第49話 降って湧いた話

 麻里亜と一朗が大公邸に帰って来たのは一カ月と少し経った頃だった。

 普段なら楽天家の二人は難しい顔をしたまま花音を執務室に呼び出した。

 花音がそっと執務室にはいればシンと静かな室内に妙な緊張感が漂っていた。

 「政略、結婚?」

 「うん、今ねぇ帝国の王子が正式な手順で申し入れの準備をしてるんだよね」

 「ただ、そうなるとレジェロも黙ってはいないでしょうねぇ」

 麻里亜と一朗が困ったと肩を落とす。

 突然の話に花音はついて行けず戸惑うだけ。

 「とは言え花音ちゃんは日本育ちだから政略結婚なんて言われてもわかんないよねぇ」

 「う、うん」

 「もし、花音に想う人が居るなら今のうちに婚約だけでも」

 「既に想う相手との婚約が調っているなら横槍は入れにくいからね」

 苦々しい、いつも晴れやかな麻里亜には珍しい表情に花音は口を噤んだ。

 「居ないなら、今回来るお話かうちの第一王子からの話を受けなければならなくなるんだ」

 「帝国からお話があればレジェロは間違いなく自分も挙手するでしょうしね」

 レジェロについては花音もわかっていて気付かないフリをしていた部分もあるので、何とも言えない気持ちになる。

 レジェロが気に入らない訳でもなんでもない。

 「気になってる人はいるよ?片思いだけど」

 花音が小さく呟いた言葉に一朗の瞳が鋭く光る、ゆっくり細められ弧を描く瞳と裏腹に底冷えをするような圧迫感が花音に襲いかかった。

 「花音ちゃん、そんな人いるんだ?」

 「うん」

 「誰だか聞いてもいいかしら?」

 麻里亜に聞かれて花音はキョロキョロと視線を彷徨わせ、ひとつ大きく息を吐いた。

 「えっとね……多分向こうはそんな気全くないんだろうけど……」



 花音が麻里亜と一朗の執務室に呼び出され、残された風雅は部屋のソファにドサリと座り腕を組んだ。

 「やっぱり、だよな?」

 「そうですね」

 向かい側に座るコルネットがアルカートがいれた紅茶に砂糖を入れ風雅の前へ滑らせる。

 「相手は帝国か?」

 「他の周辺国では年齢の幅が大きいですから、恐らくは」

 これまでしっかりと次期大公としての勉強をしてきた風雅の頭に自国と周辺国の関係図が描かれる。

 「カノンさまがどう思われるか、望まないのであれば」

 「花音が望まないなら俺が徹底抗戦に出るよ」

 「私も微力ながら、それより第一王子殿下も」

 「ああ、レジェロも動くよな」

 風雅としては双子の妹にも好きな相手と幸せになって欲しい、そう強く思ったのは進む後継教育とコルネットの存在だった。

 だからこそ、口には出さないが明らかに態度に出ていた花音のため、先日の武術大会でアルカートに発破をかけたのだが。

 チラッと風雅がアルカートを見るが、侍従の顔をしたアルカートから表情は読めない。

 重い空気に気まずさが滲む中、執事長自らが風雅の部屋を訪ねて来た。

 「今、よろしいでしょうか」

 「うん?どうした?」

 「アルカート、大公閣下がお呼びだ」

 恭しく頭を下げたアルカートが相変わらず表情を見せずに迎えに来た執事長の後ろに付いて風雅の部屋を出て行った。

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