第19話 「銀の乙女」補正

(あああああああああああああどうすんのよこれえ――――!!!)


 客間を用意させるとの申し出は辞し、ひとまず城の内部にある神殿施設へ滞在することにした。

辿り着いた客室で早速、ヘリアンサスは頭を抱えた。あの場はああするしかなかったとはいえ、早くもあんな安請け合いした自分を殺したい気持ちで一杯だった。


 取り敢えず寛ぐといいとは言われたものの、額面通りに受け取るわけにもいかない。

軍隊の出撃ともなれば、少人数で馬を替えながら最短距離を駆けるのとは訳が違う。

どうしたって進軍速度が落ちる以上、悠長にはしていられない。

今も国境では兵たちが命懸けで戦っているのだ。戦局が変化してしまう前に、なんか分かりやすく奇跡っぽいことを実現させなければならない。


(奇跡、……奇跡っぽいことって何よ!!?)


 いよいよ夜逃げしかないのかと頭を掻き毟って蹲る。外面とかを気にしている余裕はなかった。


「……姉、っ、ヘリアンサス様、大丈夫ですか!?ご気分でもお悪いのですか?」


 そんな彼女に慌てたように寄り添うのは、先に着いていたリリウムだった。城に入った時に一度別れ、先程の接見には連れて行かなかったが、一足先にこの部屋で待機していたようだ。彼女も疲れているのか狼狽えているのか、一瞬昔の呼び名に戻りかけたようだ。


 窓から見える空は、とうに暗く陰っている。ヴェスパータの城には夜が訪れつつあった。

それからすぐに運ばれてきた味のしない晩餐を食べ終え、寝床に入ってからも唸り続けて、開き直った。


(奇跡とか奇跡っぽいこととか、無理だわそんなの。最初から分かりきっている)


 ヘリアンサスはただの人間だ。誰もが平伏す奇跡など起こせるわけがない。

そんなことができるようならこんなところまで来ていない。

一介の人間に過ぎない自分はただ、できることをやるだけだ。

結果さえ出せば、奇跡だのは後からどうとでも脚色して言い繕える。

ただ、こうなると直接的に貴族たちを説き伏せることは難しそうだった。となればやることは一つである。


 そうと決まれば出陣である。朝早くからしっかりと身なりを整え、ヘリアンサスは部屋を出た。


「リリウム、私の目の届かないところへは行かないでね。お菓子をあげると言われてもついて行っては駄目よ」

「私を幾つだとお思いですか!」


 少しむくれた顔をするお付の少女を連れ、城の外に出る。広々とした鍛錬場では、早くも訓練が行われていた。


 城を出て人前に歩み出るなり、どよめきと畏怖の眼差しが突き刺さってきた。


 そうした目を向けられるのは、やはり何とも居心地が悪い。

自分などほんの数年前は、その辺に茣蓙を敷いて芋を売っていたのだし、そんな目を向けられるほど大層な存在ではないのだが。

昨日の貴族たちのように、値踏みの視線を向けてくるならまだ虚勢の張りようもあるが、こういう……純朴なものはどうにも苦手だ。

そんな思いはおくびにも出さず、楚々と悠然と歩みを進める。

鍛錬に励む彼らを取り纏めているらしき壮年の男が、慌てたように駆け寄ってくる。


「聖女様、お運び頂き光栄です。この通り、むさ苦しいばかりのところですが……」

「滅相もございません。皆様にお会いできて嬉しいですわ」

「勿体なきお言葉です。案内をおつけしましょうか」

「いいえ、お構いなく」


 そうしている内に兵たちは訓練を再開したようだが、やはり注目を集めているのを感じる。

聖女の肩書もさることながら、更に彼女の存在感を強めているのが、この国に伝わる「銀の乙女」補正である。


 聖女の始祖、『創始』のパエオニアは、自ら輝くかのような銀髪の持ち主だったそうである。

ヴェールのように足元にまで届いて輝き、その様は夜を照らし出す星のようであったとか。

因みに口伝の伝説であって証拠は何も無い。


 パエオニアの他にも、歴代で救国の功績を上げた聖女たちの何人かが銀髪だったと伝えられている。

そのため「天に祝福されたアルクスには、国難に際して銀の乙女が遣わされる」という伝説があり、何とはなしに銀髪を尊ぶ風習がある。

まして銀髪の乙女が連れ立って歩いていれば、それだけで何やら尊いものを見たように感じる者が少なくないのだ。

時の流れで信仰心が薄れていったとしても、視覚から訴えるものはやはりそれなりに強い。


 神殿は聖女を育てるに当たって、それらにあやかって候補を選出した。

ないならないで構わないが、あれば嬉しい縁起物といったところだろうか。

そんな縁起物が、何の因果か片田舎の孤児院で二人同時に見つかった。


 要は聖女を立てるにあたって少しでもそれっぽさを醸し出したかった神殿の、阿呆臭い小細工の一貫である。


 ヘリアンサスは神殿に入った時、以降髪を切ることを禁じられた。ここ数年一度も切っていない髪は腰にまで達し、日差しを弾いて身動きする度に揺れ動く。


(まあこれのせいで聖女にさせられたようなもんだし。こんな面倒なことになると知っていたら丸刈りにしていたわよこんなもの)


 そう吐き捨てる心情など一切表に出さず、ヘリアンサスはただ慈愛のみを浮かべて愛想を振りまいてみせる。狙うは騎士や分隊長辺りだ。

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