第20話 まずは外堀を埋めるのだ
ふと足を止めた。その目線の先で、休憩中らしき騎士たちが数人寄り集まっている。
「……こんにちは。御機嫌如何でしょうか」
そう話しかけてきたヘリアンサスに、彼らは一様にぎょっとした要素を見せた。
数秒互いに目を見交わし、やがて一人が挨拶を返す。
「聖女様におかれましては、本日も大変麗しく……」
「あら、ありがとうございます。……少し付き合って下さるかしら」
「勿論でございます。どうぞこちらへ」
突然の割り込みに気を悪くした様子もなく、恭しく迎えられる。
女性を尊重する騎士道に則った振る舞いだ。
騎士というのは斑が大きく、場所によっては破落戸と大差ない者もいると聞くが、このヴェスパータの騎士は規律が行き届いているようだった。
天気などの当たり障りのない話をしてから、徐ろに本題を切り出す。
「皆様は、私のことについて既にお聞き及びでしょうか」
「……城主様……ノックス侯爵様に、神託をお告げにいらしたそうですね」
「ええ。皆様一人一人が、このアルクスの命運を変えるべく選ばれた方々なのです」
一晩中考えた甲斐もあり、方針は定まっていた。
狙うは貴族ではなく、騎士たちである。
アダルベロと交わらず差別していると言っても、それは貴族、しかも一部の上流に限った話である。
騎士たちや平民の中では、北部に親戚や友人を持つ者たちも多かろう。
アダルベロに近いこのヴェスパータなら尚の事だ。
まず彼らを説得し、お高く止まった貴族たちに直訴してもらう。
何と言っても数は力だ、まずは外堀を埋めるのだ。
そんな狙いを世にも清らかな微笑で押し隠し、探りを入れていく。
「戦場で色々な騎士方にお目にかかりましたけれど、ここの方々は一際芯の通った騎士のお覚悟をお持ちであると見受けました。
ここは戦地からは距離があるというのに、皆様が常に常在戦場のお心持ちでいらっしゃることが伝わってきます」
「も、勿体なきお言葉です……」
一人がそう答えて、何人かが口籠り、残りは目配せし合う。
戸惑われているが、嫌がってはいなさそうだった。
手始めに擽るのは、武人としての自尊心だ。
勇壮さや規律を称えられて嫌な顔をする騎士はいない。
色々と雑談の体で聞き出しながら、ふと気づいたように話を移し替えた。
「ああ、あそこの。左側の旗が、侯爵が擁する騎士団の旗なのでしょう?」
「その通りですが、よくお分かりになりましたね。
都市の旗の横ですし、意匠も他と比べて地味だと良く言われるのですが」
「ええ、分かりますとも。
祈りの中でも、あの旗が国境に翻る様を見ましたわ。
その下で皆様は戦い、見事に国を護ってお出ででした」
だがそう踏み込んだ途端、彼らは口をつぐみ、黙り込んでしまった。
やや気不味い空気の中、刺激しないようゆっくりと問いかける。
「……実際のところ、こちらへ詰めておられる騎士の方々はどのようにお思いなのでしょうか?
今回の侵攻に関して、放置しては国が荒廃するばかりではないでしょうか。
皆様はそれで宜しいのですか?」
それに返ってきたのは戸惑ったような、気詰まりそうな沈黙だった。一人が口を開く。
「まさに、我々も同胞を守りたい気持ちはございます……。
ですが、すぐ様思うように動けるほど、侯爵様のお立場は軽いものではございません」
「我々とは比べ物になりますまいが、貴族様方のお気持ちも多少分かるのです。あの国王陛下では、少々……」
「侯爵様も、大貴族の方々との板挟みになっていらっしゃるところがおありなのです。
聖女様にも、どうかご理解を頂きたく……」
その一つ一つに耳を傾け、注意深く吟味する。
やがて騎士たちの休憩も終わったようで、腰を浮かそうとする。
ヘリアンサスは「お邪魔してしまいました」と丁重に告げ、立ち去ろうとする彼らに最後に言い聞かせた。
「……ヴェスパータの皆様方には無理を申し上げてしまいました。
ずっと神殿にいたもので世情に疎く、恥ずかしいですわ。
ですが、天の意思は変わりません。
皆様が真なる姿に立ち返り、アルクスのためにその御力を振るって下さることを願います」
結局そう締め、騎士たちと別れたのだった。
その後のやり取りも似たようなものだった。
訓練場を一通り見て回り、ベンチに腰を下ろして休憩する。
そこで少し考え込んだ。
「ヘリアンサス様……」
「…………城下にも行ってみましょうか」
足を踏み出そうとしたところで、そうだ、と思い出す。
周りを窺って物陰に入り、お付の少女の小さな手にあるものを押し付けた。
「これ、渡しておくわ。陛下からお預かりした支度金。
一処にまとめるのも危険だし、一部は貴女に預けるわ。
少しなら使っても良いけれど、あまり高い買い物はしないでね」
人目につかないように小さめの巾着を預け、向かった先は城下町である。
「賑やか、ですね……」
リリウムがそう言ったのも無理はない。
ヴェスパータは想像以上に広く豊かな街だった。
歩いていると、一瞬戦時中であるということが薄れそうになるほどだ。
彼女たちが育ったのは西部の田舎で、こじんまりとした誰もが顔見知りのようなところだった。
神殿にいた頃は必要な品は店から届けられていた。
だからこんな風に、ぎっしりと店が立ち並び、賑々しく人が行き交うところを見たのは初めてだった。
この時勢で食料品や生活必需品はともかく、工芸品や甘味の類まで盛んに売られているのには驚いた。
あちこちで根切り交渉の声も飛び交い、とても活気のある雰囲気だ。
「こ、これは聖女様。御機嫌よう……」
「ええ、御機嫌よう。そんなに畏まらないで下さい。
ヴェスパータは初めてなもので、良ければこの街のことを教えてくれるかしら?」
城下にも聖女の来訪は伝わっているらしい。
進もうとすれば道が開け、注目されているのが分かった。
目についた商店の主に声を掛けると、相手が目に見えて緊張したのが分かった。
今日のところは軽い顔見せと偵察である。
城下を歩き回り、端々で立ち止まっては教えを説き、これからの道を説くこともしたが、軽い触り程度に留めた。
寧ろ相手の顔を見て、話を聞いて情報を集めることに注力した。
焦りに任せて突撃しては引かれてしまう。
第一印象が肝心であり、もどかしくてもいきなり詰め寄るわけにはいかないのだ。
「……ですが、そもそも何故このようなことになってしまったのでしょう。
国王陛下が特段の失策を行ったとは聞いておりませんが」
「それは……だって、仕方がないでしょう。
失策以前の問題です。
他にいなかったとは言え、あの国王陛下では。仕方がないと思います」
「――それは……」
「……あ!」
何人かと言葉を交わし、新たな店に入ったその時、リリウムが何やらおかしな様子を見せた。
「ヘリアンサス様、あの。私、少し……」
香ばしい匂いが漂ってくる。
パンが並んだ売り場の方を見ながら、そわそわした様子でそう言う。小さな手は先程渡した巾着を入れた、
胸元の辺りを掴んでおり、何が言いたいのかはすぐに分かった。
「良いわ、行ってきて。気をつけてね」
「はい!!」
ぱたぱたと離れていく彼女を視界の端に留めながら、また新たな相手と会話を始める。
「……では、ノックス侯爵は貴族派というわけではないのですか?」
「違うと思いますよ。御本人はあくまで中立を主張しておられます。
ですが貴族様たちの間には色々柵がありますし、国王派に乗るのは、現時点では危険が大きいんじゃないですかねえ」
「成程。侯爵だけでなく、貴族の中にはそういう方も多くいそうですね……」
それで日が傾くまで色々探って、得た結論はと言うと。
「……思ったよりも城の貴族への支持が強いわね……」
帰路につきながら、若き侯爵の顔を思い出す。
ヴァーノン伯爵の言葉からは側近や周囲の言いなりになっている若殿といった印象を受けたが、認識を改めた方が良さそうだ。
本人についてはまだ何とも言えないが、有能な者は周辺にそこそこいるのだろう。
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