第17話
まだ投擲用の石ころは残っているが、俺は腰に下げた草籠を外して地面にトスンと石ころ入りの草籠が落ちる。
少しでも身軽になった俺は自身に向かって来ている熊に対して待ち構える。のではなく、真っ直ぐに熊に向かって駆け出した。
熊の方も俺が自ら接近して来るなんて思っても見なかったのか、一瞬だけど動きが止まって立ち止まろうとしていたが、それもすぐに戻って前よりも更に駆け出して来る。
きっと石ころの投擲を気にしなくなったのもあるのだろうが。
「がぁあ!!!」
二足歩行になって俺の身長よりも上から熊は俺に向かって腕を叩き付ける攻撃を仕掛けて来る。
「ここだ!!!」
振り下ろされる熊の腕が俺に当たるその前に俺は熊の懐に向かって一気に距離を詰めて躱してしまう。
「はぁあああ!!!!!!」
俺は気合いを入れて拳を思い切り熊へと向けて繰り出した。
「ぐがぁ!?」
熊の腹部に向かって繰り出された拳に寄る一撃は熊の口から大量の吐血をさせるだけでなく、拳が命中した場所を中心にして亀裂が熊の腹部に入った。
流石に【破断流・戦断】を食らえば、ただの野生の獣である熊では一溜まりもないのだろう。
よためき後退りながら熊は口から大量に吐血を繰り返し行なってある。
「もっと練度を上げないとな。」
もっと高い練度の【破断流・戦断】ならば、今の俺でも熊を両断することも可能なはずだ。
的にできる物がないせいで型稽古しか出来ていない破断流の練度をどんな風にして上げるのかが今後の課題なのだろうが、その前に俺はまだ生きている熊へと意識を向ける。
既に熊は片目を失った時の戦意や殺意は霧散しており、残っているのは多少の戦意と大きな死の恐怖だけなのだと、揺れ動く熊の片目を見て何となく俺は理解した。
あれだけ及び腰になっている熊だが、それでも重傷を負った生き物の最後の力は恐ろしいものがあることは理解している。
油断なく構えを取りながら俺は熊を警戒する。ここからどんな行動を熊が取って来るのかを見定める為に。
「ぐぅ、がぁあああ!!!!!!」
どうやら熊は逃げることを選んで、熊が雄叫びをあげたと同時に尻尾を巻いて逃げ出していく。
背後を振り返ることなく逃げ去って行く熊を見て、これなら反撃の心配が少ないはずだと俺は熊を追い掛ける。
大きなダメージを受けている熊と、万全な体調をしている俺とでは走る速度は俺の方が速い。
「死ね!!」
熊に追い付いた俺は右手を手刀の構えにして【破断流・断割】を熊に繰り出した。
戦技を放った瞬間の殺意を浴びて背後を振り返った熊が最期に見たのは、殺意を剥き出しにした俺が手刀を振るって【破断流・断割】で自身の身体が深々と切り裂かれる姿だった。
呻き声を上げながら瞳から光が消え失せた熊を見ながら、俺は息を整えていく。
「ふぅ、勝った。」
口角が上がりながら、無傷での勝利を喜びながら、俺は地面に横たわっている熊の死骸に向けて神聖魔法の【クリーン】を発動した。
神聖魔法の【クリーン】の光が熊を包み込むと、熊の身体に付いていた汚れや寄生虫が消え去っていく。
これで熊の解体をする時に面倒なことは無くなっただろう。
俺は熊を腰に巻いている縄を使って木の上に持ち上げて熊を木にぶら下げる。
地面に落ちた解体用ナイフやその他にも地面に置きっぱなしの草籠を回収してから、俺はぶら下がっている熊の元へと移動した。
「重労働になりそうだ。」
ぶら下がっている熊の近くに穴を掘ってから、俺は手に持っている解体用のナイフを使って解体を始めていく。
「内臓は駄目だな。」
【破断流・戦断】の一撃を受けた腹部の内臓のほとんどが破裂しており、熊のお腹の中はぐちゃぐちゃになっていた。
使い物にならない内臓などを手早く掻き出してすぐ近くに掘って置いた穴の中に入れてしまう。
熊の内臓を完全に取り除くと、熊の内部の汚れを完全に取り除く為に神聖魔法【クリーン】で俺自身も含めて綺麗にする。
これで汚物や内容物が付着してしまっていた熊の肉も食べられるようになったはずだ。
熊の毛皮を剥いでから毛皮の上に解体した骨付きの肉を置いて、食用の肉になる部位と加工可能な素材になる熊の骨を毛皮で包んで縄を使って縛り上げる。
「うっ、重いな。」
背中に背負った熊の素材は絶対に50キログラムは超えているだろう。
そんな熊の素材を背負いながら、これまでの森の探索で集めた物が入った草籠を持って村に向かって移動を開始した。
「あっ、こんなところに!?」
あまり見掛けられない薬草の1つが生えているのを発見してしまう。
今は多くの荷物を持っている状態での発見に、こんな時に見つかるなんてと思いながらも少し時間を掛けて採取する。
この調子で見つけた物を採取していれば、村にたどり着くのは夕方になってしまうかも知れない。
そんな事を脳裏に過ぎりながら、俺はこの森で採取するのがそれなりに難しい物以外は無視することに決めて歩き出す。
「見えて来た。」
森の境目が見えて来た。あと少しで村にたどり着く。あと一息だと歩みを止めずに俺は村の中に入っていく。
途中で背負っている熊の毛皮を見られて何があったのかを聞かれるなんて事もあったりもしたが、太陽が沈むその前に俺は家に帰宅することが出来た。
「ただいま。大物が取れたよ。」
玄関から家に入ると、既に家族は全員家に帰宅していたようで「おかえり」と言葉が返って来た。
俺は夕食作りをしている母さんの元へと向かって、今日の戦利品を母さんに見せていく。
「ショウ、あんた熊なんてどうしたの!?」
「倒したんだ。夕食に使ってよ。」
「ッ!!?」
熊の毛皮を広げて中の肉や頭蓋骨を見れば母さんは驚いて声を上げてしまっていた。
正直に倒した事を言えば、今度は絶句して驚いており、そんな母さんの驚きの声を聞いた父さんと2人の兄さんたちも踏まえて俺は今日あったことを伝えていく。
そうすると、流石に熊なんて危険な動物と戦ったことを叱られてしまった。
確かに今回は無傷で熊を殺せたが、次も同じように熊と戦って無傷で勝利することが出来るのかは分からない。
俺は両親に叱られた内容に納得するが、それでも熊と遭遇すればまた戦って勝とうとするだろう。
でも、流石にまた怒られるのは嫌だから、次に逃げられそうなら熊と遭遇しても戦わずに逃げようと思う。
そして、この日の夕食には熊肉の料理が追加されるのだった。
大禍月を乗り越えろ 甲羅に籠る亀 @GOROHIRO
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