第15話 ハッタリの根拠

早くも準備は整えられ、後は旅立つだけとなった。

あくまで秘密裏に、小規模に、最速で往復して戻って来るだけなら、およそ三日ほどである

――交渉が難航すれば、その限りではないだろうが。


国境の均衡もいつ崩れるかが分からず、あまり猶予はない。


「出立の準備が整いました、聖女様」

「ありがとう。……可能な限り急いで下さい。リリウム、こちらへ」

「は、はい。ヘリアンサス様」


……勿論ヘリアンサスとて、訳もなく罰当たりなハッタリをかましたわけではない。

道行く馬車に揺られながら、物思いに耽る。


ことの起こりは一月前に遡る。

その日は挨拶回りと負傷者の慰問のため、神殿の縄張りの外に出ていた。

案内を受けつつ何事もなく挨拶を終え、帰途につく前に少し休んでいた時だ。

それとなく近寄ってきた兵が、何気なくこう囁いた。


――我が隊の者が、告解を望んでいます。


すぐに目で頷き、その日はそれで終わりだった。

こうした打診は珍しいことではない。

戦場では、特に戦が長続きすれば、心に何かと溜め込む士官も出てくる。

まして将校ともなれば大半が貴族であり、その立場上、溜め込んだものを誰にも打ち明けられないということも多い。

それらの苦しみやら何やらを告解という形で昇華させることも、務めの一つだった。


誰それが臆病風に吹かれたなどと不安が広まることを防ぐため、諸々の手順は秘密裏に打ち合わされる。

それから何度か人を通してやり取りし、日時を決め、適当な口実でその某士官を呼び寄せた。

場所は良く使う大きめの天幕の中、いつもと違うのは中に布が張り渡してあるところだった。


相手の名は何があっても明かせない。

いや何があってもは言いすぎた、拷問やら自白剤やら出てきたら多分無理、でもできるだけ頑張るつもりである。


とにかく、そこに訪れた男は明らかな辛苦に痩せ細り、憔悴しきっていた。

戦の重圧と考えても、他の者たちとは比べ物にならないほどだった。

彼は暫しの間黙っていたが、やがて絞り出すように語り出した。


――知らず知らず、国を破滅に追いやってしまったかもしれない。


そんな重大事持ち込んでくるなや、とヘリアンサスは白目を剥きそうになった。

告解の概要はこうである。


その彼はブラ、いやもといある砦に詰めていた。

そこはとんでもない過酷な職場だったそうだ。

何しろ劣勢気味な他の砦のために兵力が抜かれ、少数でやりくりしながら回していた。

警備始め、付近の情報収集や諸地域の防衛、その他諸々。

かといって気を抜くことは許されない、負ければ国民が殺されることになる。

誰しも背負った重圧は凄まじく、戦死が先か過労死が先か、本当にそんな感じだったらしい。


そんな彼に、ある男が近づいてきた。

生き別れの兄弟かと思うほどに似通った面立ちをしており、不思議なほど気が合った。男は緊張感から憔悴した彼を巧みに励まし、取り入っていった。

そうしている内に彼は段々と、情報を零してしまったのだ。

戦術に司令官の人柄、何が得意でどこが弱いか。

それは日頃の重圧の反動もあるだろうし、まさかこの周囲に敵が入ってこられるはずがないと気を緩めていたこともあっただろう。


そしてある夜、泥酔しきった男は眠り、不自然なほど深い眠りに落ち、翌朝男は消えていた。

彼の身分を示す軍服とともに。


酔いが冷め、我に返って顔色をなくした時にはもう手遅れだった。

駆けつけたものの、既に砦は敵の猛攻に晒されていた。

砦が陥落したのは、その日のことであった。

それ以来ずっと思い悩んできたらしい。


そんな彼はある日、自分を唆したその男が、ある貴族の側近と、何事か話し合っているのを見てしまった。

その貴族の名を、彼は中々口にしようとしなかった。

だが最後には、重荷を耐えきれず落とすように、ある貴族の名を明かしたのだった。


「……よくお話し下さいました。

神は貴方の過ちをお許しになるでしょう。

そしてその方にも神はきっと慈悲をお向けになりますでしょう。

……どうかこの上己を責めず、御心を安んじられますよう」


語り切って、魂が抜けたように項垂れた男に、ヘリアンサスは型どおりの言葉をかけて帰らせた。

帰りがけの表情から、洗いざらい吐き出したことで多少気持ちを楽にしてもらえたらしい。

何よりである。

ここまで胃を痛めつけられて効果なしでは泣くしかない。


そしてその数日後の小競り合いで、男が亡くなったと報せが届いた。

それからより一層頻繁に、生々しく、毒杯の悪夢を見るようになった。

男の言葉通りなら、それはほぼ確実な未来となる。

厳戒中の砦の付近に、敵の手先を潜り込ませることができる者がいる。

国の中枢を支える貴族が裏切っている。

その告解、遺言とも言うべきものを、どう扱うべきか。


本人が戦死したのはもう仕方がない。

あの告解が僅かなりとも救いとなっていれば良いのだが。

こうなっては冥福を祈るしか、してやれることがない。


困るのは爆弾を遺されたヘリアンサスである。

ことは国家存亡に関わる一大事、しかし告解の内容を漏らすことは禁忌だ。


模範解答は分かっていた。

誰にも言わずただ祈り続け、死して尚秘密を守るのが聖女の本分だ。

そんなことは分かっている。

分かっているが受け入れられない。受け入れてたまるか。

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