第32話 アルカート
物心ついた頃には王都の教会で孤児として暮らしていた。
幸いだったのは王都の教会だったこと、昔この国を救った異界の勇者が口添えしてから教会に預けられる孤児に最低限の教育が施されるようになっていた。
読み書きや簡単な計算、それらを得て俺は王都の傭兵隊に志願していた。
見習いとして入隊した傭兵隊は厳しくもあったが、実力さえあれば平民でもそれなりに食っていける。
冒険者ではなく傭兵隊を選んだのも、そんな理由からだった。
そんな生活をしている中で王都が、国が大騒ぎになる出来事が起きた。
クレッシェントの勇者と現王妹の夫婦が帰って来たというもの。
直ぐに王都には厳戒態勢がとられ、下っ端でしかない俺もまた治安維持隊に配属されていた。
そんな風向きが変わったのは勇者に二人の子どもがいるという話が出回り始めた頃だった。
ずっと留守だった大公に王妹が復帰、同時に探されたのは護衛が出来る子どもたちと同年代の者だったらしい。
孤児でしがない見習い傭兵の俺には関係のない話だと思っていたのに、その日隊長から浮島に引っ張って行かれた先にあった王城の一室で俺とドルチェは勇者と王妹に会うことになった。
破格だった。
本来であれば望むことすら許されない、そんな待遇。
「貴族家から選ぶとね、色々面倒なのよ」
「そこは麻里亜さんに任せるとして、僕としては護衛とは言ってもあの子達の良き友人になって貰えると嬉しいかな」
隠さない本音を話す嘗ての英雄二人は学園への通学をも約束してくれた。
子どもたちが卒業し、俺たちが不用になっても学園を卒業していれば食いっぱぐれることはない。
俺は一も二もなく護衛の任を受けた、俺の隣ではドルチェという犬獣人が泣きながら任を受けていた。
それから一カ月、見習い傭兵時代よりずっと厳しい訓練が待っていた。
高位貴族家で使用人として必要なマナーに基礎学習、加えて侍従としての学習と護衛としての訓練。
寝る間を惜しんで詰め込まれた教育の先で俺が出会った双子は心細そうに二人で肩を寄せ合って見えた。
聞けばロクに説明すらされず、常識すら全く違う世界に連れて来られたという。
本来であれば上へ下へ担ぎ上げられ贅沢三昧出来る立場であるお二人は、気丈にも表面には出さないが、お互いがお互いを庇い合いなんとか状況を飲み込もうとしてらっしゃる。
そんな姿に俺でも力になれるならと二人を陰ながら支える決心をした。
ドルチェは早々にお二人に懐いていたが。
護衛だけではなく友人として、とイチローさまは話されたけれど当然身分差があるため常に一線を越えないようにと後ろに控えながらカノンさまとフーガさまを見守っていた。
お二人の交友関係は侯爵家の令嬢や伯爵家の子息、中でも従兄弟にあたるレジェロ第一王子など錚々たる顔ぶれが揃っている。
平民の俺が友人になるなどあり得ない、そう思いながらもフーガさまがレジェロ第一王子を妙に警戒しているのに気付いた。
カノンさまへ向ける目が、確かに気になる。
極力気づかれないようカノンさまの周囲に近づかせないようにはしていたし、フーガさまも牽制をしていた。
そんな中、カノンさまから誘われた冒険者としての短い旅。
短い時間、友人として接して抱える弱い心を知ってしまった俺は、あれからずっと戸惑ったままだ。
そして今日もフーガさまと二人、レジェロ第一王子を牽制している。
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