第26話 塔へ

 宿に着くと宿屋の主人と話していたアルカートが段々とヒートアップしているのに周囲を見ていた花音が気づいた。

 「どうしたの?」

 アルカートの後ろからひょいと顔を覗かせた花音にアルカートが珍しく慌てている。

 「冒険者のお嬢ちゃんか、いやね?二人って聞いていたから二人部屋を用意してたんだが、どうやら連れの兄さんは二つ部屋をって思っていたらしいんだ、ただねぇ生憎今日は他の部屋は空いていないんだよ」

 「ふうん?二人部屋なんでしょ?じゃあ良いじゃん」

 何が問題でも?とアルカートを見ればはくはくと口を動かしてどんどん不機嫌になっていく。

 「おじさん、部屋の鍵ちょうだい、アル行こう」

 花音は宿屋の主人から鍵を受け取りアルカートを引っ張って軋む階段を登っていった。

 部屋の鍵を開け花音が部屋に入るがアルカートは入り口から動かない。

 「わ、私は部屋の前に居ますので」

 「何馬鹿なこと言ってんの?ほら、入って入って!」

 小さなテーブルを挟んで粗末なベッドが二つ並んでいるだけの部屋に無理矢理花音はアルカートを引き摺り扉を閉める。

 アルカートはドアの前から動かず直立不動で立ちすくんでいた。

 「ん、ちょっと固いけどちゃんと洗濯もしてあるし寝心地は悪くないかな」

 日本で廉価版の易いベッドを思い出しながら花音はベッドに腰掛けた。

 「アル?座ったら?」

 「な、な、な、何を考えてるんだ!あなたは大公家の令嬢なんですよ!そ、それが使用人とはいえ男と一晩……」

 顔を真っ赤にしたアルカートが眉尻を吊り上げる。

 花音はキョトンとしていたが、言葉の意味を理解して長いため息を吐いた。

 「アルは大丈夫でしょ」

 「わ、私だって男ですよ!」

 「知ってる、けどアルは私が嫌だって言ったら悪いことはしないでしょ」

 「嫌だとか言われなくても言われそうなことはしません」

 「ほら、やっぱり大丈夫じゃない」

 くつくつ笑って花音がそういうとアルカートはその場にしゃがみ込んだ。

 「はぁもういいです、カノンさまには危機感が足りないということがよくわかりました」

 「アルぅ?話し方戻ってるよ?」

 「誰のせいですか!」

 「信頼してるからさ、アルなら大丈夫かなって」

 へへっと笑う花音にアルカートはとうとう根を上げ降参とばかりに両手をあげた。


 しっかり眠ってスッキリと目覚めた花音と、結局一睡も出来ずに疲れ三割マシのアルカートが村を出発したのは二つの太陽が地平線から頭を覗かせた頃だった。

 早めの出発に無人の教会へ足を運び加護を貰うための祈りを捧げた。

 「シールド、うん後は初級結界だって」

 頭に浮かんだままを口にした花音と祈りを終えたアルカートが村を出発する。

 谷に、掘られた階段を降りていくと途中から崩れた塔が谷底に見えてきた。

 魔獣を警戒しながらアルカートが先頭を歩く、その後ろを花音も周囲に意識を飛ばしながら着いていく。

 一時間ほど降りた目の前にそう大きくはない、丁度無人の灯台くらいの塔が現れた。

 「地下に降りるのでライトをお願いします」

 「うん、敬語は辞めてね」

 「あ、はい」

 「ライト!」

 花音が、唱えると手のひらからポコリと浮き上がった丸い光の玉が周囲を淡く照らした。

 「俺が先に行きます」

 カチャリと小さな金属音を立ててアルカートが短剣を両手に持ち扉のない入り口から塔に入る。

 「瓦礫が結構あるな、カノンは足元に気をつけて」

 「わかった」

 ですますが無ければ簡潔に意思も疎通しやすい、花音はロッドを取り出しアルカートに着いて地下に降りる階段に向かった。


 魔獣の気配もなく階段を降り切ると石室が崩れてその先が洞窟へと繋がっている。

 上を見上げれば仄かに階上の明かりが点になって見えるが周囲は真っ暗で頼りない灯りの魔法だけが周囲を照らす。

 花音は再びライトを唱え先の光の球に加えて合計三つの光の球を作り前方と中央、そして背後を照らした。

 暫く気配を探っていたアルカートから手招きで合図されて洞窟の方へと進む。

 バサっと羽音が鳴り人間の子供のようなサイズの蝙蝠が行手を遮る。

 「っカノン!下がって!」

 地面を駆りビュッとアルカートが飛び出すと手前にいた大きな蝙蝠に短剣を閃かせた。

 ザシュッと重い肉を切る音と共に蝙蝠の首が跳ね上がる。

 倒れる首のない体の奥から三羽の蝙蝠が飛び出した。

 「アル!っくぅシールド!」

 同時に飛び出した蝙蝠の攻撃を躱しきれずアルカートの左腕に赤い線が走った、その瞬間花音は覚えたてのシールドという魔法を唱えるとアルカートの周囲を旋回する一つの光の盾が現れた。

 ガンガンと光の盾に体当たりをする蝙蝠をアルカートが即座に息の根を止める。

 一瞬にして静寂が辺りを包んだ。

 「カノン、無事ですか?」

 「私は大丈夫、アル、見せて」

 花音はアルカートの斬られた腕に両手を翳し回復の魔法をかける。

 見る間に傷は塞がったが、斬られた袖の周囲には赤黒い血がこびりついていた。

 「ごめん、私が着いてきて欲しいって言ったから」

 込み上げる涙をグッと堪えて謝る花音の頭にアルカートの手がポンと乗る。

 俯く花音がビクリと肩を震わせた。

 「俺は元々カノンたちの護衛だから、この程度の傷は怪我のうちにはいらないしカノンが責任を感じることじゃあない」

 「で、でも」

 「それよりカノンが一人でこんなとこに来ることを考えるほうが、恐ろしい」

 宥めるように頭を撫でたアルカートを花音は上目遣いに見る。

 「アルってたまにすっごく年上みたいに見える」

 「同じ年齢だが?」

 「老けてる?」

 「ムッ」

 軽口に変えて花音は笑顔をアルカートに向けた。


 蝙蝠の魔獣との戦闘を何度か繰り返し、天井の抜けた区間に出た。

 頭上から陽がキラキラと差した地底湖、湖というよりは池だがその渕に咲く水色の花弁の花に貯まる蜜を小瓶に回収していく。

 しゃがんで小瓶を傾ける花音と周囲を警戒するアルカートが回収が終わりホッと息を吐いた。

 「とりあえずここを出て村へ向かいましょう」

 「そうね、あっ!そうだ!折角だし村で二泊しない?」

 「え?あ、いや、でも」

 「直ぐ帰っちゃうのも勿体無いよ、折角外泊許可もパパやママから取ったんだし」

 アイテムボックスに小瓶を入れ花音がニシシと笑うとアルカートは長い息を吐いて「カノンがそういうなら」と来た道を戻り始めた。

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