ダンジョンズボッチ 〜ぼっち娘は諸事情あってパーティを組む事になりました〜

第21話 信じる心

　子供は、残酷だ。

　子供を無邪気とか純粋とか言っている大人はゴミだと、二葉は思う。

　確かに純粋かもしれない。

　大人みたいにゴチャゴチャした小難しい事を子供は考えない。

　だから……子供が子供を虐める理由は、どうしようもないほどにシンプルだ。

　自分達と違うから、自分達より劣ってるから、なんとなくキモいから。

　大の大人ならオブラートに隠す悪意を、子供はストレートにぶつけてくる。

　最初に二葉が虐められたのは、幼稚園の頃だった。

　その頃はまだ、本性を隠すなんて考えもしていなくて、言いたい事はガンガン言うタイプの子供だった。

　それが原因で、嫌われた。

　小さな子供の世界でも、コミュニケーションの経験を少し積めば譲り合いの精神や気遣いの心は生まれるものだ。

　悪く言えば、二葉は無神経だった。

　誰かが嫌だと思おうが、誰かが泣こうが、二葉は自分の考えを曲げなかった、声を発する事を止めなかった。

　自分の意思こそ一番大切で、それ以外を気遣う意味が分からなかった。

　だから孤立した。

　虐められた。

　遊び仲間に入れてもらえる事もなくなった。

　小学校の中学年にもなれば、二葉は好き勝手言葉を吐く事が良くない事だと学習した。

　だから、逆に喋らないようにした。

　喋れば人を不快にさせる、不快にさせれば叩かれる、だから喋らないようにした。

　それが悪かった。

　いつの間にか彼女は、家族と従姉妹以外とはまともに会話をする事も出来なくなってしまった。

　やがて中学となり、二葉はその手の陰キャが歩む道を辿るようにオタクとなった。

　彼女が傾倒したのは乙女の夢が詰まったキラキラな少女漫画でも、格好良いヒーローが人々を救いながらヒロインと結ばれる王道少年漫画でもなかった。

　どんなコンテンツより彼女が傾倒したのは、エロゲだった。

　最初は、たまたま入った兄の部屋にあるエロゲに興味を持っただけ。

　試しにやれば、その衝撃を忘れられなかった。

　それからは彼女はエロゲや、女の子がたくさん出て来るようなジャンルを好むようになった。

　ある時彼女は、学校でラノベを読んでいた。

　よくある少しエッチな描写の多いハーレム物で、ラノベとしては珍しいものではない。

　しかし、オタクではない一般的な人間というのはラノベなんて知らない。知っていたとして、一般感性を持つ多くの人間は、いわゆる萌え系美少女がメインとなる作品を、キモいと見る。

　二葉もそうだった。

　退屈な休み時間の暇つぶしにラノベを読んでいた彼女は、前触れもなく、クラスのギャルっぽい女の子に取り上げられた。

　カバーを外し、「見てみてー！星崎さん、こんなの読んでるー！キモくなーい！？」などと言い出したのだ。

　それだけで、二葉はクラスで見下される存在になった。

　特に女子は、二葉を執拗に虐めた。

　直接殴られた事はない。

　それでも、毎日のように、集団で二葉を囲っては、馬鹿にされた。貶された。机にらくがきもされた。教科書も捨てられた。

　当時の二葉はまだ冒険者になる前で、何も出来なかった。

　虐められればやり返す事も出来ない、無力な本当にか弱い女の子だった。

　結局、二葉は虐めに耐えきれず、不登校になった。

　幸い、義務教育の中学ともなれば、学校に行かずとも単位を確保する手段はある。

　そもそも義務教育の学校なんて、授業日数が足りなくてもウルトラ級のアホでも卒業出来るものなのだ。

　冒険者になったのもこの時だった。

　高校は、琴音に頼んで勉強を教えてもらい、中の上ぐらいの成績の高校へ行った。

　少なくとも、自分を虐めた奴らと同じ学校になってしまう不運だけは避けたかったから。

　少しでも頭の良い学校に行けば、別れられると思った。

　確かに虐めはなくなった。

　今通っている学校で、二葉は一人だ。

　学校でラノベを読む事はなくなった。

　スマホを弄ってソシャゲをする事もない。

　オタバレが己の弱点となる事を二葉は身を持って理解していた。

　彼女は、本心を晒す事が自分にとってリスクがある事と理解した。

　彼女は、本性を晒す事が自分の弱点になってしまう事を理解した。

　だから、彼女は親しい身内以外に自分を見せる事を止めた。

　それで一生誰に愛されず認められず理解されないとしても良い。

　理解者はすでにいる。

　ありのままの自分を受け入れてくれる存在はすでにいる。

　それならば。

　他に分かり合う相手なんて、必要ないのだ。

「お姉ちゃんはきっと天使の生まれかわりなんだと思う。

　でなきゃ、私みたいな性格ブスを受け入れるなんて出来る訳ない。

　こんな、自分の事しか考えられない、自己中心女を受け入れられるのはお姉ちゃんだけ」

　空は夕暮れがかっていた。

　これぐらいの時間になると、遊園地も少しは人が少なくなる。

「あんたらだって幻滅したでしょ？嫌いになったでしょ？

　こんなキモくて身勝手で切れやすくて自分の事しか考えてない根暗チビブス女と一緒にいられるかって思ってんでしょ？

　誤魔化さなくて良い、下手に善人ぶられて、本当は嫌なくせに無理矢理受け入れようとして来るのが一番むかつく。

　嫌いなら嫌いって言って、そうしたら離れられる。

　真綿で締め付けられるような曖昧な関係は大っ嫌いだから」

「……あなたがそこまで長文をしゃべれる事とか、そもそもあなたの外見をブスとした場合、世の女性のブス比率がえげつない事になるとか、どうでもいいツッコミポイントは置いておくけれど……勝手に、拒絶されたと被害妄想しないでくれるかしら？そっちの方が私にとっては不愉快よ」

　雫はきっぱりと、言い切った。

「正直、私からすればあなたの趣味なんてどうでも良いの。

　別に私情で付き合う友人グループでもないのよ？互いの趣味嗜好なんてどうでも良いわ。

　それより大事な事は、ビジネス関係を構築出来る相手であるかどうかよ」

「……そう言って、いざという時、私を切り捨てる可能性は？」

　不信感の塊である二葉に、雫は大きくため息を吐いた。

「ねぇねぇ、星崎ちゃん。

　だったら星崎ちゃんはさぁ、雫っちが魔法少女オタクだって知った時、見下したの？雫っちは自分より格下の、見下して良い奴なんだって思ったの？」

「別に。どうでも良かったわよ、そんな事。

　こんな性格の悪い女に黒歴史を見られてかわいそうだとは思ったけど」

　この場合の性格の悪い女とは、瀬奈の事である。

「え、えっと、えっとね、果歩、二葉ちゃんがなんでそんなに寂しいこと考えるのかって、分かんないよ？

　でも、果歩は二葉ちゃんが悪い子だと思わないよ？

　果歩ね、女の子の友達いないの。

　優しい男の子はいたよ？でも女の子はいなくて、ずっと寂しかったの。

　果歩ね、Aランクに上がるより、やっと友達が出来るかもって嬉しかったの。

　果歩とパーティ組んでくれる女の子なんていなかったから」

「……」

　二葉は振り返った。

　3人は、今、二葉を見下しているのだろうか。

　それは分からない。

　一見して、こちらの様子を恐る恐る伺うようにも不安を押し隠しているようにも見える、

（でも、人間、本音なんていくらでも隠せる）

　それでも、もし、彼女達の言葉が本物ならばと、思う気持ちも多少あった。

（お姉ちゃん以外どうでもいいはずなのに……。

　これじゃ、私が期待してるみたい）

　身勝手なキモオタの自分を、受け入れる存在がこの世に琴音以外にいるという事を。

　信じてみたくなってしまう。

「……今日、だけ………。

　プライベートで関わるのは、今日だけ……。

　後は、仕事の時以外、関わらないから……。

　それで、良い、の……？」

　それは彼女なりの妥協点。

「元々プライベートでキャピキャピするような仲良しグループじゃないでしょ、私達は」

「……そう、か…………」

　それなら、もう少しだけ……彼女達といてもいいのかもしれない。

　二葉は思った。

　自分を見下さないというのなら。

　自分の本性を知って心から嫌悪しないというのなら。

　二葉は、彼女達を少しだけ信じてみようと、決めるのだった。