第10話 一世一代の正念場
もう神も何も信じないが、持っているものは最大限利用するつもりだった。
普通なら、一介の小娘の話を王がまともに聞く筈がない。
聖女という立場は貴人をこちらの土俵に引きずり込む、ほぼ唯一の武器だ。
とはいえ流石に肝が縮む。
孤児院育ちの小娘が、一国の王相手にペテンを仕掛けるのだ。
緊張しない方が嘘だろう。
気合を入れろ。一世一代の正念場だ。
指に強く力を込める。
勢いのままフードを上げると、今時珍しい銀髪が零れ落ちた。
この時勢、この戦場では、それ自体が身分証明になる。
目を見開く男たちを真っ直ぐ見つめる。
一度話し始めると、不思議と心は静まり返った。
「私は現在の聖女ヘリアンサスです。
祈りの最中に神と聖女パエオニアに命ぜられ、国を救わんと参上いたしました」
それから暫く後。
ヘリアンサスと国王は、場所を変えて吹き抜けの広間の中央に椅子を二脚置き、座ったまま相対していた。
一階部分には他に誰もおらず、しかし四方を取り巻く二階の回廊部分には弓矢を携えた兵が控えている。
これなら余程の大声を張り上げなければ、話の内容は聞こえまい。
国王との距離は五歩分程度か。
ゆったりと座っているが、剣はすぐ手元に引き寄せられるようにしてあった。
対してこちらは丸腰な上、後ろ手に両手を縛られていた。
確かにこれなら密談が出来る上、妙な素振りを見せればたちまち切り捨てられるか射られるわけだ。
たかが女一人に入念なことである。
こうまでしても、今にも毒霧を吐くのではと言わんばかりの目を向けられているのを感じる。
主に戸口辺りに控える黒髪男から。
権力者とは因果なものだとしみじみした。
それが伝わったのかは定かではないが、面前の国王が沈黙を破る。
「ヘリアンサス殿、そのような形をさせ申し訳ない。
御身は地上で最も神に近き者、本来ならばどれほど尊崇しても足りぬところだが……今は戦時。
余が倒れれば全てが終わる以上、誰が相手でも警戒を怠ることはできぬのだ。
尊き御方への不遜を許されよ」
「滅相もない。
この密談の席、途轍もない無理を通して成り立つものと承知しております。
寧ろこちらこそ平伏して非礼を詫びねばならぬ立場。
それをお聞き届け下さったご寛容、奉謝の念に堪えません」
……やはり、対話で得られる情報量は桁が違う。
今のやり取り、それを口にした国王の顔をじっくりと反芻する。
言葉こそ恭しいが、いかにも形式的な物言いだった。
どこか苦笑するような気配すらあった。
どうやら信心一辺倒の人物ではないようだ。
じゃあなんで聖女なんかやらせているんだという話だが、そこはそれ、大人の事情というやつか。
即位時のあれそれから、神殿にはあまり強く出られないだろう事情もある。
更に即位早々開戦で、反対派を捻じ伏せて腐った伝統を廃止させるどころではなかったのだろう。
この王は碌な後ろ盾がなく、非常に宮中での発言力が弱いと聞いている……。
まあ、好都合とはいかないが、不都合でもない。
ここでも聖女様聖女様と縋られては話が進まないし、堪ったものではない。
「それでは……ヘリアンサス殿、そなたは余に、何を聞かせてくださるのかな。
或いは何を欲しておられるのか。
ここまできて遠慮はいらぬ。
余は王だが、そなたも聖女。
仰々しい言い回しはしてくれるな、互いに時間が惜しい」
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