第10話 私、あなたとやってみたい事があるの、だから

 放課後。

 野村侑吾のむら/ゆうごは街中にいる。

 今、隣を歩いているのは私服姿の梓先輩だ。


 二人は別々に学校を後に、街中のアーケードの入り口周辺で待ち合わせをしていた。


 上野梓うえの/あずさ先輩は誰もいない生徒会室で私服に着替えた後、校舎の裏道から外に出たらしい。


 先輩は頭につけている帽子を目元まで移動させていた。

 知っている人にバレない為の対策なのだろう。


「そこまで徹底するんですね」

「そ、そうよ。昨日、あなたのクラスメイトに見られていたんでしょ?」

「は、はい」


 侑吾は今日の午前中の内に、メールで先輩に対して朝の出来事を伝えていたのである。


 先輩は見バレ防止を徹底しているのだが、侑吾と一緒にいる時点で誰かにバレるのも時間の問題である。


 今日のアーケード街で、同じ学校の制服を着た人らとすれ違う事はなかった。


 意外と安心できる環境なのかもしれない。


「先輩は、どこへ行く予定にしてたんですか?」

「それはまだ決めていないわ。その時の気分で決めたいの」


 スケジュールをしっかりと決めている印象があったのだが、そうでもないらしい。


「そうだ、あっちに行きましょ」

「え?」


 梓先輩は咄嗟に発言したかと思えば、その場から駆け足になる。

 侑吾も先輩の後ろ姿を見失わないように走り出したのだった。




 梓先輩と共に向かった先にはデパートである。

 この周辺で結構人気のある場所であり、学生らがよく立ち寄っていくところなのだ。


 私服だからって、安心はできないと思うんだけど……。


 そんな一抹の不安を抱きながらも先輩とデパート内に入る。


 デパートの一階部分は文房具売り場になっていた。

 地下一階が、スーパーのように野菜などが販売されているエリアになっている。


「本当にどこに向かうつもりですか」

「それはね、あの場所よ」


 梓先輩は建物内の案内板を示していた。

 指が示しているところは、ゲームセンターエリアである。


「プリクラを撮りたいの。以前から行きたいと思ってたんだけど。一人だと恥ずかしいし。一緒に来てくれない?」


 梓先輩は恥ずかしさを紛らわすために、帽子のつばの部分を触っていた。


 侑吾は先輩に導かれるがままエスカレーターへと向かい、目的となるエリアへ移動するのだった。




 ゲームセンターエリアには、同じ年代の人から高齢のおじさんやおばさんなどがいる。

 様々な人がいる中、侑吾は辺りをじっくりと眺めていた。

 知っている人はおらず、胸を撫で下ろすようにホッとため息をつく。


「は、早くしなさいよね」


 梓先輩はよほどプリクラが撮りたいようで侑吾の事を急かしてくる。


 侑吾はプリクラを撮ること自体初めての経験であり、緊張していた。

 今まさに先輩と二人っきり。その上、肩が当たるくらいの距離感でプリクラの個室に入っていたのだ


 撮影する目的と言えども密室に近い環境であり、どぎまぎしていた。


「私、こういう事をしてみたかったんだよね。なんか、緊張するけど……」


 梓先輩も初めての経験に感情を少々高鳴らせているようで声が震えている。


 先輩は撮影前の準備を整えるために、プリクラの筐体を操作していた。


「えっと、これは」

「多分、ここを押せばいいと思いますよ」

「そうなの?」

「何となくそう思っただけで」

「あ、ありがと。なんとかできたみたい」


 困っている先輩を放っておくことができず、隣まで近づいてわかる範囲でアドバイスをしていた。


「というか、近くない?」

「え、で、でも、プリクラはそういうモノでは?」

「そ、そうよね。で、でも、まだ撮影前よ」


 梓先輩は顔を隠すように帽子のつばを何度も触っていた。


「撮影の準備も整ったから……その、始めたいんだけどいいかな?」

「は、はい」


 緊張を感じている二人は、堅苦しい言葉でやり取りし合っていた。


 撮影に伴い、先輩は頭部を隠す帽子を取る。


 一回目の撮影――


「んー、何か、表情が硬くない?」

「それは先輩も一緒ですよ」

「そ、そうかしら?」


 二回目の撮影――


「今度こそよく撮れたんじゃない?」

「でも、先輩、目を瞑ってますよ」

「んー、これはちょっとよくないかも。もう一回ね」


 二人は何度も試行錯誤を重ね、やっとの事で互いに満足できる写真を撮る事が出来たのである。


「この写真に何かを描かないと。何がいいかしら」

「なんでもいいと思いますよ」

「なんでも? だったら」


 侑吾は先輩のやっている事を傍から見ていたのだが、写真にハートマークを描いていたのである。


「え?」

「え、な、なにかダメな事をした感じかな?」


 梓先輩は肩をビクつかせ、振り向いてくる。


「いいえ、でも」


 侑吾は言葉を詰まらせる。


「つ、付き合っているし、べ、別にいいじゃない」


 梓先輩は侑吾の発言に不満を抱くように頬を軽く膨らましていた。


 それから先輩はプリクラ写真への落書き的な事を終えると印刷する。


「うん、いい感じね!」


 梓先輩は印刷された写真を見て、軽く笑みを見せ頷いていた。


 侑吾は納得できた先輩と共にプリクラの個室から出る。


「侑吾?」


 その声に反応するように侑吾が顔を上げると、そこには別の高校に通っている幼馴染が驚いた感じに佇んでいる事に気づいたのであった。

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