪いからだ!」
「あ、ありがとう、ございます……?」
「ふん!!ま、まあ貴様は館の手伝いも真面目にやっとるようだしな。
日が経っても手を抜く様子もなく、床磨きだの草むしりだの皿洗いだの何をさせても上出来だと使用人も言って……」
そこで盛大に咳払いをし、
「だがまだワシは認めたわけではない!!
これで思い上がるなよ小娘!」と叫んだのだった。
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