第7話 処刑台の壇上




 長い夏休みが終わり、始業式。


 それは学校生活の再開であり、俺にとっては新たな一歩を踏み出す日となる。



「すぅー、はぁー、よし!!」



 俺は深呼吸してから家を出た。


 電車を乗り継いで高校に向かう途中、俺は隣をちらっと見る。



「ほほー、ネットの写真とこの目で見るのとでは全く違うのう!!」


「ま、真白、本当に見えてないんだよな?」


「くふふ、そう心配せずともよいのじゃ。妾の認識阻害の妖術は完璧じゃからの!!」



 今日は決戦の日。


 真白にも手伝ってもらいたいことがあるし、学校まで一緒に来てほしかった。

 一人だと不安だから、という子供みたいな理由もあるが……。


 ただ隣に真白がいるだけで、妙に勇気が湧いてくるのは気のせいではないだろう。


 俺は静かに闘志を滾らせながら、学校に向かう。


 真白の言うように周囲の人々は真白を認識できないようで、彼女の耳や尻尾を気にされることはなかった。



「じゃあ真白、手筈通りに」


「うむ、妾に万事任せるのじゃ!!」



 学校に到着し、真白と校門のところで別れて俺は教室に向かった。



「よぉ、万堂。夏休みはありがとなあ?」


「……」


「おいおい、無視は酷くね? オラ!!」



 教室に入るや否や、伊川に絡まれて理不尽に腹を殴られる。


 まだ耐える。仕返しは後だ。



「今日も学校終わったら遊びに行くからさあ、金頼むわ」


「……分かったよ」


「そーそ。お前はそうやってオレに従ってればいいんだよ、ははは!!」


「……」



 俺は俯いてニヤリと笑う。


 予鈴が鳴り、生徒たちが体育館へ向けて一斉に移動を開始する。


 体育館に集まると、神成さんが忙しそうに他の生徒会メンバーへ指示を出している様子が遠目から見えた。


 ああ、今日まで長いようで短かった。


 ようやく神成さんと伊川に復讐してやることができる。



『これから始業式を始めます。まず、校長先生のお話です』



 放送部の生徒がアナウンスを流し、始業式は始まった。

 長ったらしい校長先生の話が終わって、生徒会長の挨拶が始まる。


 壇上に上がる神成さん。


 その壇上が処刑台になることを知っているのは、僕ともう一人。



『夏休みが終わり、後期が始まります。三年生は本格的に受験へ向けて――んん?』



 不意に神成さんが言葉を止める。


 というのも、ステージ上から急にプロジェクター用のスクリーンが降りてきたからだ。


 生徒や教師たちは、誰かが操作を誤ったのかと思って騒ぎ始める。

 もっとも、その騒ぎは微々たるもので、大したものではない。


 しかし、その騒ぎは次の瞬間に混沌となる。


 スクリーンに大きく映像が映し出され、男女が逢瀬する光景が映ったのだ。



『んっ♡ もっとぉ♡ そこ、らめっ♡』


『はは!! おいおい、生徒会長だろ? もっと締めろよ!!』



 それを見た神成さんの表情から、次第に血の気が引いていく。

 映像の中の人物が誰か分かったのか、生徒や教師は目を瞬かせた。



「え? 今、生徒会長って……」


「いやいや、あの真面目な生徒会長だぞ? どう見ても学校だし……」


「てか、たしか生徒会長って婚約者いたよね?」


「でも映像の男子じゃないよ? もっと優しそうな人だったし」


「いや、あれ伊川ってヤツだよ。二年の有名ないじめっ子。何人か不登校にしてるし、兄貴が半グレグループのリーダーだって」


「は? え、じゃあ何これ? 浮気現場?」



 当然ながら、俺と神成さんが婚約していることは割と知られている。


 小さなざわめきは大きくなり、先生たちは映像を止めに行くが、いつまで経っても終わらない。



『じゃ、万堂からまた金巻き上げるから学校に呼び出せよ』


『あ、ああ♡ そ、その、彼を呼び出せば、また抱いてくれるか……?』


『もちろんだ』



 正真正銘ゲスの会話。



「え、うわ、もしかして生徒会長、いじめに加担してたの?」


「最低……」


「まじかー。結構ファンだったのに」


「てか会長の婚約者の名前って万堂じゃなかったっけ? まさか婚約者をいじめてる奴と浮気したの?」


「は? ガチのクズじゃん」



 侮蔑、失望、落胆……。


 そういう感情を宿した無数の眼差しが壇上に立つ神成さんを射貫く。


 神成さんは身体を震わせていた。



「ち、ちが、こ、これは」



 不意に壇上の神成さんと目が合った。


 そして、まるで安心したかのように俺のことを見つめてくる。


 なんだ、その目は。


 まさか俺が助けてくれるとでも思っているのだろうか。


 ああ、もしこの映像がダミーで神成さんが無実だったなら、周りが何を言おうと神成さんのことを守っただろう。


 でも俺はこの目で見たし、聞いてしまった。


 もうダメなんだよ、神成さん。俺はもう貴女を信じられない。



「あ、ま、正宗……ぁ、ま、待って、お願い……い、行かないでっ」



 神成さんの言葉を無視する。


 すると、神成さんはまるで幼子のように丸まってその場で蹲ってしまった。

 さて、神成さんは真白が欲しがってたし、彼女に任せるとして。


 俺は騒ぎに乗じて体育館を出る。


 伊川が真面目に始業式のような面倒なものに参加するわけがない。



「やっぱり、ここにいたな」


「あ?」



 校舎裏に来てみたら、そこには伊川率いるカースト上位グループの生徒たちがいた。


 男子は伊川を含めて五人、女子は三人。


 男子はポケットに手を突っ込みながら俺を包囲してきて、女子はその様子を見てニヤニヤ笑っていた。


 誰も彼もいじめに加担していた奴らだ。


 よく伊川の後ろに付いて歩いている男子が伊川の顔色を窺いながら俺の肩を小突いてきた。



「おいおい、まだ始業式の途中だろぉ? それともまた俺らにお小遣いくれ――」



 なので、首をねじ切った。


 俺は伊川の取り巻きに直接何かをされたわけではない。


 でもムカつくので殺すことにした。


 伊川に近づきたい俺の進行の邪魔をしなかったら殺すつもりはなかった。


 本当だよ?


 恨みは無いので苦しめるつもりは欠片もない。でもまあ、こいつらは半グレグループともすでに付き合いのあるクズばかり。


 殺した方が世の中のためになる。


 ああ、別に人を殺すことに大して躊躇はなかった。

 感覚的な話になるが、小鬼を殺すことと何も変わらない。


 まあ、小鬼より怖くないけど。



「……え?」


「は?」


「ちょ――」



 続いて三人の頭を拳で叩き潰す。


 真っ赤な血が噴水のように胴体から吹き出し、辺りに散った。



「さて、と。伊川」


「お、おま、お前!! 兄貴に言いつけてやってもいいんだぞ!!」


「ふーん? で、そのお兄さんはどこにいるの?」


「っ」



 伊川がスマホを取り出して兄に連絡しようとするが、突然の取り巻きの死に身体が震えて手を滑らせてしまう。


 ちょうど目の前にスマホが転がってきたので、遠慮なく踏み潰してやった。


 とてもいい顔をする伊川。



「お、おい、お前ら!! つ、通報しろ!! 警察に通報しろ!!」


「ひっ、あ、う、うん」



 取り巻きの三人が慌ててスマホを取り出し、通報しようとした。


 なので高速で三人に接近する。


 夏休みの間ほぼ毎日レベリングしてたし、その速度は常人の目では追えない。


 彼女らにとっては俺が瞬間移動してきたように見えただろう。



「ひっ、あ、や、やだ、助けてください」


「いいよ」


「ぇ?」



 男子を四人殺しておいて女子を見逃すのは甘いかもしれない。


 でも本当に取り巻きに恨みはないのだ。


 さっきの男子は俺が伊川に近づくのを邪魔したからぶっ殺した。


 それだけである。



「君たちのこと見逃がすから、その代わり内緒にしてね?」



 俺が笑顔でそう言うと、女子たちはあかべこのように首を上下した。


 念押しも忘れない。



「もし誰かに話したら、さっきの男子みたいにするから」


「お、おい!! ふざけんな!! すぐ通報しろよ!!」


「で、でも――」


「あー、大丈夫大丈夫。伊川はもういなくなるからさ。三人は自分のことだけ考えてればいいよ。ね?」



 伊川が喚き散らすが、女子たちは俺に怯えきっていた。

 腰を抜かして動けない伊川を放って、校舎裏を後にした。



「さて、と。やっとこの時が来たな、伊川」


「ひっ、く、来るんじゃねぇ!! あ、謝る、謝るから!! 許してくれ!! 殺さないで!!」


「ふーん? 死にたくないんだ?」


「っ、ああ!! 死にたくない!! 殺さないでください!!」


「いいよ。じゃあ、伊川には生きていてもらおう」



 伊川、最後の最後で選択を誤った。


 俺はお前を殺さない。生かしておく。死ぬことを許さない。


 伊川の鳩尾に拳を叩き込み、意識を刈り取る。



「おお、旦那様の方もちょうど終わったようじゃな」


「あ、真白。そっちはどう――って、予定より一人多くない?」



 真白は大きな袋を二つ抱えていた。


 一つは予定通り神成さんだろうけど、もう一人は誰だろうか。


 真白が面倒臭そうに答える。



「妾の邪魔をしてきた陰陽師なのじゃ。ま、雑魚だったのでワンパンしたがの。見てくれが良かったから旦那様への土産にするのじゃ♡」



 陰陽師? てか土産って。まあ、後で真白がどうにかしてくれるだろう。

 俺は真白に異界へのゲートを開いてもらい、男子の死体を移動させた。


 目撃者はいない。


 五人の男子生徒が姿をくらまし、仲の良かった女子三人は知らないと口を噤む。


 警察は半グレグループ間でのトラブルに巻き込まれたとし、捜査を打ち切ってしまった。


 完全犯罪である。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「次回、多分最終回」


正宗「わー」



「陰陽師、だと?」「バイオレンスで草」「最終回早い」と思った肩は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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