第2話 お狐様と魂の契約
「うっ、あ、あれ?」
僕は自宅のベッドで目を覚ました。
咄嗟に辺りを見回しても朽ち果ててかけた社や鳥居はない。
「……夢でも見てたのかな……」
と、そこまで口にして神成さんといじめっ子が肌を重ねていた光景を思い出す。
いや、あれは夢じゃない。
でも神社でお狐様と出会った出来事は白昼夢としか思えない。
「はは、ショックで幻覚でも見たのかな」
「くふふ。妾との出会いを幻覚扱いは酷いのう、我が愛しの旦那様?」
誰かが耳元で囁いてくる。
色白で細くしなかやな腕が僕を後ろから優しく抱きしめてきた。
僕はハッとして背後を振り向いたが……。
しかし、背後には誰の姿もない。幻覚どころか幻聴まで聞こえてきたらしい。
「はあ、明日から夏休みだし、しばらくはゆっくり休もう」
「そのような暇はないぞ、旦那様」
「え?」
今度はしっかり聞こえて視線を上げる。
すると、あのボロボロの神社で僕の愚痴を聞いてくれたお狐様が宙に浮いていた。
「うわあ!?」
「くふふ、旦那様はからかい甲斐があるのう。可愛くて食べちゃいたいのじゃ♡」
「な、なん!? どうして僕の部屋に!?」
「どうしてとは何じゃ。妾が転移術で家まで送ってやったのじゃぞ」
「え? あ、そ、それはありがとうございます?」
いつの間にか自宅にいたのはお狐様のお陰だったらしい。
僕は一度お辞儀して礼を言った。
「ところで旦那様って僕のことですか?」
「くふふ。うむ、そうじゃとも。他に誰がおるのじゃ?」
「いや、あの、なんで?」
僕とお狐様は出会ったばかりだ。
にも関わらず僕を旦那様と呼び慕う声には確かな愛情を感じる。
お狐様が何を考えているのか分からない。
僕の純粋な疑問に対し、お狐様は妖しく微笑みながら言う。
「妾はちと昔、殷という国でやらかしてのう。それから大和の国に逃げてきたはいいが、平安くらいに調子に乗ってたら安倍の童にしてやられての。神社に封じられておったのじゃ」
殷って、もしかして昔の中国のことだろうか。
大和の国ってのは昔の日本で、平安の安倍って言うと……。
まさか安倍晴明!? 凄い経歴だね!?
「安倍の童は妾に『異界の社にて人を待ち、消滅するその時まで訪れる者の願いを叶えよ』と言いおっての」
「あ、ああ、だからあの神社に……」
「うむ。じゃが、異界に人の子が迷い込むことは稀なのじゃ。社の結界は妾の力をじわじわと力を奪い、妾は消滅一歩手前じゃった」
「……そこに僕が来た、ってことですか」
「そうじゃ♡」
お狐様はパチンと可愛らしくウィンクし、僕にしなだれかかってきた。
ふわっとした甘い匂いがする。
「最初は訪れる者を食い殺してやろうと思っておったのじゃ。というか稀に訪れる者を何人か腹いせに喰ってやった」
そ、そうなのか。
お狐様が荒れている時期に神社に迷い込まなくて本当によかった。
僕が内心安堵していることは露知らず。
お狐様は神社に封じられていた時のことを物憂げに語る。
「しかし、やはり消えるのは怖くてのぅ。お主が妾に祈った際に生じた微かな隙を狙って脱出したというわけじゃ」
「……あの、肝心な僕を旦那様呼びしている理由が分からないんですが……」
「せっかちじゃな♡ そういうところも食べちゃいたいのじゃ♡」
お狐様が僕の身体を指でなぞったりしてきて、少しドキッとしてしまう。
お狐様の「食べちゃいたい」がどっちなのか怖くて仕方ない。
「昔はイケメンを侍らせて酒池肉林の宴三昧じゃったがのう。連中め、妾が散々気持ちよくしてやったというのに安倍の童を恐れて助けようとすらしなかったのじゃ」
「は、はあ……」
「さっきも言ったがの、妾は消えて無くなるのが怖かった。故に次、社を訪れて妾に祈った者を、脱出に役立った者を妾の伴侶にしようと決めておったのじゃ。それから数十年、数百年。お主がやってきたというわけじゃな」
「あ、じゃあ偶然なんですね」
「くふふ、これは運命というのじゃ♡ 例えその者が醜男であっても生涯添い遂げてやるつもりじゃったが――」
「な、なんですか? うわっ!?」
お狐様は僕をベッドに押し倒し、腹の上に跨がってきた。
お狐様の着物が崩れて豊かな胸が露になる。
「まさか♡ 妾の理想を具現化したような顔面の男が来るとは思わなかったのじゃ♡ もうお主以外眼中にないのじゃ♡」
「顔ですか」
「顔なのじゃ♡ 性格はちと頼りないがのぅ、妾が矯正すれば済む話なのじゃ♡」
顔が好みと言われて喜ぶべき、だろうか。
「さあ、旦那様♡ 妾を嫁として愛でるのじゃ♡」
「……お狐様、ごめんなさい」
僕はお狐様に謝罪した。
たしかにお狐様からは僕に対する好意や信頼、そういうものを感じる。
でも、今は少し信じられないのだ。
「今は女の人を、その、信じられないみたいです。お狐様はとても素敵な方ですし、僕みたいな弱虫よりもっといい人がいると思います。ですので――」
「おお!! いかんいかん、妾としたことが重要なことを忘れておったのじゃ」
「ちょ、あの、話を最後まで……」
「お主を裏切った者共が不幸になりますように、じゃったかの」
「!?」
それは、僕が神社で祈ったことだった。
「生憎と妾は神社から脱出した拍子に力の大半を失ってしまった。しかし、お主の願いを間接的に叶えてやることができるのじゃ」
「間接的に?」
「うむ。まあ、具体的な方法は後で話すがの、今は妾のことを信じるのじゃ」
そう言ってお狐様は俺に手を差し伸べる。
僕は反射的にその手を取ろうとして、やっぱり躊躇してしまった。
また裏切られるのではないか。
欠片でも疑ってしまったら目の前の少女も神成さんと同じに見えてしまう。
もう完全に疑心暗鬼に陥っていた。
「むぅ、妾にここまで言わせておいて信じられぬとは。こうなったら最後の手段を使うのじゃ」
「最後の手段……?」
「妾の魂をくれてやる。故にお主の魂を妾に寄越せ。お主は妾を裏切れなくなるし、妾もお主を裏切れなくなる。互いの考えていることも筒抜け。おまけに片割れが死ねば死に、来世もそのまた来世も永遠に共にある。輪廻の輪が崩れ去るその時まで、永久に愛し合う……まあ、要は魂の結婚じゃな。離婚は不可能じゃが」
お互いに裏切れない。
魂とか輪廻の輪とか言われても分からないが、その言葉は僕が一番すがりたいものだった。
もしその言葉すら嘘だったなら、僕はもう誰も信じられないだろう。
でも、これは僕が人を信じられる最後のチャンスかも知れない。
気が付いたら僕はお狐様の手を取っていた。
「さて、いつまでもお狐様呼びは寂しいしの。それが魂の契約にもなる。キュートでぷりちーな激カワネームを頼むぞ、旦那様♡」
え? な、名前? ど、どうしよう
僕は昔から致命的なまでにネーミングセンスがないからなあ。
「えーと、じゃあ
「む。髪が真っ白だからかの? 安直じゃな」
「うっ、す、すみません」
「くふふ、冗談なのじゃ。素敵な名前じゃぞ、正宗や♡」
お狐様改め、真白が俺を優しく抱きしめてきた。
「あ、あの、真白さん? 急に抱きしめてくるのは心臓に悪いのでやめてください……」
「嫌なのじゃー♡ 旦那様とイチャイチャちゅっちゅっしたいのじゃー♡ あと妾のことは呼び捨てにするのじゃ♡」
「うっ、いきなりは恥ずかしいっていうか、僕もまだ困惑してるから……」
「むぅ、自分の女くらい呼び捨てにせよと言いたいが、お主のその気の弱さは自信の無さからくるのじゃろうなあ。よし、ここは一つ妾がお主に自信を付けてやるのじゃ」
「え? わわ!?」
真白が指をパチンと鳴らすと、僕の服が消滅してしまった。
一瞬の出来事に困惑する。
更に真白は俺の顔にずいっと自らの顔を近づけてキスをしてきた。
お子様のようなキスではなく、舌と舌を絡ませ合う濃厚なヤツである。
「んちゅ♡ れろ♡ はむぅ♡ ちゅぱ♡ れろれろ♡ ぷはっ♡ くふふ、旦那様の蕩けた顔が可愛すぎて食べちゃいたいのじゃ♡」
「あ、ま、真白さん、いや、真白……」
「なんじゃ? もっとキスしてほしいのかの?」
「う、うん」
「くふふ♡ 素直な旦那様も愛らしいのぅ♡ 股ぐらが濡れてきたのじゃ♡」
まるで雛が親鳥に餌を求めるように、僕は真白の唇を欲した。
真白は僕にキスをしながら、妖しく笑う。
「贅沢な旦那様じゃのう♡ 妾の口づけは王が数多の貢ぎ物と共に求めてようやくできる代物なのじゃぞ♡」
「あ、ご、ごめん……」
「くふふ♡ 謝ってほしいのではない♡ 妾の唇はこれからずーっと旦那様のモノ♡ 無論、口づけだけではないぞ♡ 妾の胸も♡ 尻も♡ 脚も♡ これからはお主が独占できるのじゃ♡」
「あ、うあ……」
僕の理性は真白の誘惑によって一瞬で崩壊してしまった。
明日から夏休みが始まる。
憎きいじめっ子と神成さんを見返すための命懸けの修行と、真白と激しく愛し合う毎日が始まったのだ。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「好感度MAXのえちちなお狐様とお付き合いしたい」
正宗「まず普通の彼女を作らなきゃ――」
作者「チャキ(刃物を取り出す音)」
正宗「すみません」
「古代中国の九尾狐……」「思ったよりやらかしてて草」「あとがきド正論でブチキレてて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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