第29話 予想しない出会い

 真新しいリボンを付けてまた露店を回る、のんびりとした村の空気は花音を元気にさせていた。

 「今日は付き合ってくれてありがとうね」

 少し小走りに前に出た花音が振り返りアルカートに笑いながら言うとアルカートも目を細めて口角をあげた。

 散策を続けているうちに家畜の放牧地に出た。

 広い牧場を柵にもたれてぼんやりと眺める、開放感に花音の口からは日本で聴いていた流行りの歌がこぼれ落ちた。

 「別に不満なわけじゃないんだよ、パパもママも幸せそうだし風雅だってコルネットさんと仲良くしてるし」

 ポツポツと花音が話す。

 「でもさぁ、向こうでは護衛なんて居なくて比較的安全でさ、いつだって何処へでも自由に行けたんだよ」

 「うん」

 「風雅の方がこういう時順応するのが早いんだ、昔から」

 保育園に通い出した頃、小学校に入学した頃も中学校に入学した頃も環境の変化に強いのは風雅だった。

 花音はそんな風雅に手を引かれて守られていた。

 「窮屈だって言えないよね」

 帰りたいのかと聞かれれば、風雅も居ない状態から一人でということは考えたくない。

 かと言ってまだ花音にはこの世界で将来を考えれるほど整理がつかなかった。

 「だってさ、向こうじゃあ十八で成人だし大学に言って社会人になってその頃はまだ二十二とかそんなもんで、結婚とかずっと先の話だったんだもん」

 はぁとため息を吐いて花音は隣で黙って聞いているアルカートを見上げた。

 空とは違う水色の髪が太陽に煌めいている、こんな髪色なんて知らなかった。

 「ごめんね、アルにはわかんないのに」

 「急に生きる世界が変われば不安になるのは当たり前だと思う」

 まあね、と花音は苦笑する。

 むしろこの速さで順応してる風雅の方がおかしいんじゃないの?とも思っている。

 「息抜きなら付き合うけど、絶対俺を連れて行ってくれ」

 「アルはそれでいいの?」

 「見てない所で何かあったらと思う方が無理」

 ヘラリと笑って顰めっ面を見せるアルカートに感謝していると後ろから声をかけられた。


 「あなたたち、少しいいかしら」

 凛と張りのある少し掠れた声に振り返ってみると、赤くウェーブがかった髪の妖艶な女性が近付いてきた。

 アルカートが警戒するように花音を背に庇う。

 「懐かしい気配がしたのよね、それを辿ってきたらあなた方が居たのだけど」

 「は、はあ」

 花音が気のない返事を返す。

 赤く燃えるような髪が風にたなびいて女性はそんな花音に微笑んだ。

 「昔馴染みがこっちに帰ってきたと聞いて会いにきたのだけど、あなた方はクレッシェントの勇者を知ってるかしら?」

 不意に飛び出した言葉に反射的な返事が花音の口から飛び出した。

 「父、ですが?」

 「あら?じゃああなた方イチローとマリアのお子さん?」

 しまったとアルカートが顔を歪め、懐に忍ばせている短剣に手をかける、近づいてきた怪しい相手に花音の出自を知られたと警戒を顕にする。

 「君は、護衛か何かかしら?イチローかマリアと連絡取れる?」

 「取れますが?」

 「ならコリウスが会いにきたって伝えてくれるかしら」

 一定の距離を保ったままの女性はコリウスと名乗った。

 ツンと袖を引かれアルカートは花音に視線を向ける。

 「ママかパパに連絡してあげて?」

 「……わかりました」

 暫く考えてから溜息と共にアルカートは通信魔道具を取り出し、大公邸に繋いだ。

 昨日風雅に問い詰められたのを思い出し、少し苦い気持ちになる。

 直ぐに繋がった通信魔道具に一朗が顔を見せた。

 通信魔道具は音声と映像を繋げることが出来る水晶のような球体になっている、その中心に一朗と執務室が浮かぶ。

 「イチロー!」

 「あれ?コリウスじゃないか」

 「マリアは?」

 「いるよー?麻里亜さん、コリウスさんだよ」

 「え?うそ!コリウス?どうしたの?」

 いつの間にか通信魔道具はコリウスの手に移り、花音とアルカートは呆然と三人の会話を眺めていた。

 

 

 

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