第2話 知らなかった話

 あれよあれよと連れて行かれた王城の謁見の間で麻里亜は王様と抱き合いながら再会を喜んでいる。

 そんな麻里亜を一朗はほっこりと笑みながら見ている。

 展開についていけてない花音と風雅は呆然とその光景を眺めているだけ。

 そんな二人に気づいた王妃さまらしき女性が豪奢な深緑のドレスを引き摺りながら二人の手を握った。

 「よく来てくれたわ、はじめましてね?ワタクシはクレッシェント王国の王妃であなた方のお母さまであるマリア・リュート・クレッシェントの兄嫁、あなた方の叔母よ」

 会釈をしながら花音と風雅は色々と聞きたいことが増えた王妃の自己紹介に混乱し過ぎて段々と冷静になってくる。

 「クレッシェント王国?初めてきいたんだけど、風雅知ってる?」

 「俺も知らないよ、それより王様の妹が母さんだとか父さんが勇者とか言われてるのがわからない」

 ここに来て漸く花音と風雅に何の説明もされていないと気づいた王妃がひくりと頬を微かに引き攣らせてぐるんと国王と抱き合う麻里亜と一朗を振り向いた。

 「マリア様?イチロー様?お二人に説明は?」

 「まあ、後からでいいかなって」

 「一朗様!お二人が戸惑っていらっしゃるのよ!何を悠長なことを!」

 王妃のお叱りで花音と風雅は漸く話が出来る人に会えたと内心涙ながらに喜んでいた。

 そんな二人に向けて一朗が顎をさする。

 「んー、どう説明したらいいかな、僕たちの世界風に言えばここは異世界になるんだ、昔父さんはこの国に召喚されてねぇ、麻里亜さんと一緒にちょっとだけ暴れちゃったんだよねぇ」

 へらへらと笑いながら話す一朗の話を花音と風雅は眉を顰めて聞いている。

 「うんとねぇ、この世界だと君たちも加護を受ければ魔法も使えるはずだよー」

 「何を?」

 「魔法?漫画じゃないんだよ?父さん」

 「でもねぇ、これが現実なんだよねぇ」

 そう言いながら一朗は手のひらを上に向けると何事かつぶやいた。

 見る間に手のひらの上に小さな明るい発光体が浮かび上がる。

 「これはライトって言う明るくするだけの魔法だよ」

 目の前で見ていることが理解出来ず、花音はそのまま意識を手放した。

 「あ!待て!花音ずるいぞ!一人で逃げるな!俺も意識失いたい!」

 「ハハハ、二人は仲良しだねえ」

 呑気な一朗の声に風雅はキッと睨みつける。

 「ちゃんと説明しろよ!父さんも母さんも」

 「わかったわよ、風雅ちゃんはすぐ怒るんだから」

 「男は余裕が大事なんだぞ」

 口々に無責任な言葉を吐く両親を前に花音を支えていた風雅は、長いため息を吐いた。


 『二つの太陽と二つの月が見守る大陸には中央に大国である帝国シーダーが座しており、周囲を小国が取り囲む。ここ、クレッシェント王国もまた小国のひとつであり帝国から南西に位置し、北東に帝国を北に獣人国がある。今から十六年前、帝国を襲った大型のスタンピード。それ自体は当時の帝国騎士団や上級冒険者たちが治めたものの、瘴気に充てられた黒い竜の群れがクレッシェント王国を襲った。世界は先のスタンピード対策で疲弊していて、なけなしの希望で古の伝承を頼りに王国を救う勇者を召喚した、それが一朗だった。一朗は当時の冒険者たちと高位の回復魔術の使い手であったクレッシェント王国第一王女であるマリア・リュート・クレッシェントを連れ長い旅の末、竜の群れを退けた。』


 豪奢な部屋に連れられて、ふかふかなソファに座った花音と風雅に話して聞かせているのは王妃、ちゃんと話すと言ったはずの麻里亜と一朗はのらりくらりと話にならず、結局ブチ切れた王妃自らが二人への説明に乗り出した。

 用意された香りの強い紅茶を一口のんで、王妃は話を続けた。


 『竜を倒し勇者が自分の世界に帰る頃に勇者と帯同していたマリア王女が身籠っていることがわかった。それはそれは大騒ぎになったわ。結局、次期国王の座を兄に譲り産まれた子どもたちが成人を迎えるまで十五年間は勇者の世界にその後は子どもたちを連れてこちらの世界に帰るという約束をして勇者とマリア王女は異世界へと旅立ったの。そしてあなた方がこの世界の成人である十五歳になったことで、約束通り此方へ帰ってきて貰ったの』


 話し終えたのか王妃は冷めた紅茶に口を付けため息をひとつほぅと吐いた。

 「これを現実だと思いたくないな」

 「だよね、竜とか魔法とかゲームじゃないんだし」

 そう言いながら窓を見れば空に浮かぶ島々に飛空艇、そして二つの太陽が花音と風雅の視界に映る。

 「勇者である一朗はこちらで伯爵位を持ってるけどマリア様は王妹ということもあって、大公位を持ってるの、二人は大公令嬢と大公子息になるわね」

 身分の話になりとうとう二人は匙を投げた。

 「伯爵とかって私たちのところと変わらないのかな?大公や公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵だっけ?確かゲームにそんなのが出てたよね」

 「概ね合ってるわよ、辺境伯や準男爵はないけど。一代男爵や騎士爵が加わるぐらいね」

 「へえ、で俺たちはどうしたらいいんだ?」

 風雅が王妃に問いかけた。

 花音も頼りにならない両親に聞くことを諦めて王妃に話を聞く。

 「一応ね、マリア様やイチロー様には領地やタウンハウスもあるからそちらにいずれ住んでもらうことになるかしらね、二人には王位継承権もあるから、来月から入学する学園に行く前にこちらの勉強をしてもらうことになるわ、それまでは王宮に滞在してもらうけど」

 少しずつ慣れていくしかない。

 のほほんとした両親は話にならないしと花音と風雅は顔を見合わせる。

 「でも、魔法か、俺たちも使えるのかな」

 「それはそれで楽しそうよね」

 帰れないらしい、ならば楽しむ方がマシだと二人は笑い合う。

 「二人と同じ歳の息子がいるの、従兄弟になるわね、二つ下に娘も居るわ、近いうちに紹介するから仲良くしてくれると嬉しいわ」

 そう言って王妃は部屋を出て行った。

 入れ替わりに入ってきたメイド服の女性が二人を客室に案内してくれた。

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