第52話 もう一人の王子

 長々とした手続きと遅れ気味な返信がやっと届いたと思えば、これはどういう事だと彼はこめかみに青筋を立てて返信の書簡を握りつぶした。

 「この僕が結婚してやろうといってるんだぞ?ふざけやがって」

 帝国の王侯貴族特有の金の髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり地団駄を踏む青年を侍従が遠巻きに見ている。

 「既に婚約している、などと、解消すればよいことだろう」

 イライラと手近にあるものに当たり散らしていた青年は震える侍従に手招きすると、ニヤリと笑いながら指示を出した。


 「これで諦めるかしら」

 コルネットが首を傾げて眉間に皺を寄せる。

 「気になったから私も少し情報を集めてみたのよ」

 風雅に手招きされ花音の隣にアルカートが座る、コルネットの隣には風雅がオロオロとするドルチェを苦笑しながら一人がけのソファに座らせてコルネットがテーブルに置いた調査書に皆で目を通す。

 「えっと?ジキタリス第三王子……え?婚約者が五人?」

 「正室候補は居なくて五人とも側室らしいな」

 「あの、この方皇太子ではないですよね、なのに五人も側室がいるのですか?」

 ドルチェが驚いてコルネットに問いかけた。

 「ええ、皇太子は第一皇子がすでに立太子してるわ」

 「帝国は皇室以外一夫一妻制だから」

 「臣籍には入らないのかしら」

 「それって、ニー……」

 「花音、それ以上はダメだ」

 花音がうっかり本音を漏らしそうになるのを風雅が止める、何を言おうとしたのかわからない三人は首を傾げるが咳払いで風雅が話を戻す。

 「学園の成績はっと、え、悪すぎないか?」

 「評判もあまり良くはないのよ」

 成績を見て目を丸くする風雅にコルネットは溜息を吐きながら言う。

 「見た目は皇室らしく良いらしいのだけど、それ以外は目も当てられないらしくてだからカノンさまが婚約したからって諦めるかしら」

 「コイツもだけどレジェロも素直に引くとは考えにくいからなぁ」

 五人は肩を落としながら深い溜息を吐いた。

 「とりあえずアルカートは侍従を降りて伯爵家の仕事の勉強を花音と、ドルチェはコルネットの専属に、新しい護衛は各自最低でも三人付く、暫くはこの形でやってくれって母さんからの指示だ」

 「ダンジョン行けないの?」

 風雅の伝えた麻里亜の言葉に花音がショックを受ける。

 「いや、ダンジョンは父さんが行ける時に花音とアルカートを連れて行くから普段は我慢してくれってさ」

 冒険そのものには消極的な風雅は苦笑を浮かべながら花音の肩を叩いた。

 「パパが?なら仕方ないかな」

 「花音は大丈夫だが、アルカートは気を引き締めてな、アルカートも連れて行くって父さんすごい笑顔だったから」

 風雅の気の毒な視線を受けアルカートがひくりと頬を攣らせた。

 「まあ、護衛は付くけど来週から学園に行ってもいいって許可も出たし、アルカートは侍従ポジにならないように気をつけろってさ」

 「なかなか、難しいですね」

 「なんで?普段通りでいいんだよ?」

 不思議そうにアルカートを見る花音に風雅とコルネットは溜息を吐いた。

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