第18話 スターナイトプリンセス

 時計を見れば、そろそろスタナイのアトラクションが終わりそうだった。


(……まぁ、考えてみれば、どうしてもグッズやクーポンが欲しいなら、今日じゃなくても後で1人で来れば良いだけだし。

 無理に、今日行かなくても良いんだよね)


 半分ぐらい、そんな諦めの気持ちが芽生えていた。


(……でも、たぶん、お姉ちゃんはそういうの、望んでないんだろうな)


 互いを知るべきと、琴音は言った。


 自分の思いを、本性を明らかにするのは、勇気がいる事だ。

 それが、自分にとって後ろめたいと思っている事なら尚更。


(言いたくないよ。

 だって、絶対馬鹿にされるし。

 こいつら性格悪いんだもん。

 白夜は月野さんの事馬鹿にしてたし、月野さんはホビアニオタなら逆にこういう系統のゲームは馴染みないだろうし、日南さんは……受け入れそうな気もするけど、ナチュラルに刺してきそうなイメージがある)


「ん、そろそろ遊園地出ないと間に合わなそうね。

 じゃあ、私はここで」


 琴音は時計を見て、別れようとする。

 果歩の買い出しの代わりをする為に。


 琴音は去り際、二葉の肩をポンッと叩いた。


「大丈夫よ、きっと」


 そう耳元で囁いて、去って行った。


(……大丈夫って、何を根拠にしてるの?お姉ちゃん)


 分からない。

 分からないけど、琴音は間違いなく、二葉がここで言いたい事も言い出せずに終わる事を望んではない。

 それだけは分かった。


(……馬鹿に、されるから何?

 軽蔑されるから、貶されるから、それが?)


 彼女の趣味は、決して万人に受け入れられるものではないだろう。

 それが、年頃の少女達であれば受け入れられない、キモいと引かれる可能性の方が高いだろう。


 それでも……


 二葉は、覚悟を決めた。


(見下されたら……軽蔑されたら、それまで。

 今度こそ、こいつらとはパーティ解消する。たとえ、お姉ちゃんが何を言っても……。


 拳を振りかざし、二葉は口を開いた。


「あ、あの……!」


「ん?どしたの、星崎ちゃん」


「わ、私、実は、ずっと、行きたいアトラクション、あって……もうすぐ、閉まっちゃうから……そこ、行きたい……です」


「あら、なら最初から言えば良かったじゃない」


(たぶん、月野さんなら理由は分かると思いますよ)


「んでんで、行きたい場所ってどこ?」


 手のひらに汗が滲んでいるのが分かった。


「………期間限定の、コラボアトラクション、やってるんです。

 そこだけは、行きたくて……。

 ……スタナイの……スターナイトプリンセスって、ゲームのコラボなんですけど……わ、私、ファン、なので……」







 スターナイトプリンセス。


 内容は宇宙戦争物だ。

 スターナイトと呼ばれる、星の騎士達が自らの母星の存続を掛け、戦う物語。

 今年で10周年となる人気ソシャゲで、根強いファンも多い。


 しかし、そのファンは9割以上が男性に偏っているとされている。

 理由は、このゲームがいわゆる美少女ゲーと呼ばれる、メインキャラが全員女の子で構成されているから。

 さらに、スターナイトプリンセスにはリリースと同時、PC版でリリースされたスターナイトプリンセスRという作品がある。

 Rとは言っているものの、基本的なゲーム内容は通常の物と全く同じ上、現在進行形でこちらも配信している。


 Rの意味は、R18を差す。

 つまり、スターナイトプリンセスはエロゲ発祥のゲームなのだ。


 元々のR版にはかなり激しいエロもふんだんに盛り込まれていて、商業エロゲで最も抜けるランキング1位を獲得した事もある。


 言うまでもなく、通常版ではそうしたエロ要素は抜かれているものの、元がエロゲなので出て来るキャラクターはかなり露出が高かったり胸が多かったり、イベントもアウトにならないギリギリの描写をかなりの頻度で盛り込んでくる。


 まさしく、男の男による男の為のエロゲ、それがスターナイトプリンセスなのである。


 尚、二葉は通常版とR版、どちらもプレイし、どちらにも課金をする重症プレイヤーである。


 年齢制限?そんなもの、本気で突破しようと思えばいくらでも突破する方法はあるのだ。


「うわぁ、凄いよ、男の人いっぱ~い!」


「あはは、女の子、あたしらしかいないねぇ」


「まぁ、ゲームによってファン層が極端になるのは分かるけれど。だからといって小さい子供や女性も通り過ぎる可能性のある場所に、半裸の女性キャラの絵を飾るのはどうなのかしら」


(あ~、やっぱり言わなきゃ良かったかも……)


 二葉は早速、カミングアウトしてしまった事を後悔していた。

 とはいえ後の祭り。


 ここで逃げようにも、あからさまに偏った客層と、でかでかと飾り付けられた半裸の美少女キャラの絵を見れば、スタナイがどういうものかは3人も理解してしまっただろう。


(開き直れ、私。

 ここで馬鹿にして来るなら速攻でパーティ解消してやるんだから)


「……み、見ての通り、このゲーム、だ、男性向けで……おそらく、皆さんには、楽しくないかなって、思います……。

 ので、嫌なら、他のアトラクションに、行って貰えればと……」


「え~、でも星崎ちゃんはやるんでしょ?

 だったら楽しいかもしんないじゃ~ん」


「果歩も、こういうコラボって、参加した事無いからワクワクするー!」


「……そもそも、今回の遊園地は4人で見回る事が条件だし、ここで別れたら意味がないわよ」


 そんな三者三様の答えにより、女子四人でエロゲ発祥美少女ゲーのコラボアトラクションをこなすとかいう、異常事態は発生する事となった。







 スタナイのアトラクションの設定はこうだ。

 まず、プレイヤーはランダムに4つの惑星のどれかの陣営に振り分けられる。

 それぞれの惑星は9つのエリアに分かれており、それぞれにスタービューティーという核が存在する。


 その核を奪う事で自分の惑星の陣地とし、陣地を全て奪われた陣営は負け。

 制限時間となった場合、最も多くの陣地を持っている陣営が勝利する。


 いわゆる陣取りゲームである。


(まさか、4人全員、別惑星に振り分けられるとは思わなかったわ)


 ゲームにあたってプレイヤーは運営側から、武器を1つ支給される。

 遠距離武器は当然人気だが、弾薬に限りがある。ただ、どの遠距離武器であっても使っている弾は同一の物である為、他プレイヤーから奪う事が可能。

 近距離武器はシンプルに不利となるので不人気である。

 1ゲームの参加定員数は決まっており、支給される武器の種類も固定される為、後半に参加した者は必然的に近距離武器を持つ事になる。

 最も、他のプレイヤーから武器を奪えば良いのだが。


 ゲームのエリアは、上から見ればひし形をいくつも並べたような四つ葉のクローバーもどきに見えるだろう。

 上の9つのエリアはホログラムで地球惑星が映し出されている。

 左のエリアは火星っぽい惑星が映し出され、右のエリアは月を彷彿とさせる。

 下のエリアはブラックホール……惑星ですらない。そもそも月も惑星ではないが。


 それぞれ、地球エリアは青っぽいライトで照らされ、火星エリアは赤、月エリアは黄色、ブラックホールエリアは黒のライトで照らされていた。


 部屋の中央には台座の上に星型のオブジェが置かれ、これに触れる事でそのエリアを自陣営に変える事が出来る。


(えぇっと、魔法の使用は言うまでもなく禁止だったよね。

 となると、月野さん辺りが一番楽に潰せるかな)


 運営から受け取ったナイフの振り心地を確認してそんな事を考える。


 元より、その他大勢の男衆の事は頭に入れていない。

 Bランク冒険者ともなれば、そもそもの戦闘の経験値が違うのだ。

 魔法が封じられたところで、素人に敵う見込みはない。




「皆の者、我が母星によくぞ集まってくれた、礼を言う」




 凛々しい声に顔を上げれば、部屋にホログラムで作られた美少女が現れていた。


(うっわ、生エリュシア、3Dでも美人だなぁ、おっぱいでけぇ)


 金髪をポニーテールに纏めた少女、エリュシア。

 ゲームでは、地球陣営に所属する英国のプリンセスで、その類稀なるカリスマ性と指揮能力、戦闘力により、スターナイトとして地球の為に戦う事になる。

 その見た目は王道の姫騎士、といった風貌で、上は鎧なのに下は膝丈スカートというアンバランスさだ。


 リリース初期からいたキャラだけに王道設定であり、物理的な意味で露出度も高くはない。

 しかし、初期からいた故に、エロゲ版のエロイベントはかなり多い。

 特にくっころ系。


(私もよくオカズにしたもんだ……)


「今回の戦い、非常に厳しいものとなるだろう。

 だが、諸君らの力があれば、必ず乗り越えられると信じている。

 皆、我が地球の為に、力を貸してくれ!」


 おぉぉぉ!とノリの良いオタク達が声を上げる。


 そして、戦いの火蓋が切って落とされる………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る