第16話 遭難者

 採取も魔獣相手の戦闘も数を熟すうちに自分たちにもわかるほど手際が良くなってきた。

 最深部が近くなったこともあり、学園が設けているセーフティエリアで休憩を取る。

 アイテムバッグからお茶を取り出したアルカートが皆にお茶を配る。

 「ノルマはどうなってる?」

 「全て倍近く採取出来てますね」

 「マッピングもいい感じだよね」

 「そうですね、概ね今回は大きな失敗もなく完遂出来そうですね」

 広げた洞窟内の地図にカランドが接触した魔獣の種類と数を書き込んでいる。

 「流石に学園で管理されている洞窟ですね、前情報通り角鼠と魔土竜に大みみずしか出没してませんね」

 「洞窟に入れば記録も残るし、修練用って感じよね」

 ひと息休憩をして採取したものを確認する、残るは最奥にある毒草のみだ。

 そろそろ出発しようかと立ち上がり始めた所で、大きな物音が進行先の薄暗い奥の通路から聞こえ、緊張が走った。

 「私が先頭で様子を見に行きます、皆さまは一歩後ろから着いてきてください」

 アルカートが短剣を構え、足音を立てないようにゆっくり壁沿いに移動する、時々後ろを振り返り片手で後続を制し安全を確認すればまた片手をあげて合図を送る。

 

 どれくらい進んだのか、最奥と思われる突き当たりの広い空間に出た。

 セーフティエリアになっている床を確認して息を吐く。

 カツン……

 静かな洞窟内に小さな物音と息を詰める「……っ」と微かな声が聞こえた。

 慎重に周囲を警戒している七人の前に彼女が姿を見せた。

 「あっあのっ……助けて……」

 貴族科の制服を着た少女が泣き腫らした目を向け両手をあげながら岩陰からおずと出てきた。

 「え?伯爵令嬢?」

 「あっあっ、マダーシュ侯爵令嬢っ!」

 グラツィオーソが一歩前に出ると少女はぶわりと涙を流しながらその胸に飛び込んだ。

 「え?な、何故あなたがここに居ますの?」

 「あ、あの、わ、私……こ、これ……」

 泣きながらポケットに入っていた紙片を取り出した少女からそれをレジェロが受け取った。

 「呼び出し状?えっと……『彼の事で大事な話がある、魔法科の裏門前に来られたし』?」

 「彼?」

 花音が少女に問い、それに答えたのはカランドだ。

 「フルート侯爵令息のことかな?君の婚約者だよね」

 「ああ、貴族科で随分と派手にされているようですね、彼」

 どうやら高位貴族内では噂になっている何かがあるらしい、とにかく落ち着かせよう事情を聞こうとレジェロに促されセーフティエリアの中央に休める場所を作った。

 グラツィオーソと花音が少女を挟むように両脇から背中を摩り宥める、ドルチェがアルカートから飲み物を受け取り全員に配るとアルカートとドルチェは周囲の警戒に徹した。

 

 やっと落ち着いた少女がポツリポツリと話し始める。

 「私はアマービレ伯爵家長女のコルネットと申します」

 コルネットは震えながら立ち上がりカテーシーを見せた。

 「大丈夫よ」とグラツィオーソと花音がコルネットを座らせる。

 「貴族科に入学してすぐ、コモド様……コモド・フルート侯爵令息ですね、と懇意にする女子生徒が現れました……」

 コルネットの話を聞きながら渋面を作ったのはレジェロだ。

 「レジェロは貴族科に居たんだよな」

 「ああ、あの令嬢のことだろう、入学当初から矢鱈と高位貴族の令息にばかりに声をかける令嬢が出てきたんだ」

 レジェロの話を纏めるとどうやら下位貴族と位置される男爵家の令嬢が、入学当初から貴族令息に擦り寄っていたらしい。

 大半の令息、特に嫡男などはそういった令嬢が近寄ることへの警戒を、家から教育としてハニートラップへの対処なども受けるのだが、一部男爵家の令嬢に籠絡された者が出て来ていたらしい。

 当然王子であるレジェロにも近寄ろうとしていたらしいが、レジェロはそれを振り切り学園側へ注意勧告を出していたとか。

 今年一番の狙い目として、まだ婚約者の居ないレジェロが貴族科に居る間は良かったらしいが、魔法科に行ったことで男爵令嬢の行動が過激になっていたらしい。

 その令嬢に籠絡された筆頭格がコルネットの婚約者でありフルート侯爵家次男のコモドだった。

 コモドを籠絡した男爵令嬢に最初は苦言を呈していたコルネットだったがコモドが男爵令嬢の後ろ盾になっていてどうしようもなくなっていたらしい。

 要はコモドが婚約者であるコルネットを置いて男爵令嬢と浮気をし始めた、と。

 ところが、次男であるコモドは婿養子としてアマービレ伯爵家に入るはずだった、婚約を解消してしまうとコモドは将来平民になる可能性があった、そのため最近は男爵令嬢を愛人として連れて入婿になろうとコルネットに詰め寄っていたらしい。

 そのコルネットがそろそろ見切りをつけようと思っていたところに今回の紙片が男爵令嬢から渡されたということだった。

 当然コルネットとしてはこれから三年間学園で過ごさなければならず、穏便に済ませられるならと話し合いをしに向かったらしい。

 「ところが、裏門で待っていると後ろから誰かに襲われてしまって、気がつくとココに置いて行かれていました」

 「いくらセーフティエリアだとしても、こんなとこに置いておくなんて」

 「下手をすれば殺人未遂だ」

 レジェロとカランド、そしてグラツィオーソが眉を顰める。

 「今日、何かあるの?」

 花音がコルネットに問う。

 「今日、ですか?確か貴族科は……」

 「親交目的の最初の仮社交としてパーティーがあったはずだ、私も招待を受けていたが、魔法科の授業があるからと断ったんだが」

 「ああ、なるほど」

 カランドが呆れたような普段見せない顔をして嘆息を吐き出した。

 「すぐにダンジョンを出ましょう、ダンジョンの入出は記録されるので」

 「そうね、ここにコルネット嬢を連れて来た者を調べるのはすぐに出来るわ」

 「うん、よし!コルネット嬢」

 「は、はいっ」

 レジェロ、カランド、グラツィオーソがコルネットに注目する。

 話についていけない花音と風雅はコルネットと一緒に三人の話を聞いた。

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