第30話 芽生えた危機感

 場を改めようと村に一軒だけある食堂に向かった花音とアルカート、そしてコリウスは奥まったテーブルに席を取り、お互いの自己紹介から仕切り直した。

 「私はコリウス、Bランク冒険者でイチローやマリアとは昔、聖国まで一緒に旅をした元パーティーメンバーよ」

 赤い髪をふわりと揺らせた美女が足を組みながらニコリと笑う。

 「花音です、父が一朗で母は麻里亜になります、今は学生です」

 「私はただの従者ですので」

 アルカートはそう言って会話に加わらないと遠回しに宣言した。

 

 コリウスは一朗がクレッシェントの勇者になった後、母を独り残しておけないからと元の日本へ帰るために麻里亜を伴い女神と交信出来るという聖国へ旅をしており、その道中で仲間になったらしかった。

 「今みたいに飛空挺がたくさんあったわけじゃなかったのに、国を挙げてクレッシェントの勇者のために飛空挺を準備したらしいのよ、その頃冒険者が飛空挺を持つなんて夢のまた夢だったからね、なんとしても二人に着いて行きたくって」

 そう言ってカラカラとコリウスが笑う。

 花音には全く知らない両親の話を興味深く聞き入っていた、花音が知る一朗は妻である麻里亜の尻に敷かれて、いつも笑って穏やかな父で、麻里亜はバリバリと仕事をこなしながら家を切り盛りする柔らかく見える雰囲気とは真逆のハキハキした母で。

 こちらに来てから色んな人に勇者だなんだと言われたが、何処か他人事だったものが、共に旅をし戦い苦楽を共にしたコリウスの話は真実味があった。

 コリウスの話は花音の琴線に触れた、両親の冒険譚や見たことのない知らない想像もつかない遥かに遠い国の話も。

 同時に魔獣に対しての危機感を同時に感じ始めていた。

 「スタンピード……そんなに恐ろしいんですか」

 「そうね、魔獣の進行先にある村なんかはひとたまりもないもの」

 花音が対峙した魔獣は命の危機を感じるほどの強さなどなく、今まで自分事として捉えていなかったこの世界の怖さも、少しずつではあるがやっと自分が今生きている世界のこととして受け止め始めていた。

 「さて、馬車が来る時間ね、私はこのまま王都に行って二人に会ってから帝国に行くわ、二人が冒険者をしているならどこかで会うこともあるでしょう」

 さらりとそう言ってコリウスは花音の手を握ってから颯爽と食堂を出て行った。

 

 夜になり昼に聞いた話が忘れられない花音は、頭を冷やすために宿を抜け出し村を一人歩いていた。

 「カノン!」

 慌てて花音を追ってきたアルカートが肩で息をする。

 「こんな夜更けに一人でウロウロするなんて」

 「ご、ごめんなさい」

 昼に聞いたばかりの危険性に気づき花音は慌てて頭を下げる。

 「はぁ、どうした?」

 「うん、なんだか色々考えちゃって、アルも私の我儘に付き合わせてこんなとこまで引っ張ってきて悪かったなぁって」

 「それは昨日も話たろう?」

 「うん」

 「なんだかんだ俺も楽しかったし、それはもういいよ」

 「うん」

 「ところで、休み明けの筆記試験は……」

 「ふぇ?」

 「言ってただろ、休み明けに筆記試験があるって」

 「うそっ!し、知らない覚えてない!」

 「はぁ、仕方ないですね、帰ったらみっちりお勉強しましょうね、カノンさま」

 「ええっ?」

 すっかりいつもの調子に戻った二人が顔を見合わせて吹き出した。

 「カノンのやりたいように、やりたいことが見つかるように俺が手伝うから」

 「うん、ありがとう」

 スッキリとした笑みを浮かべた花音が宿に向かい歩き出す、アルカートはそれを微笑ましく眺めながら後ろを着いて歩いた。

 

 

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