第12話 天の声など聞こえない

汗が滲む。

本当はこんな悠長な駆け引きなどしていないで、信ずるに足る人物に全てを明かし対策を取りたい。

けれど明かす人間を間違えれば恐らく死ぬ。

何事も慎重にやらねばならないが、慎重過ぎれば時間切れを迎え、全て終わるだろう。

ああ、とにかく少しでも情報が欲しい。

逸る心臓を宥めて、言葉を続ける。


「このことは、どうか何者にも明かされませぬよう。

この啓示は陛下お一人にしかお伝えしてはならないと厳命されております。

それを破れば天の怒りを買い、全ての流れが狂いましょう」


嘘である。

天の怒りなど知ったことか。

ただ単に、ヘリアンサスが国王周辺の人物を信じられないだけである。

かの大貴族が敵と通じているからには、恐らく王の身近にも裏切り者がいる。

国王が誰にどれだけ信を寄せようとも、ヘリアンサスにとっては無関係の相手でしかない。

命綱を預ける気にはとてもなれない。


「此の度のアルクスの動きの鈍さ。

それは後方から足を引っ張られていることもさることながら、内通者の働きによるものも大きいのです。

彼が敵方に情報を流すことで、戦況を歪めています。

しかし即座に更迭するのは得策とは言えません。

誤情報や密偵を遣わし、その動きを操ることが上策と言えるでしょう」


ヘリアンサスの進言に国王は考え込んだ。

アルドル伯の経歴、振る舞い、血縁などを思い起こしているのだろう。

ややあって慎重に言葉を選ぶように口を開いた。


「ヘリアンサス殿。余がその進言を疑いなく聞き入れるためにも、証を立てて頂きたい。

御身が真実天の意思を受けておられるのか、誰にとっても明らかになるよう、示してはくれまいか。

たとえばそう――雨を呼び風を起こし、雷を落とす、という方法で」


「それは不可能です。

私の務めは祈ること、そうして授かった啓示を伝えることであり、それ以上の何物でもありません」


「歴代の聖女には数々の奇跡を起こした者たちもいたと聞いているが。

それでは、そなたの言が真に天からのものであると確信が持てぬ」


「何と仰られようとも不可能でございます。

私は天の声を聞き、地に伝えるのみの端女でしかありません。

私は啓示を受けます、しかし、できることはそこまでです。

祈りに命を捧げる聖女に私心などあろうはずもない、ですがそれでは足らぬと仰せならば」


嘘である。ヘリアンサスには私心しかない。

嘘八百並べ立てる仰々しい文言を切り、椅子から立ち上がった。

同時に周囲が殺気立つのを感じる。

突き刺さるような視線とともに、複数の切っ先が向けられる。

殺気が膨れ上がり、空間が重く冷ややかな熱を帯びる。

それら全てを無視し、ただ国王の瞳だけを見据えた。


「どうぞ私をお試しになってください。

私をヴェスパータへお遣わし下さること。

それこそが勝利への道であると、天は告げています」


嘘である。

何度でも言うがヘリアンサスには天の声なぞ聞こえない。


根拠は、これまでに聞いたラウラやヴァーノンとの世間話だ。


現在ヴェスパータに詰めている貴族たち、特にグラディウスと政治的にも個人的にもそこそこの友好関係にあるらしいノックス家のことは、何度か聞かされた。

かの家もまた出兵に二の足を踏んでおり、それに倣っている家も多いのだ。

現在地と保有戦力と立場と人柄、聞き知った情報の中で最も脈があると判断した。


この局面で勝利するには、彼を動かさねばならない。

誰しも分かっている。

国を守るため糾合すべき戦力が一処に揃わないために、こうまで押されているのだ。


王都における貴族たちの闘争、その深部に渦巻くものなどヘリアンサスには知りようもないが、一端であれば耳に入ってくるものもある。

そして彼女だけが知っている、知り得たこともある。


「私が天の導きに従い、彼の地で足踏みしている貴族たちを動かしましょう。

この国難に、身分問わず国民が一丸となって立ち向かうことを、神は望んでおられるのですから」


つまり、徴集に当たって神殿の名を使えということだ。

国難を前に国民は力を結集すべきである。

そんなことは皆分かっていると、徒人が言ったならば一笑に付されるだろうそれを、聖女が天の声だと言い張ればどうなるか。

例え同じ言葉でも、余人が言うのと、神殿が掲げる聖女が言うのでは受ける印象も変わる。

相手が受け止める重みも、その結果も、意味も、何もかも。

今現在、身中の虫のせいで情報の流れに滞りや歪みが生じている。

聖女ならば、天の託宣ならば、それらを一飛に超えることができる。


それこそが自分のなすべきことだとヘリアンサスは考えていた。

聖女の証など立ててたまるか。

雲の様子や風向きから予測するならともかく、祈りで天気など変えられる訳がない。


仮に運良く天候が動いたとしてもそんな幸運が続くはずがないし、必ずボロが出る。


何より、やはり聖女には超常的な力があるのだ、これからも続けようなどと思われては堪ったものではない。


正直啓示だの何だのと言い張るのもかなりアレなのだが、他に手札がないのでやむを得ない。

後々になって問題が生じたらその時悩もう。

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