第18話 神託 真の敵は自分自身!
「私は神殿の聖女ヘリアンサスでございます。
……神の仰せの元、貴方様をあるべき場所へ導くべく参りました」
現時点で持てる限り、動かせる戦力を全て活用し、その結果が現在の膠着だ。
グラディウス家の戦力も、余さず駆り出されており余剰がない。
状況を変えたければ、新たな場所からその力を持ってこなければならないのだ。
ノックス侯爵家が動けば、少なくともその傘下は追随する。
様子見に回っている貴族たちの感情も動かすことができる。
今回の貴族たちの出し惜しみについては、ヘリアンサスも一通りの事情は知っている。彼女からすれば、何を暢気なと呆れるしかない。
名門貴族が何らかの事情で敵と通じている以上、事は北の一部だけで収まるものではない。
だがそれを大っぴらに喚くわけにもいかない。
どこに相手の耳があるか分からないのだから。
この侯爵とてそうだ。
面識もない候補の中で比較的安全そうとは言え、所詮消去法で選んだに過ぎず、敵でないという保障はない。
だから核心には触れない。
全てを神託という幕で覆い隠す。
裏切りを悟っている奴と目をつけられるよりは、頭のおかしい神がかり女と思われる方が余程ましだ。
顔を晒して名乗りを上げた聖女に、侯爵は流石に少し驚いた顔を見せた。
控えていた者たちもざわつく。
「神の伝令として、陛下の使者として、ノックス侯爵にお伝えします。
速やかに戦力を糾合し、国境の増援に向かわれますよう。
それを天は望んでおられます」
「…………」
横合いから、何事か口を挟もうとした者を、侯爵は無言で制す。
そのままヘリアンサスを見つめ、やや考え込む様子を見せた。
「無論、臣下としての務めを、私は心得てございます。
ですが状況は大変複雑なものなのです。
迂闊に動けば孤立を招く。
……聖女様におかれては、俗世の事情などは芥のごときものかもしれませんが。
しかしながらここ最近、貴族たちは互いに見張り合い、探り合っているのです。
ご存知でしょうか、我ら貴族が現陛下の即位をどのような心持ちで迎えたか……」
「……神殿は陛下の御即位を祝福致しました。
その出自がどのようなものであれ、現在の陛下は天に認められた唯一の国王であられます」
注意深く言葉を返しながらも、胸中は苛立ちで満ちていた。
(そんなことしてる場合じゃないっての!!
日頃散々威張り腐っておいて肝心な時に役に立たない馬鹿どもがああああああああ!!)
そんな憤懣などはおくびにも出さず、嘘八百でできた神託を並べ立てる。
「所詮は北の一部地域のこととお思いやも知れませんが、事はアダルベロだけの問題ではございません。
このままでは運命により、アルクスは滅ぶのです。
そのような結末は神の御心に背くことでございます。
それを正すべく、貴方は神に選ばれた御方なのです。
それは勇気のいることかもしれません。
しかし今こそ一歩を踏み出し、その御心に沿うことで、全てを救うことが叶うのです」
自分で言っておいて悪寒が止まらなくなりそうな胡散臭い台詞を、しかし情感たっぷりに読み上げる。
(演出過剰!?上等よ開き直ってやる――!!)
真の敵はリゲルではなく、この侯爵でもない。自分自身である。
羞恥心に負けた瞬間全ては瓦解する。
「ですから、ヴェスパータの方々の――……」
「聖女様。仰せは理解しましたが、この場で決められるようなことではございません。
まずは会議にかけ、総意を測らなければ」
「いいえ、事は一刻を争うのです。
悠長にしていられるほどの猶予はございません」
更に言い募ろうとしたら、すぐ傍に控えていた側近らしき男がすかさず出てきた。
選手交代だった。
再び言葉を連ねてみるが、相手はあれこれと言い繕いながら引く。
ヘリアンサスとしてはひたすら押し込むだけである。
押して駄目なら更に押す。
神の威光を振り翳し、時として脅しつけるように言葉を連ねる。
あの馬車の中で主旨を同じくする言い回しは何種類も考えてきたのだ。
「侯爵様。どうか、私からも、聖女ではなく一人の国民としてお願い致します。
……今この時もラインで戦っておられる、グラディウス元帥閣下の御為にも」
「…………」
一度言葉を切ると、場は沈黙に包まれた。
誰もが無言で目を見交わし、互いの思惑を探り合っている。
そんな中でヘリアンサスは、ただ侯爵だけを見つめていた。
「……元帥閣下。私も幼き頃、彼には一方ならずお世話になりました。
個人的に駆けつけたい気持ちは山々です。
私一人の問題ならば、単騎で駆けてでも閣下にお味方するでしょう。
ですが私は多くの臣民を抱える身であり、私情で軽々に動くことはできません。
ここで国境に兵を出すということは、完全にグラディウスの傘下に入り、国王陛下への臣従を表明することを意味します。
それは私のみならず、我が家の進退をさえ左右してしまう大事であるのです」
そう答えた声は、それまでとは少し違っていた。
言うなれば体温というのか、人間的な感情を感じられる声だった。
しかし、そこに付け入ろうとした途端それは遮断される。
「聖女様。そのお言葉を証明して頂けたならば、配下を引き連れ直ちに国境に向かうと誓いましょう。
我らが一丸となり、その御旨に従うために。
御身が真実聖女であられると、証を立てて頂きたいのです」
「――……」
首元が、ひやりとした。
それまで人々の中にいたはずなのに、いつの間にか猛獣の巣に入ってしまったかのような。
これは駄目だ。拒んでも、恐らく引き下がってはくれない。
それどころか、受け入れなければ命さえ危ういと、短期間で鍛えられた勘が警鐘を鳴らす。
黙り込んでも駄目だ。
この場面でそれは、詐欺を仕掛けたと認めるも同然だ。
「……私の授かった神託は、天よりのもの。
使命の正しさは神が知ろしめすことでしょう」
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