第9話 いやいや、それはないでしょう?!
謁見の間は石造りの大広間で、天井が高く壮麗な作りだ。
そこで待っていたのは、見知ったグラディウスの使者だった。
もう国王たちとも顔見知りで、彼をこの部屋で見るのもお馴染みだ。
ただ一つ違うのは、使者の斜め後方に、頭巾を被った小柄な人物が控えていることだった。
門番は取り調べをしようとしたのだが、本人が拒否したそうだ。
それだけでなく、検分しないようにとのグラディウスの印章まで携えていた。
見知らぬ使者の身元を保証したのが顔見知りの者だったこともあり、特別にここまで通された次第である。
この時点でクロードアルトは見知らぬ使者に懐疑的だった。
少しでも尻尾を見せたら即座に叩き出す。そう気を引き締める。
まず顔見知りの使者とのやり取りを終え、見知らぬ使者へと向き直る。
彼らが入室してから、頭を下げてぴくりとも動かなかったその人物は、静かに顔を上げ書簡を取り出した。
ヘリアンサスは初めて目に映した国王を慎重に窺っていた。
これは、どうなのだろう。
是か非か。正直人を見る目には自信がない。
色々考えている内不審げに見られていることを察し、一先ず切り替えて低頭した。
「……申し上げます。グラディウス様よりの書簡を預かって参りました。
必ず陛下御自身に最初にお読み頂くようにと言いつけられております。
どうぞお確かめ下さいませ」
「待ちなさい。
その前に、貴殿は何者ですか」
その傍に控える側近らしき男に視線を移し、内心うへえとなった。
黒い髪に象牙色の肌、隙のない身嗜み。造作は整っているのだろうが、見るからに陰湿そうな顔つきで魅力的な感じは一切しない。
造作とか雰囲気とか以前の問題というか、陰険さしか伝わってこない。
隠そうともしない値踏みの視線から、こちらの粗を探ろうとしているのがひしひしと伝わってくる。
「私から今申すべきことはございません。
お読み頂けたなら、お分かりになることでしょう」
そう言い、書簡を侍従に手渡す。
それは封をしたままの状態で、黒髪の男の手に渡る。
「……封蝋は、確かにグラディウスの、ラウラのもののようですね」
その迂遠な口調に滲んだ警戒に、場が僅かに緊張する。
ヘリアンサスが偽物で、正式な使者から奪ったものでないという証拠がないのだ。
それを破ったのは、一見呑気そうな国王の声だった。
「クロード、まあまず開けてみようではないか。
そう何でもかんでも疑っていては、話がいつまでも進まぬ」
「陛下、それは」
反射的に出かけたらしき反対の言葉を、しかしぐっと黒髪男は呑み込む。
王がこう言った以上、側近が異を唱えるわけにいかないだろう。
従者が人前で主の意向に逆らうようでは、指揮統制の乱れに繋がりかねない。
勿論、グラディウス家の書簡に限って毒が仕込まれているはずもないという信頼もあるだろう。
とにかくそんな感じで、無事書簡は開封された。
「――――――…………」
しかし、場に落ちたのは奇妙な沈黙だった。
ヘリアンサスも、相手の反応がないのに下手に動くわけにもいかない。
張り詰めた時間が流れるが、ややあって国王が苦笑する。
「…………まず、そなたが何者かを聞かせてくれるか」
「……恐れながら、書簡に詳細が書かれてあることと存じますが」
その言葉に王は苦笑して、黒髪男はため息をついた。
男は王から書簡を受け取り、それを手渡してくる。
「見なさい」
それを広げて、思わず絶句する。
広々とした余白の中央に、伸びやかな字でたった一文。
――使者に力を貸してやってくれ。よろしく。ラウラ
それしか書かれていなかったのである。それしか。
(こ、こんな筈じゃ……!)
いやいやこれは無いだろう。
こっちは何のコネもないのだ。
そこを何とか底上げしようと一筆書いてもらったのだ。
それがこれか。
携えてきた剣をいざ敵の前で抜いたらボロボロに錆びていたような気分だ。あんまりだ。
(いや切り替えろ私。信じられるのは己のみ!)
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