第38話 レジェロ対騎士団長

 レジェロは城内にある騎士団の演習場でその男と対峙していた。

 歳の頃は三十代半ば、気力体力ともに熟したその体躯はガッチリと筋肉が鎧のように付き、二メートルはあろう長身が今のレジェロには山のような圧迫感がある。

 フォーコ騎士団長、将軍に次ぐ王国軍部の要。

 息子であるカランドはフォーコ家では異端でしかないと改めて感じる。

 カランドは文系気質で、歴代騎士を輩出するフォーコ伯爵家の中で唯一言葉で語り合える貴重な人材だが、目の前の騎士団長は拳で、なんなら筋肉で語り合うタイプだった。

 「殿下、そんなへっぴり腰ではカノンさまの足手纏いにしかなりますまい」

 レジェロが採取組となることに反対したのは王妃だった。

 国王である父はこれも今しか出来ない経験だと了承しかけたところで王妃から待ったがかかったのだ。

 王妃から言われたのは「今の貴方では足手纏いでしょうに、カノンちゃんが危険な目に合ったら困るわ」

 別に悲しくはないが、悲しくはないが心がチクチクした。

 「決して足手纏いにはなりません」

 「信じられませんね」

 取りつく島もないとはこのことだろう、そこに口を挟んだのがフォーコ騎士団長だった。

 「三時間以内に私に一撃を加えれたら実力をお認めするというのは?」

 三時間と聞いてギョッとする。

 勇者が帰国するまで我が国の最高武力を誇っていた騎士団長に一撃……レジェロは暫く目を閉じ真っ直ぐ王妃を見据えた。

 「仕方ありませんね、フォーコ騎士団長は忖度などしないように、叩きのめしてあげなさい」

 物騒極まりない王妃の言葉に国王がギョッとする。

 「御意」

 騎士団長は恭しく王妃に礼を取った。


 これが二時間前の出来事だ。

 騎士団長は強かった。

 勇者の帰国で二番手となったが、元より勇者が規格外なだけで王国で最も強い騎士なのは変わらない。

 「殿下、残り三十分になれば此方からも攻撃をいたします」

 そう、ここまで二時間騎士団長は防御に徹していた。

 にも関わらず、レジェロはまだ掠りもできないでいた。

 

 「はは、このままじゃあジリ貧だな」

 練習用の木刀とはいえ、騎士団長はこの二時間盾を持つわけでもなく腰に差した刀を鞘から抜いてすらいない。

 最小限の動きで躱されることの繰り返しにレジェロの心が折れそうになる、しかし後三十分でなんとかしなければ騎士団長が攻撃に転じればチャンスなど跡形もなくなるだろう。

 レジェロは肩で息をしながら木刀を構え直した。

 「攻撃が誘われていますわよ、考える前に打ち込む!ほらっ!はい!はい!はい!」

 突然の声にアドバイスされてレジェロは掛け声に合わせて木刀を振り回した。

 「っ!流石アダージョ侯爵家の次期当主っ」

 「ほら!殿下今です!」

 「っはぁぁぁぁっ!」

 声の方に騎士団長の意識が向いた一瞬、レジェロは木刀を低く横に凪いだ。

 ガッと鈍い音がした。

 「いってぇっ」

 レジェロの薙いだ木刀が騎士団長の脛に当たって止まる。

 ガシガシと頭を掻いた騎士団長がはぁと溜息混じりに息を吐いた。

 「ちょっとずるっこですが、仕方ないですな、王妃殿下もそれでよろしいかな」

 くいっと顎をあげた視線の先に居る王妃に騎士団長がそう言えば、王妃は眉を顰めながらやれやれと肩を上下させた。

 「決して花音ちゃんの足を引っ張らないようにしなさい」

 「あ、ありがとうございます!」

 レジェロは踵を返し去っていく王妃に頭を下げた。

 

 

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