第50話 決断
アルカートが執事長に連れられ、静かな廊下を進む。
風雅や花音の部屋のある辺りとは違い、大公である麻里亜と伴侶である一朗の執務室がある付近の廊下は重厚なインテリアで統一されていていつ歩いても独特の緊張感がある。
先程までの風雅とコルネットの話から考えるに、帝国の王子もしくはレジェロとの見合いの席への護衛として同伴する指示でも出されるのだろう、そう考えジクリと痛む胸の奥に蓋をする。
大公家の令嬢であり王妹と勇者の娘である花音なら、この国の王子であるレジェロや大国として変わらない栄華を誇る帝国の王子との婚姻は当然その立場に見合うものだ。
慶事のはずが、どうしても気持ちが沈む。
学園で見せる他所行きの顔も、邸で見せる気の抜けた顔も、何より冒険者として出かけた時に見せる屈託のない表情も、何れは誰かのものになるのだろう。
婚約が本当ならばもう冒険者として知らない土地に赴いたり危険のあるダンジョンなどへは行けなくなるだろう。
「アル」と呼ぶ声が幻聴となって脳裏に蘇る。
そんな事を考えているうちに執務室に着いた執事長とアルカートは重い扉をノックした。
執務室に入るとそこには麻里亜と一朗が神妙な顔で座っていて、執務机の前にあるソファに座る花音が目が合うなり一瞬泣きそうに顔を歪めて直ぐに俯いてしまった。
「座ってちょうだい」
麻里亜に促され花音の向かい側に腰掛ける。
麻里亜がジッとアルカートを見ていたが、暫くして口を開いた。
「帝国の王子から花音ちゃんに縁談が来てる、今は正式な手続きをと時間稼ぎをしてるの、多分この話を聞けばレジェロも黙っていないと思うのよ」
「花音ちゃんを追って魔法科に編入しちゃうぐらいだからね」
アルカートは頷きながらも来るべき時が来たのかと頭の中で冷静に話を受け止めていた。
「それでね、政略結婚なんてしないでもいいし花音ちゃんに想う相手がいるなら先に婚約だけでもさせようと思ったのよ」
アルカートは俯いたままの花音を見る。
知る限りそういう様子のある相手に心当たりはないが、知らない間にそんな相手が居たのかもしれない。
なら呼ばれた理由はなんだ?
アルカートが次に続く麻里亜の言葉を待っていると、向かい側に座る花音が勢いをつけて顔をあげた。
「アル!私と結婚しよう!」
「は?……はぁぁぁ?」
唐突な花音の言葉にアルカートから素っ頓狂な声があがる。
「おま、お前何言って……俺は平民でただの従者なんだぞ」
すっかり取り繕うことも忘れて市井に出た時のように話してしまう。
「うん、知ってるよ」
「ならっ!」
「アルカート、君の身辺調査は雇う時にしてあるから問題はないよ、花音はいずれ伯爵になるけど、そうなれば君は入婿だしね」
大公家については風雅がいる、花音が継ぐ伯爵号も血筋がどうのという訳でもない。
「い、嫌なら無理にとは言わないけど、私はずっと一緒にいるならアルがいいよ」
こくりと首を傾げる花音にアルカートは目を見開いた。
「僕や麻里亜さんとしても、君ならこの先帝国にしろ王国にしろ誰かの思惑に花音ちゃんが利用されないから安心なんだけどね」
どうする?と一朗が問いかける。
アルカートは白くなるほど膝に置いた手を握りしめた。
「本当に俺でいいのか?」
「アルがいいよ?知ってたでしょ?」
そう花音に言われれば気付かないフリをしていたこともバレているのだとアルカートは目を閉じた。
風雅はそれとなく背中を押していた、今婚約すれば花音が政治的に利用されることもない。
何より、自分が離れたいとは思わない。
「……謹んで、お受け致します」
そう答えたアルカートにテーブルを飛び越えた花音が抱きついてくる、それを軽く受け止めたアルカートに麻里亜が苦笑した。
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