第35話 まずは長老と接触だ
そして神殿に戻ったヘリアンサスは、軽く客室の掃除をしてから眠った。
小さなベッドの上で、翌日を迎えた。
外は晴れ渡って、清々しい天気だ。
日に日に暖かくなっているのを感じる。
ヘリアンサスは起き上がり、身なりを整えた。
長老は町外れの城館に隠居していると聞く。
「聖女様、本当に行かれるのですか……?
神殿にとってはあの長老様は、非常に難しい方でして、いえそもそもはこちらが悪いのですが……」
マルクという神官は怯えたような顔で聞いてくるが、だからといってもう止まる選択肢はない。
いざ出陣である。
「帰れと言っておろうがこの詐欺師がああああああああ!!!!」
「長老様、興奮なさってはなりません!!誰か、急ぎお水をお持ちせよ!」
「聖女様、申し訳ありませんが今日のところはお引き取り下さい……!
ああそこの、館に戻って応援を呼んできなさい!」
かくしてヘリアンサスは覚悟を決めて長老の館を訪れた。
しかし案の定、館に近づくなり出てきて杖を振り回しながら暴れられた。
傍にいる医者や近習たちは弱り切った様子だった。
流石に迷惑だったかも知れないと反省する。
だが、しかしそれではどうすれば良いのか。
これではまるで取り付く島もない。
「ヘ、ヘリアンサス様……」
「大丈夫よリリウム。な、何とかするから……」
何が大丈夫なのかは正直自分でも良く分からん。
でも不安げなリリウムをそのままにもしておけない。
とにかく周囲を駆け回る一人に詫びと挨拶の言葉を伝え、賄賂……土産物を手渡した。
「これは聖女様、恐縮でございます……ご隠居様の振る舞いについては、申し訳もなく……」
「いえ。こちらこそ面倒を持ち込んでしまい、申し訳ありません。
ですがどうかご協力頂けないでしょうか。
どうにかして、長老様と冷静に話し合いたいのです」
「それは、ええ……ですが今日のところは、何卒ご容赦下さい。
私どもからもご隠居様に掛け合ってみますので、数日お時間を頂ければ……」
「どうかお願いします。重ね重ね、申し訳ありません」
ヘリアンサスはそう伝えて、深々と礼をした。
その日の帰途でも、街中を歩いているだけでも悪目立ちしているのが感じ取れた。
しかしこれに挫けるわけにはいかない。
できることからしなければ。
夕刻、日の傾いた部屋の中では箒の影が踊っていた。
街中にいてもできることはなさそうなので、一度神殿に戻った。
それから適当な一室を選び、手始めに取り掛かったのは掃除である。
こうした作業は、考えをまとめるには丁度いい。
ここの神殿は最低限の整頓はしてあるが、やはり手が回りきらないようで、使っていない部屋は薄く埃が積もっていた。
お礼も兼ねて掃除も含め、色々手伝おうということになったのだ。
掃除は嫌いではない。無心になれる。黙々と手を動かしながら、今後の展望をあれこれ考えていた。
接触と言ってもどうしたものか。
直接顔を合わせると、初対面の再来になる予感しかしない。
となれば間接的な方法だろうか。
「……ねえ、リリウム」
「何ですか、ヘリアンサス様?」
「先程、ショコラを味わったわよね。あれ、どう思った?」
「どうって……とても美味しくて、幸せな気持ちになりましたけれど」
水を向けられたリリウムは、濡れ布巾を持った手を止める。
何を言われているのか分からないというような顔だった。
その顔を見つめ、もっと詳細に言い表して欲しいと催促する。
リリウムは戸惑い、口籠りながら語ってくれた。
強い甘さ、他にはない風味と香気。
味のみならず、口当たりと喉越しまで、全てが甘かったこと。
幸福だったこと。
それらの感想をじっと聞いて、頭の中で整理し、並べ替える。
「あの……一体何なのですか、ヘリアンサス様?」
「……長老様に、手紙を書いてみようと思うの。
自領を褒められて、嫌な領主はいないでしょうから。
お話するためにも、この街のことを色々知りたいわ」
未だ神殿への不信感が残る領民のため、黒髪男も情報集めや働きかけをすると言っていた。
だが、風向きが変わるのをただ待っているわけにもいかない。
方針が定まった。ひとまずは長老とその近辺との接触、更にはネタ集めである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます