第27話 一方その頃
花音とアルカートが大公邸を出発して暫く、風雅はいよいよ本格的に後継者教育を始めていた。
「本当に良かったのかい?」
麻里亜と一朗が仕事をするための広い執務室、部屋の左寄りに置かれたソファとテーブル、そこに山と積まれた書類を前にした風雅に一朗が問いかけた。
「俺はさ、正直向こうに戻ってもこっちに残ってもどっちでも良かったんだよな」
「そうなの?」
「ああ、まあ魔法が使えたりとかって楽しいっちゃあ楽しいし」
書類を片付けながら一朗の問いに答える。
「でも、出会ったからさ」
「コルネット嬢?」
「うん、ただ花音はどうかわからない、俺みたいにこっちに居たい理由でもできればいいんだけど」
「そうだね」と相槌を打った一朗がジッと風雅を見ている。
「風雅くんが大公になるなら僕の伯爵位は花音ちゃんにあげるのがいいね」
一朗がそう言うと黙って聞いていた麻里亜が「そうね」と頷いた。
風雅は暫く渋い顔をしながら考えていたが、控えめなノックに続いて開いた扉からコルネットが姿を表すとソファから立ち上がりコルネットの手を引いてソファに座らせた。
「おはよう、コルネット」
「おはよう」
麻里亜と一朗が声をかければ、はにかみながら立ち上がったコルネットがカテーシーをしながら「おはようございます」と返す、その後もう一度風雅に手を引かれソファに座ると、風雅が処理している書類を重要度ごとに仕分けていく。
「あら、こちら計算が間違っておりますね」
「ん?あ、本当だ、父さんこれは差し戻しでいいのか?」
「ん、差し戻しちゃって、そういうのまでこっちで処理してたら回らなくなるからねぇ」
ヘラリと笑いながら立ち上がり風雅から受け取った書類を不備ありと書かれた箱に一朗が入れる。
「流石に四人で回せるから、時間が随分あけれるようになったわ、明日は風雅ちゃんたちもお休みでいいからね」
「じゃあコルネット嬢、明日は街に行かないか?」
「はい」
少し頬を上気させて頷くコルネットに風雅が満足そうに笑う、麻里亜と一朗は穏やかに二人を見ていた。
漸く書類の山が姿を消した頃、ふと風雅が麻里亜を見た。
「母さん転勤って言ってたけど転職の間違いじゃないのか?」
「転勤であってるよ、麻里亜さんはねえ向こうの文化とかを調べる王命を先代国王から受けてたんだよ」
「ああ、だから転勤か」
「そう、まあ向こうでも麻里亜さんはバリバリ仕事していたけどねえ」
ふふと懐かしむように一朗が笑うと麻里亜も一緒に微笑む、それをコルネットはキラキラとした視線を投げていた。
翌日はからりと快晴となり、動きやすいラフな服装に身を包んで風雅とコルネットは街に出た。
貴族街を抜け商業区でも治安の良いエリアに足を向ける。
「そう言えばカノンさんは大丈夫でしょうか」
「アルカートが一緒だからな、大丈夫だろう」
顎に手を当て暫く考えた風雅があっけらかんと笑い飛ばす、実際アルカートの実力も認めている風雅からしてみれば花音がとんでもない無茶でもしない限り大丈夫だという信頼もあった。
「フーガさまは随分アルカートを信頼しているのですね」
コルネットの他意のない言葉に風雅は緩く笑って頷いた。
街歩きはコルネットの案内で楽しい時間を過ごすことが出来た。
特に風雅にとって日本での生活と異なる常識や貴族としての生き方過ごし方を聞くのは、父母からつけられていた家庭教師に教わるよりずっと易く受け止めることが出来た。
「コルネットは凄いな、俺全然そこまで考えたことがなかった」
疲れた足を休めるために入ったカフェで領地や領民の話になりコルネットからそこにかける思いを聞いた風雅は純粋にコルネットへ尊敬の目を向ける、それを気恥ずかしそうに受けながら大公夫人として風雅を支えたいと口にしたコルネットに風雅もまた誰にも言わずに決意を固めていた。
「明日にはカノンさんもお帰りになるのですよね」
「そう聞いてる、アルカートが居れば滅多なことはないだろうから土産話でも楽しみにして待っていよう」
「はい!すごく楽しみです」
そんな話をしていた二人が更にもう一泊滞在を延ばすとアルカートから連絡を受けてヤキモキしているなど、当の花音は全く気にもしていなかった。
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