第27話 聖女辞めたかっただけなのに!!

 そんな紆余曲折ありつつもどうにか侯爵を口説き落として(どうやってかは聞かないで欲しい)、ノックス侯爵は国境で王を助けるべく出兵した。

そうなれば付近でタイミングを窺っていた貴族たちも、遅れを取ってはならじと続く。

こうしてグナーデの王の元にはまとまった、不利を覆し得る戦力が馳せ参じることとなった。

アルクス軍は増援でも以て補給線を脅かし、戦線を後退させる。

救援が辛うじて間に合い、国王はライン要塞を救出することに成功した。


「聖女殿ーー!!やった、やったな!ノックスも良く来てくれた、心から感謝する!」

「これはラウラ殿、お久しぶりです。

いえ、礼は不要、寧ろこれまでの不義理をお詫びせねばなりません。

些細な利害に目が眩んで惑っておりましたが、めがみ――いえ、聖女様の厳しくも激しい愛によって、私は己の本心に気付いたのです」


 おいやめろ変態野郎、真顔でギリギリの発言をするな。


「無事戦況を変えられましたら、褒美に豚野郎と呼んで頂きたく……」などと約束させられたのを思い出し、更に頭痛が酷くなる。


 しかし武門の呼び声高いだけのことはあり、性癖はともかく実力は確かだった。

いや余計に怖いが、ノックス侯爵家の援軍はその規律と火力でアルクスの劣勢を跳ね返し、追い込まれていたアルクス軍はこれに狂喜した。

均衡が崩れ一気に不利に傾いたところに、この劇的な逆転劇である。

誰もが沸き返り、声の限りに聖女を讃えたが、当の聖女としては――……


「この一月余りで十年老け込んだ気がするわ……」

 それが本音だった。

目論見自体は上手く行ったが、何か大切なものを失ってしまった気がしてならない。

ぐったりしていると一緒に来ていたリリウムが声を掛けてくる。


「あの、ヘリアンサス様。お客様がおいでのようです」

「…………そう、お通しして」


 もうそろそろ許容量を越えそうなので勘弁して欲しいが、断れば後が怖い。

気配の生じた入口に濁った目を向けると、何だか既視感のある感じで垂れ布が跳ね上がる。

その向こうの人影を見て、ヘリアンサスの目が一気に見開かれた。


「へ、陛下……っ!!」

 慌てて姿勢を正し、礼を尽くそうとする。

「ノックス侯爵が腰を上げたと聞き、一応見に来たのですが。どうやら急ぎ駆けつける必要はなかったようですね」


 続いて入ってきた黒髪男が何やら駄弁っているが、ヘリアンサスの目は隣の国王に向いていた。

確かに国王……だと思うのだが、雰囲気が以前会った時とは明らかに違う。

何と言うか、非常にざっくばらんな表情だ。

少しラウラに似たその笑顔で、国王は大股でヘリアンサスに歩み寄った。


「いや凄いなあんた!正直胡散臭えと思ってたんだが、まさか本当に状況を変えちまうとは!」

「…………え、……あ、は……?」


 ヘリアンサスは戸惑って立ち尽くす。

何だ、この下町の兄ちゃんのような口調の男は。

見た目はグナーデで出会った国王そっくりだが、雰囲気がまるで違う。

それこそ良く似た別人と言われた方が腑に落ちる。

後ろの黒髪男がそれに眉間を揉みつつ苦言を呈する。


「陛下。即位なさったからには、その口調はお捨て下さいと何度も申し上げましたが」


 国王はそれに「ああ、悪いな!」と言いながら向きを変え、視線を黒髪男に移した。

「これで分かっただろクロード、この聖女様が言ったことは多分正しいし、二心もなさそうだ」


 黒髪男にそう言い放った国王は、再び此方に向き直る。その顔は好奇心で溢れていた。


「んであんた、どうやってノックスを手懐けたんだ?俺も努力はしたんだが、あいつ結構隙がなくてなあ」

「……………どうって。どうも、こうも」

「ん?どうしたんだ?ああ疲れてんのか、肩でも叩いてやろうか?これでも結構上手いんだぞ、ラウラの屋敷にいた頃は色々と……」


 何か言っているが、頭に入ってこない。

何だこれは。一体何が起きている。あんまりにもあんまりな成り行きに、ずっと張り詰めていたものが決壊するのを感じた。

疲労だの何だのが極まり、何かぷつりと切れるのを感じた。


「――――……あああああああもう嫌何なのよこれええええええぇえぇ!!!」


 何年も使い込んできた聖女面も遂に限界を迎え、気づいた時には素に戻って叫んでいた。

倒れ込むように勢いよく膝をつき、頭を掻き毟る。

相手は敵かも知れないとか、そうでなくても迂闊な真似は危険だとか考える余裕も消えていた。

頭を掻き毟って喉も裂けよという勢いで喚き散らす。


「何でこんなことになったの!!こっちはただ聖女辞めて平和に暮らしたかっただけなのに!!」


 気を張り過ぎた反動で限界に達し、思惑も慎みも警戒心も完全に頭から消えていた。

やり場のない感情を乗せて、地面に拳を叩きつける。

何なのだこの惨状は。

蓋を開ければ変態は覚醒するし聖女様聖女様と連呼されるし国王は下町風だし!

行動に出た時点で覚悟を決めていたとは言えこんな混沌とした展開は予想していなかった。

もう何が何だか意味が分からない。

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