【完結】母の転勤先は異世界でした。母は王妹、父は元勇者ってどういうことなの?
竜胆
第1話 転勤引越しここは異世界
花音は黒色の背中にかかる長い髪を掻き上げアンバーの瞳を瞬かせた。
風雅は短い紅茶色の髪をガシガシと掻いて、濃茶の瞳をまん丸に見開いた。
二人は目の前に広がる景色に空いた口が塞がらない。
唖然とする花音の隣に座る双子の弟である風雅は呆然としている。
運転席に座る父の一朗が「いやぁ、懐かしいね」とか何か言ってるけど懐かしいという事の理解が出来ない。
車は舗装されていない荒れた道に止まり、左右を背の高い木が幾つも囲んで居た。
車窓から見える空に幾つも浮かぶ島、島には建物の影が見える。
太陽は何故か二つあって、円形に配された街並みの中央にはどっからどう見ても立派なお城が見えているのを眼下に眺める。
どうやら今車が停まっている場所は大きな浮島のひとつらしく、遠くに大地が見える。
ついでに浮島の影も見えている。
「は?」
花音はその光景に思わず声をあげた。
「とりあえず王城に行って兄に会いましょうか」
そんな花音を無視して母の麻里亜が紅茶色の髪を揺らしてコロコロと笑いながら助手席から父の一朗に話している。
母の麻里亜はウェーブのかかった紅茶色の髪にアンバーの瞳を持ち、日本人ではないと一目でわかる風貌をしている、背は高くなく陶器のような白い肌に童顔のせいもありよく花音と姉妹に間違われる。
父の一朗はストレートな黒髪濃茶の瞳を持ち、筋肉質ながら高い身長とスレンダーな細身に見える体型もあり年齢にしては若く見える。
風雅の面持ちこそ花音と似ているが体格と瞳の色は父に髪色は母に似て整った見目をしている。
花音は全体的に母に似たらしく父に似たのは髪色だけで小柄で愛らしい見た目をしている。
「今お義兄さんが国王やってるんだっけ?」
「ええ」
何やら聞き慣れない不穏なワードが聞こえた気がすると花音はビクッと肩を跳ねさせた。
風雅はポケットに入れていたスマートフォンを取り出して画面を見るが「圏外」と表示されていてここがいよいよ何処だかわからなくなり、口をぱくぱくとしたままスマートフォンをポケットに仕舞い込んだ。
我が家自慢のワゴン車がガタガタと舗装されていない道を再び進み始めた。
いや、だから、どういうことか説明してよ!
事の発端は数ヶ月前。
よくある何の変哲もない建売住宅の広くもない我が家のダイニングで食事中に麻里亜が「そろそろ転勤して引っ越さなきゃいけないの」と言い出した事。
「ああ、そうかそういう約束だったなぁ、じゃあ春になったら引っ越しだね」
結婚十五年、今年で十六年目になる両親の麻里亜と一朗は何時迄も仲睦まじく手を取り合いながらニコニコとしているが、いきなり転勤だ引っ越しだと聞かされた花音と風雅はそれどころではない。
春に高校入学を控える花音も風雅も将来の予定がある。
行きたい学校があるわけでもなかったが。
風雅もまた明確なビジョンなどなく、何となく勧められた高校に進学するかという気楽さではあった。
簡単に割り切れる話ではない。
引っ越すとなれば進学先だけではない、友人と別れなければならないし、住み慣れた街からも離れなければならない。
それに、よくよく話を聞けば引っ越し先は国外とか言っているし、外国語なんて話せない花音と風雅はギョッとしたが、麻里亜が「大丈夫よぅ」と気楽に答えただけだった。
不安を抱えて花音と風雅は麻里亜に詰め寄ったが、随分と前から決まっていた転勤と転居ということらしく、野原一家は揃って引っ越すこととなり、住み慣れた家を後にすることになった。
そして冒頭に戻る。
車は木立を抜けていよいよ街に迫っていた。
街の入り口はファンタジー漫画なんかによくある関所のようになっており、銀色の甲冑を着た人が車に走って寄ってきた。
「お?ヘクター君じゃないかい?君まだ門番やってんの?」
へらりと笑った一朗が甲冑の男性に話しかけた。
「は?あ?嘘!お前!イチローじゃないか!ちょっと待て!おーい!王宮に連絡だ!勇者と姫様が帰ってきたぞ!」
背後に向かいヘクターと呼ばれた甲冑の男性が声をあげる。
「勇者?」「姫様?」
花音と風雅はヘクターの言葉に疑問を抱きおうむ返しに口を開いた。
「あれ?後ろの……」
「ええ、ワタクシたちの娘と息子なの」
ふふふと笑いながら麻里亜が言えばヘクターは目を丸くして驚いている。
「マ、ママ?パパ?」
「どうした?花音ちゃん」
「え?どういうこと?何なの?」
花音が後ろから一朗に問い詰めると麻里亜が助手席から振り返った。
「詳しいお話はお城に着いてからしましょうねぇ」
「いやいやいや?お城って何さ」
風雅は眉間を抑えながら麻里亜に突っ込むが、周りが慌ただしくなり話を聞ける状態ではなくなってしまった。
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