第25話 名もない村

 遠距離を走る乗り合い馬車が停まる馬車停に向かう。

 アルカートが御者と暫く話して目的の馬車に乗り込むため花音を連れて幌の着いた馬車に向かった。

 「危ないですから先に乗って下さい」

 花音は言われた通り先に乗り込み二人分空いた場所に座る。

 そんな花音の隣、花音より入り口側にアルカートが座り暫くすると馬車が動き出した。

 同乗者は少なく、親子連れが目立つ。

 馬車の周囲は護衛の冒険者が囲み、ゆっくりとしたペースで街を走り街道に出た。

 「カノンさま大丈夫ですか?」

 「うん、平気だよ、それよりそのさまって言うの、旅の間はやめない?」

 花音がそう言うと普段は表情を崩さないアルカートが眉を顰めたのを見て花音は気づかれないように気落ちした。

 花音としてはつい数ヶ月前まで普通の女子中学生だった。

 様、なんて付けて名前を呼ばれることにも両親の知らない顔にも、貴族社会にも慣れたわけではない。

 ただ、今はここで生きるしかないから懸命にそうあろうとしているだけだ。

 重たいドレスにも違和感しかない。

 だから冒険者としての旅の間くらいは勇者と王妹である姫の娘ではなく前までと変わらぬただの花音で居たかったのだが、それは無理を通したいというわけでもない。

 そもそもこの旅も花音の我儘を通したのだから、断られてもそれは使用人であるアルカートの立場を考えれば仕方ないのだと自分を納得させた。

 「そうですね、身分が周囲にバレれば相応に危険も増えるでしょう、わかりました冒険者として行動する間はカノンと呼ばせていただきます、私のこともアルとお呼びください、いえ違うな、うん俺のことはアルと呼んでほしい」

 眉尻を下げそう口にしたアルカートに花音は満面の笑みを浮かべた。

 「ありがとう!アル」

 「どう致しまして?」

 クスクスと笑ううちに村が見えてきたと護衛の冒険者たちの声が響いた。


 馬車が停まり、先に降りたアルカートに手を引かれながら花音も馬車を降りる。

 アルカートはすぐに通りかかった村人を捕まえて何かを聞くと礼を告げ戻ってきた。

 「先にギルドの出張所に向かい滞在登録を済ませよう」

 「うん、わかった」

 馬車停から直ぐのところにあったギルドの出張所は無人で登録用の水晶だけが置かれていた。

 小さな小屋の中でアルカートと花音はそれぞれの冒険者証を水晶に翳す。

 これで二人が現在居る場所が登録され、緊急時には指示を受けまた長期に渡り連絡がなければ調査が入る。

 「さて、村で一応聞き込みをしよう」

 「あ、お腹も空いたしついでに夕食も摂ろう」

 「では、食堂か酒場だな」

 花音の提案を折り込みながら頷いたアルカートと共に舗装されていない砂利道を歩いていく。

 のんびりとした牧歌的な村は子どもたちも元気よく、村人の顔も明るい。

 「っあ!」

 転がっていた大きめの石に足を取られた花音が転びかけるのをアルカートが腕で抱え込むようにして支えた。

 「あ、ありがとう」

 「整備されていないから足元には気をつけて」

 「う、うん」

 普段戯れ付く風雅とは違う細身だが筋肉質の腕の中で花音は顔が火照るような気がした。

 「もう大丈夫だから!」

 グイッと支えている腕を押し除けて花音は深呼吸をした。

 「さ、行こう」

 気を取り直し、先に歩き出すとアルカートが横に並んだ。

 「食堂兼酒場って感じだな」

 「お腹空いたし先にご飯にしよう」

 「フッ、わかった」

 店先に香る芳ばしい匂いに誘われた花音にアルカートが小さく笑い扉を開いた。


 チラホラと冒険者であろう人々の姿が見える。

 出口を確保しやすい入り口に近い端の席をアルカートがサッと取ると自然と花音を座らせて片手をあげ店員を呼ぶ。

 恰幅の良い壮年の女性が元気よく注文をとりに来る。

 「この香りは?」

 「ああ、うちの名物のシチューだね、ここいらで育ててる飛べない鳥を使ってるんだよ」

 「では、それとパンを二つずつ、飲み物は果実水と水を頼む」

 「はいよ!」

 注文を受けた女性が厨房へ向かうのを見送り花音はふうと息を吐いた。

 「疲れた?」

 「少し、でも楽しいわ」

 「それは良かった」

 暫く席から店内を見渡していたが、花音に気付く者もなく店内の雑沓に紛れる安心感がある。

 「採取するのは塔の地下にあるんだよね?」

 「そうですね」

 「じゃあこの後教会に行ってから宿に向かって、明日は早めに出発しようよ」

 「わかりました」

 「アル、敬語に戻ってるよ」

 花音に指摘されたアルカートがパッと口に手を当ててバツの悪そうな顔をした。

 「あ、わ、悪い」

 「フフ、いいよ、急に変えるのは難しいよね」

 そのまま両手で顔を隠したアルカートが長い息を吐く、その耳はほんのりと赤くなっていた。


 

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