第34話 読書クラブ

 コルネットが先導し重厚で飾り気のない木の扉を開くと古い紙の匂いが鼻についた。

 しんと静まった書棚の間を抜けていくと奥まった場所に扉が並んでいる、その一番奥の扉には「読書クラブ」と書かれた札がかけられている。

 小さくノックしてコルネットが扉を開けると、カーテンが風を孕みふうわりと柔らかい風が吹き抜ける明るい木材を使った家具で統一された明るい部屋が広がっていた。

 「やあ、勇者の息子くん!とそのご友人!ようこそ、読書クラブへ」

 和かに立ち上がり両腕を広げて歩きながら歓迎をしたのは黒縁の眼鏡をかけた男子生徒だ。

 「ああ!室内は防音の魔道具があるから普通に話してくれたまえよ、僕は現在のクラブ長を務める貴族科三年のレント・スタッカートだ」

 大仰な礼をしたレントが片眉をあげてニヤリと笑った。

 「レント先輩はスタッカート将軍のご子息です、お久しぶりですレント先輩」

 「やあ、カランドくん久しぶりだね」

 「あ、フーガ・フィールドです」

 「コルネット嬢との婚約おめでとう、会えて嬉しいよ」

 気さくに話しかけてくるレントに手びかれ椅子に座る、レントは現在の王国で将軍として防衛に務めるスタッカート将軍の次男で、代々騎士を排出する家系の中で文官を目指しているらしい。

 「フーガくんはどんな本を読んでいるんだい?」

 「今は歴史物が多いですね、まだ知らないことが、多いので勉強も兼ねて」

 「なるほどなるほど、カレントくんは相変わらず冒険譚かな?」

 「そうですね、そういうレント先輩は今も推理小説がお好きなのでしょうか?」

 本という共通の話題を持ち出し、場の空気を上手く誘導してくれたレントのおかげもあり、その後は風雅も楽しく本の話をすることが出来た。

 予想以上にたくさんの本を知るレントは風雅にひとつだけお願いをした。

 「君たちが育った世界の物語を文章にしてみないか?」

 そんな願い、丸暗記などしていないためそれに元の世界ならば著作権やなんやらがあるからと最初は渋っていた風雅も、ならばとレントが食い下がった内容に少し考え始めた。

 「君たちの世界の話ならばどうだろう、父から聞く話では随分とこちらとは違うと聞いているんだ、今フィールド大公も向こうから仕入れた知識をこちらで活用しようと王家と共に動いていると聞いているよ、その助力にもなるんじゃないかな」

 簡単に出来ることではないが、サロンでの活動の一環とするなら悪くないかもしれないと風雅は逡巡する。

 「悪くないのではないですか?でも、それだと読書からは離れてしまいますね」

 コルネットがそう言って困ったように眉尻を下げた。

 「そうだな、これはこれで母さんに相談してみよう、読書は別だしな」

 コルネットに頷きながら風雅が答える、そんな二人をレントは穏やかに見ていた。


 休日前ということもあり、大公邸に集まった面々のうち疲労困憊という体で真っ白に燃え尽きているのはレジェロとグラツィオーソだ。

 帰ったばかりの花音とアルカートは汚れを落としに、ドルチェが用意した紅茶を口にしながらレジェロとグラツィオーソが長過ぎる溜息を吐いた。

 「た、大変だったんだな」

 「お疲れ様です」

 風雅とカランドが労るように声をかける。

 「私はまだマシだったけど、レジェロ殿下のあれは凄かったわ」

 「私のはね、アレは仕方ないとはわかっているんだが、君も大概だったろ?」

 「グラツィオーソさまはアダージョ侯爵家の次期侯爵ですものね」

 風雅はグラツィオーソとカランドが払ってくれていたことと、魔法科を選択したこともあり群がる令嬢たちからは逃げれていた、気付かれないようにしてくれてはいたが薄々勘付いていたため、第一王子と次期侯爵の二人にどれほどの子息令嬢が群がったかなど考えたくもなかった。

 餌を与えた鯉の如く貪欲に群がる子息令嬢たちから逃げはしたものの、サロンに向かうたびにこれではもたないと頭を抱えている。

 「お待たせ!あれ?みんなどうしたの?」

 花音が能天気な声をあげて応接室に入ってきた、後ろには侍従の顔に戻ったアルカートが控えている。

 「ああ、仕方ないよね?いっそ参加の条件を自分たちで決めて新しいサロンでも作ったら?」

 花音の考えなしの提案にグラツィオーソとレジェロが顔を上げた。

 「それよ!自分たちに都合の良い条件を作ればいいのよ!」

 「その手があったか、人ならどうとでも集まるし、うん、そうだな」

 天啓を得たとばかりに張り切りだした二人を尻目に、風雅は花音に今日読書クラブで頼まれた話をしてみた。

 「いいんじゃない?纏めるのは風雅でしょ?協力ぐらいならするよ」

 「じゃあ母さんたちに一度相談だな」

 風雅は隣に座るコルネットと顔を合わせて頷いていた。

 

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