第13話 嘘とハッタリに塗れた密談
「祈りを本分とする聖女殿が、御自ら動くと仰るのか?」
「天はそのようにお命じであり、私はその宣告に従うまででございます」
王は何事かを考えるように、こちらを見つめている。
「そうか。ならば試すのも手であろうな。
だが物事をなすには、事を起こす前に失敗に終わる可能性を考えねばなるまい。
仮に聖女殿が戦場を抜けられ、それ故に我が軍に天災が降り掛かったなら?」
「天の声です。
その託宣に間違いなど有り得ません」
「それでも、もしも、失敗に終わったなら?
余には託宣など聞こえぬのだ。
まして少なくない将兵と民の命が懸かっているのだぞ、相応の覚悟を見せて欲しい」
「――宜しいでしょう。
万が一失敗に終わりましたなら、どうぞご存分に処罰をお授けください。
有り得ないことですが」
表面上は毅然としつつも不快さを滲ませるヘリアンサスだが、内心は滝のような冷や汗を流していた。
全く、命が幾つあっても足りやしない。
我ながら、よくもまあこんなペテンを始めたものだと呆れている自分がいる。
しかしもう後には退けなかった。
幾ら馬鹿げたペテンだろうが、勝算の薄い賭けだろうが、何もしないより遥かに良い。
あの天幕で身動きせず、終末まで只管祈り続けるなど真っ平だ。
逃亡も考えはしたが、どう考えても現実的ではなかった。
あんな戦場のど真ん中からの逃亡などまず失敗するだろうし、そもそも行く場所がない。
アルクス全土が戦火に焼かれるかもしれない瀬戸際なのに、身寄りのない女一人の足でどこへどう逃げるというのだ。
現状ヘリアンサスの未来はほぼほぼ詰んでいると言って良い。
端から駄目元だ、失敗したならその時はその時だ。
恐らくそうなれば国の存亡すら怪しくなっているだろうし――仮に追及する余裕があれば、後処理の咎は全て神殿に降りかかるだろうが、あの爺共がどれだけ困ろうと罰されようと知ったことではない。
寧ろ好い気味だ。
巻き込むであろう兵たちには、うん、本当に申し訳ないと言うしかない。
何の奇跡も起こせないヘリアンサスにはこれが精一杯なのだ。
窺うようにヘリアンサスに視線を向けていた王は、やがて小さく笑った。
「――良かろう。
段取りを整え、ノックスの元へ使者を出すこととしよう」
「……陛下のご英断を天は祝福なさることでしょう」
こうして、世にも清らなるべき聖女の、嘘とハッタリに塗れた密談は幕を下ろしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます