第24話 貴族との修羅場にて・・・?!!
二度目の大広間の空気は変わらず余所余所しく、緊迫したものだった。
ノックス侯爵以下、配下の貴族たちも既に集結していた。
城下の空気は大分変わってきたと思うのだが、やはり貴族の面々の表情には目立った変化は見受けられない。
ヘリアンサスも以前と違ったことをする気はない。
姿勢を正し、聖女として踏み入った。
ついて行く、と言ってくれた者たちもいたが、ここに来るまであえなく追い払われてしまった。
仕方がないので彼らには別のことをお願いした。
「こうなってはもう猶予は――」
「我々にも守るべきものが――」
「ですが――」
「しかし――!」
そして始まった議論は紛糾した。
いや議論と呼べるような代物ではない。
貴族たちはただ己の都合を振り翳し、ヘリアンサスは神託の皮を被せた持論を強硬に主張するだけなのだから。
「貴様のような者には分からんだろうが、うかうかとは動かせん微妙な均衡があるのだ!!」
「その均衡のために、守るべき国土が焦土と化しても構わぬと仰せですか!!」
「国土と言っても所詮北の熊どもの巣穴であろう!」
「そのような考えこそが国を破滅に追いやるのです!」
「下手に出てやれば、孤児の小娘がつけあがりおって……!!胡乱な物言いで我らをだまくらかそうとしているのなどお見通しだ!!
あまつさえ民までも扇動し、こんな真似をしてただで済むと思っているのか!!」
一際声の大きい貴族が、忌々しいとばかりにこちらを睨みつける。
名前は何だ、ホートンとか言ったか――他にも数人が如何にも忌々しげに見てくる。
僅かな瑕疵でも覗けば即座に追い立てようと手ぐすね引いているのが分かる。
やはり数が少ないというのは不利だ。
こちらが一つ言う間に、向こうは十二十と打ち返してくる。
酷いときなど周りの声に飲まれて自分が何を言っているかも良く聞こえない有り様だ。
だがここで引き下がるわけにはいかない。
ヘリアンサスは素人だ。
聖女という名のお荷物だ。
貴族、まして高位の将校の判断に口を挟めるような身でないことなど自分が一番分かっている。
けれどこれだけは確信できる。
今ライン砦が落ちればアダルベロは半壊を避けられない。
北部の貴族もアルクスを見放すだろう。
そうすればどうなる。
(軍が散り散りになる、敵も味方も押し寄せてくる……!!)
見える、踏み潰されて息絶える自分の幻影が見える。
何なら走馬灯まで流れそうだ。
迫りくる死の予感に気絶しそうなヘリアンサスを他所に、司令塔となるべき貴族は各々勝手な言い分ばかり主張する。
喧騒は広がっていくばかりで、これではどれだけ声を張り上げても上座の侯爵には届くまい。
当の侯爵は感情の読み辛い顔でこちらを見ていた。
その顔を見て、どっと背中が冷たい汗で濡れるのを感じる。
(これは、駄目。ここで押し切れなければ二度と話など聞いては貰えない。何とかしなければ、今からでも、なんとか――……)
だが、だがしかし、数年後しの付き合いの家臣とぽっと出の胡散臭い女、どちらの言葉が重いかなど火を見るより明らかというもので――……、
「我らの関与するところではない、北の熊どもなどどれだけ死のうが知ったことか!!
貴様も貴様だ、聖女なら大人しく戦場で国運を祈っているが良い!!
与えられた役割も果たせない小娘の言葉など聞き入れるに値せぬ!!」
「――……!!」
この時、何かが切れた。
『……嗚呼……………』
後にこの時を思い出して、ヘリアンサスは頭を抱えることになる。
この時彼女は正気ではなかったのだ。
焦りと恐怖で半ば発狂していた。
ヘリアンサスは後に猛省した。
如何なる状況であろうとも、まず相手との対話を試みることが解決の一歩なのだと。
文明人たるもの、どんな事情があろうとも暴力に訴えることはしてはならないのだ。
もしもあの時の自分に、僅かでも冷静さが残っていれば。
取り返しの付かない事態を、招かずに済んだかも知れないと。
しかし今の彼女はそんな未来の後悔など知る由もないので、考えるより先に腕が唸りを上げるのを止める術もなかった。
次の瞬間手は空を切り、破裂音が鳴り響いていた。
相当良い音がした。ヘリアンサスはこれでも孤児院で喧嘩慣れしていたので、痛くて派手な打ち方はお手の物だ。何の自慢にもならないが。
そして事態はさらに悪化する。ふぁさりと場違いなほど優しい音を立てて、床に舞い落ちたそれは、カツラであった。
気づけば、先程まで散々がなり立てていた貴族が、露わになった頭部も眩く呆然とした顔でこちらを見ている。左の頬を腫らしながら。
その場の空気が凍りつく。
誰もが唖然とし、驚愕し、絶句していた。
吐息が落ちる音すら聞こえない。
にも関わらず、耳には聞こえない何かが決定的に壊れた音が響いた気がした。
ヘリアンサスはそれを、妙に静かな心持ちで聞いていた。
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