第23話 ここで突っ張らなければ後がない
そんなことを、それから十日以上続けた。
注目を集めるだけならば、然程難しいことではない。
元々目立つ聖女という立場に加えて、戦況のことは、やはり人々の関心の的であったのだ。
未だ直接的な戦闘が起きておらず、けれどいつ戦火が来るか分からないのがヴェスパータだ。
今アルクスを覆っている争いについて、関心がない者の方が珍しい。
実際にそれを体感したヘリアンサスの元へ、話を聞きたいと集まる者は少なくなかった。
そしてそれはヘリアンサスにも望むところだ、喜んで応じた。
戦地で見たこと、聞いたこと、それらを集まった者に向けて語る。
場合によっては、反応を見ながら多少脚色して危機感を煽る。
やり過ぎは禁物だが、そうでもしなければ間に合うか怪しい。
「聖女様、お話を聞かせて下さいますか」
「まあ、隊長様に、子爵様まで。どうぞお楽になさって下さいませ」
――とうとう釣れた。
その昼やって来た、上々の釣果に笑みを浮かべる。
ここ数日で騎士たちの出入りも増えるようになっていたので、そろそろ来ると思っていた。
となればこちらも、新たな手札を切る時だ。
「私の話を聞いて下さる方も増えたことですし、今日は新しく、私が交流した貴族の方々について語り伝えたいと思います。
特に今も、実際に戦っておられる北部貴族の皆様は――……」
北部の貴族たちの動向や中央への感情について、これまた脚色しながら説得する。
このままでは中央への反感は膨らむ一方、離反者や内通者すら出るかも知れない。
窮地に立たされている時に、訳の分からない権力闘争に追われて守ってくれない国家など、見限らない方が不自然だ。
そして寝返るなら早い方が良いのだから、最早猶予など存在しないのだ。
「北部が敵の手に落ちた場合、真っ先に危機に瀕するのはこのヴェスパータです。
元はアダルベロとの境、今は中央を守る要衝であるのですから。
その時を座して待っていてはなりません。
ここで打って出ねば、アルクスには破滅しかないと神は仰せです」
「聖女様、ですが。それでは北の連中は、自領も守れぬ者ということではありませんか。
こちらにもこちらの都合がございます。
だのにあやつらはただ我らの助けを待つのみと?」
「天から見晴るかす地においては、北も南も些細なことでございます。
この国難に、心を一つに立ち向かうこと。
それが神の思し召しでございます」
困った時は便利な言葉、「神の御意志」、「神の仰せ」を多用する。
隣人の危機、刻々と迫りくる戦火に続いて訴えるのは、国家の危機である。
家族の生死、友人の苦難に留まらない話だ。
言葉を選びながら、彼らの国民としての思いを煽る。
根気強く、精魂込めて訴える内に、人々も感化されていく。
ヘリアンサスは日に日に手応えを感じるようになっていた。
「……最近では広く、伝道の手を差し伸べて下さっているとのこと。
ヴェスパータの神殿には一方ならぬ尽力を頂きまして、いつも有り難く思っております」
「勿体ない仰せ、寧ろ感謝しなければならないのは我らの方です。
聖女様のお陰で神殿を訪れる人々も増えました。
迷い子たちを導けるようより一層精励して参ります」
ヘリアンサスはその日、ヴェスパータの神官を与えられた客室に呼び寄せ、近況を語り合っていた。
日々の訴えが功を奏し、徐々に支持者は増えていった。
彼らも決して、心から現状を良しとしていたわけではないのだ。
彼らにとっても国境の危機は他人事ではなく、戦況如何で本人や家族の安否も左右され得る。
貴族の意向という力に抑えつけられていたそれを、ヘリアンサスはただ聖女の託宣という形で呼び起こせば良かった。
結局人々を動かすのは、自発的な意志なのだ。
ヘリアンサスは日々それを実感していた。
ヘリアンサスがヴェスパータに来てから、半月が経とうとしていた。
最近は外に出ていくと笑顔を向けて貰えることも多い。
神殿でともに祈る人々が増えたり、周囲や貴族に働きかける人が出たり、静かだが着実な手応えを感じていた。
神殿も聖女を通して人々の意識が向いてきたと考えているようで、前にも増して精力的に動いてくれている。
リリウムも自分にできることはないかと考えてくれたらしく、最近は城下の子供と遊んでくれている。
子供を通して入ってくる情報というのは馬鹿にできないし、様子を見つつ教えを説いたりもしてくれているらしい。
殆ど出たとこ勝負で始めたことだが、概ね目論見通りに行っていると言えた。
だが、そういつまでもとんとん拍子に行くわけはない。
城を出て、集まっていた騎士や人々と語らっていた時、それはやって来た。
「国境が……!?」
リゲルの増援により、国境付近の戦況が急変したとの知らせだった。
民衆の只中で、ヘリアンサスはその知らせを受け取った。
咄嗟に傍にいたリリウムを抱き寄せる。
「ヘリアンサス様……」
「大丈夫よ、リリウム。……詳しい情報を聞かせてくれるかしら」
知らせてくれたのは、伝令から話を聞いたらしい見習い騎士だ。
彼から聞き出したところ、変事が起きたのは、ラインよりも東側のネーベル地方とのことだった。
そこでは元々敵軍の一部を包囲によって拘束していたのだが、突破され、野放しになった敵軍がラインを攻囲する戦力と合流してしまった。
しかもそれが小勢ではないらしいのだ。
更にそこに増援までやって来た。
ただでさえアルクスは戦力不足だというのに、こうなってしまえばいよいよラインが落ちるのは時間の問題である。
「聖女様……!」
「……我らの気持ちは決まっております。
聖女様のお言葉に従います」
「ですが、こうも突然では」
「平和が崩れるのは、いつでも唐突なものだ。
ここまで悠長にしすぎたくらいだ」
ぎりりと歯を噛みしめる。もう一刻の猶予もない。
周囲にもどよめきが広がっていた。
口々に言い交わす人々の顔にはそれぞれ浮かんだ動揺、嫌厭、迷い、奮起――それらを見て覚悟を決めた。
ここで突っ張り通せなければ後はない。
「……ノックス侯爵への謁見を願い出ます」
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