第14話 参謀のため息

「……どうお思いになります、あれを」


使者が退出した室内で、クロードアルトは王に問いかける。

そういう本人は、胡乱げな感情が顔にも声にも滲み出ており、それだけで先程の聖女をどう思っているかは明白だった。

その顔にルキウスは苦笑する。この幼馴染は、偏屈なようでとても分かりやすい。


「信じるかはともかく、耳を傾けるに値する人間と見たが。

お前は気に入らなかったようだな、クロード」


「当たり前です、このご時世にあんな不審者を通すなど、ラウラも何を考えているのやら」


何せ、この現代にお告げを受けたなどと乗り込んで王と二人きりで話したいなどと直訴したのである。

正式な聖女の地位とラウラの紹介状がなければ問答無用で蹴り出していた。

とにかく何があっても絶対にどうあっても二人きりにさせてもらう、それが神の意志だと一点張りで一歩も譲る様子がなく、最終的にはルキウスが苦笑してそれを受け入れた。

無論それは、少女が何かしてきても対処できるという自信に裏打ちされたものだっただろう。

王が受け入れたのならクロードアルトが口を挟むわけにはいかない。

果たして何事もなく会談は終わったようだったが、その一幕で聖女への印象は最悪なものとなっていた。


一方ルキウスは取り敢えず聖女を受け入れたようで、熱り立つ幼馴染を取りなすような素振りさえ見せていた。


「しかも、パエオニアときた。

そんな名を持ち出して陛下に近づくなど、後ろ暗い思惑があるに決まっているでしょう」


パエオニアは、千年前に実在したと言われる聖女の名だった。

神の名のもとに多くの奇跡を起こし、アル

クスの基盤と繁栄の礎を築いたとされる。八百年前の遷都の折、新たな都は彼女と同じ名前をつけられ、現在に続く首都パエオニアとしてアルクスの中枢であり続けた。

紛れもなく伝説的な聖人であり、偉人である。

とはいえその功績は後世で脚色されたとされるものも多く、実態は明らかになっていないというのが史家の考証であるが。


「しかし、このままでは危ういことに違いはあるまい。

あまり長く宮廷を放ってもおけないしな。

あの聖女は流れを変える転機のような気がするのだ」


「…………」


幼馴染は不機嫌そうに黙り込んだ。

ルキウスは聖女の目を思い出す。

人を見る目には自信があった。


元々ルキウスは信心の深い方ではなく、聖女などという存在には懐疑的だった。

祈りで戦争に勝てるのなら何も苦労はない。

ましてうら若き乙女を担ぎ上げて天佑や天災の責任を背負わせるなどあんまりだと思う。

廃止に動こうと思ったこともあるが、即位時の経緯から彼は神殿に強硬的に振る舞えなかった。

それでなくても即位からこちら怒涛の日々であり、政務に追われている内に戦争まで起きてしまい、結局なし崩しにここまで来てしまった。


「色々と、何とかせねばなあ……」


聖女はその殆どが孤児院出身者だ。

その昔は神殿直属孤児院というものがあり、そこから輩出される形式だった。

だが現在は神殿の衰退によって潰え、民間の孤児院から候補者を引き取る形に変わっている。

あの聖女も孤児であるそうなので、彼女にどこかの誰かの紐がついているということは考えづらい。


神殿も同様だ。

あそこはまあ、色々あれな人間が集うあれなところだが、神殿という形を失ってはどうにもならない場所だとルキウスは思っている。


聖女が持ち込んだ天の啓示。

真偽はともかく、このまま膠着するのも望ましくない。

条件付きでその言葉に従っても良い。

信じる信じないはその後。

それがルキウスの結論だった。


そんなルキウスにクロードアルトは眉根を寄せ、とうとう深々と溜息をついたのだった。

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