第17話 たっくんは突然に

 事件(?)はお化け屋敷を後にして僅か3分後に起こった。


「あ、たっくんからラ○ン来た~」


 案の定、スマホを取り出し夢中になってしまう果歩。


「……日南さん、彼氏さんからはなんて来たの?」


「ん~っと、肉じゃが食べたくなったから仕込んどいてくれ、だって。

 あ、でもうち今、牛肉ないんだよ~。たっくんは牛肉で作った肉じゃが好きなんだけどね、グリーンピースは嫌いなの。だから牛肉を使わないと怒るし、グリーンピースを入れるとプンプンして叩いてくるの。

 だからあたし、牛肉買わないといけないから帰るね!」


「ちょちょちょちょっと待ちなさいって!

 今日は、4人で親睦を深めあう為に集まったって行ったでしょ!?」


 ナチュラルに興味もないたっくん情報を流しながら急に帰宅しようとする果歩を琴音が押しとどめる。


「えぇ、でもたっくんが肉じゃがを待ってるんだもん」


 恋愛至上主義女果歩、いついかなる時も恋人の要望があればそれを叶える事を優先する様は、一周回って仕事人の風格を……


(覚えないわな。全然、覚えんわ)


 ただDV彼氏に盲目的に依存して尽くす女の図にしか見えなかった。


「に、肉じゃがは遊園地で遊んだ後でも作れるでしょ!?

 それにたっくんはうわ……日帰りで友達と遊びに行ってるなら、遅くまで帰って来ない可能性が高いし!

 そうだ、たっくんに、何時くらいに帰って来るか確認したら?」


「ん、分かった~」


 果歩はラ○ンにポチポチと打ち込んだ。


「えっとね、終電で帰るから深夜になるって!」


「そう、それなら遊んでても平気でしょ。

 夜のパレード見た後で帰っても十分肉じゃが作れるでしょ?」


「でも、その時間だとスーパー閉まっちゃうよ。

 たっくんは高級志向だから、高いお肉しか食べないの。たっくんと住んでるマンションの近くにね、高いスーパーがあるんだけど、たっくんはそこのお肉が大好きなの。でもそこのスーパー、7時には閉まっちゃうから、パレードのんびり見てたら買いにいけないの」


「……どうせ彼女の金に集ってるくせに高級品しか食わないってどんな我儘なの……?」


 雫が軽く引いていた。


「……あ~、それなら、私が買いに行くわ。

 元々来る予定もなかったんだしね。

 それなら日南さんも安心でしょ?」


 意地でも4人を離したくない琴音はそう申し出る。


「良いの?ありがと~!琴音ちゃん大好き!」


(は?私の方が好きだし)


 心の中で謎の張り合いをする二葉。


「て、え?お、お姉ちゃん、いなくなる、の?」


 この大して仲も良くない3人との交流。

 琴音の存在だけが癒しだった二葉は慌てる。


「元々、いる予定もなかったしちょうど良いわよ。

 二葉だって、多少は交流深まって来たんじゃないの?」


(全然だよ!全然!

 お姉ちゃんが言うから私なりに話そうとはしてるけど、でもまだ緊張するし……。

 せいぜい、月野さんが重度のホビアニオタだったとか白夜が割とヘビーな過去持ちだったぐらいしか知らないよ!)


「二葉ももう、高校生だし、一人前の冒険者だもんね。

 私がいなくても頑張れるでしょ?」


 と、頭を撫でられれば何も言えなくなる。


 雫達がいる手前、ここで嫌だと言う事も出来ず、駄々をこねれば自分が我儘になる事は分かっていた。


「……うん、分かった」


 二葉は渋々了承するしかなかった。







(くそぉ、たっくんがクソチャットなんざ寄越してこなければ……)


 予期せぬ琴音の離脱。

 その原因となったたっくんを、二葉は呪った。


 むかむかとしたうっ憤が溜まった二葉は途中、トイレに行くと言って離れた。

 流石にトイレまで一緒について行こう、とまではならず、一人の時間を確保出来る。


 二葉はトイレがある区画まで向かい、中には入らずに近くのベンチに座る。

 そして、運良く周りがいない事もあり……


「クソが!たっくん死ねや!人とお姉ちゃんのデート邪魔しやがって!浮気DVクズ男が人様迷惑掛けてんじゃねぇよゴミクソボケが風穴脳天開けてやろうかぁ!?」


 姉を奪われた苦しみは測り知れず。

 二葉はその怒りと憎しみを天へ叫ばずにはいられなかった。




 まさか、たまたま、本当にお手洗いに用が出来た果歩がトイレのある広場にやって来て、その大声量を聞いてしまった、とも思わずに。




「………あ」


「あ、あ~………その……か、果歩、おしっこしたいからおトイレ使うね!」


 彼女なりに気まずい空気を感じ取ったのか、逃げるようにトイレの中へ逃げて行った。







 果歩、トイレより帰還。


 二葉は、何事もなかったように琴音達と合流したかったが、そうすると今度、果歩と死ぬほど気まずい空気になってしまうという事を予測し、せめて形ばかりでも謝罪をした方が良いのではないかと悩みながらベンチに座っていた。


「あ、あ~……そ、その……さ、先ほどのは、本心から、ではなく、えっと……お、お姉ちゃんと一緒に遊べるやったー、と思ったら、よ、予想外の横やりで台無しになって、ちょっと、イラッとしただけで、べ、別に、たっくんにイラッとした訳では、決してなくて……」


 陰キャコミュ障、安定の言い訳下手だった。


「……」


 果歩は黙っていた。

 普段、話しだせば子供っぽく、コロコロと表情を変える彼女が無表情で立っているだけで圧迫感があった。


 見た目は、グラマラスボディの大人お姉さんなのだ。

 何も話さず、黙っているだけで、年上に咎められているようなそんな気分になる。

 実際年上だ。しかも琴音と同い年だ。

 普段はそんな感じ、しないけど。


「……たっくんはね、果歩の恩人なの」


 そう言って、ベンチに座った。


「駄目で、何も出来ない果歩を救ってくれた人。価値を見出してくれた人。果歩を必要にしてくれた人。

 だから、果歩はたっくんが大好き。

 世界で一番大好き。

 たっくんの為に生きてると幸せだって思うの」


「………あ、あの、その……」


「んん?なぁに?」


「え、と……」


 何かを言おうとして、しかし何を言えばいいか分からなかった。


(おたくの彼氏、浮気してますよ、とかDVだから別れた方が良い、とか……言った方が良いのかも……。

 でも、そう言ったらたぶん、この人怒るんだよなぁ)


 元々、二葉は果歩の話を聞いているだけでたっくんがロクでもない男だと分かっていた。

 琴音との話で、浮気をしている事も知っている。

 それでも、果歩に何も言わなかった。


 わざわざそんな事を話してやる義理がない、というのが一番の理由だが。


 二葉は、悪口というものは本人が知らなければ悪口ではないと思っている。

 仮にクラスの誰かが自分の悪口を言っていても、それを自分が知らないなら何も問題はない。

 だけど、誰かがそれを伝えてきた瞬間、悪口は刃となって自らに突きささるのだ。


 傍から見ていればつまらない正義感や良心故の行動なのかもしれない。

 でも、本人からすれば大きなお世話なのだ。


 二葉にとって、浮気も似たようなものだと思っていた。

 誰だって浮気なんてされたら辛くなる。でも、そもそも浮気をしているという事実を知らなければ辛くなる事もない。


 知って嫌になる真実なら知らない方が幸せ、二葉はそんな価値観で生きて来た。


(……いや、でも、さっきの叫び声を聞かれたって事は、浮気うんぬんも聞かれてるんだよなぁ)


「……あのね、たっくんはね、素敵な人なの」


「はぁ」


「たっくんだけが果歩を認めてくれるの。たっくんに捨てられたら果歩は果歩じゃなくなるの。何も価値がなくなるの。また元の、馬鹿で愚図な無価値な子になっちゃうの」


(無価値って……冒険者としての才能はあるくせに、何言ってんだろ)


「だから……そんな、素敵なたっくんをね、果歩みたいな、駄目な子が自分の物だって一人占めしちゃうのは、悪い事なんだよ、きっと」


「……え?」


「果歩ね、馬鹿だけど、鼻は良いんだよ?

 たっくんね、よく、果歩の知らない香水の匂いがするの。

 果歩と違って馬鹿じゃないのに、果歩の事、よく名前を呼び間違えるの。

 スマホで電話してる時、よく女の人の名前出してるの。

 …………ツイ○ターとかね、そういうので、よく、女の人と一緒の写真載せてるの。

 でも、でも、そういうの、仕方ない事だと思うんだよ。

 男の人は浮気性だってネットにも書いてあったもん。

 たっくんは素敵な人だから、果歩みたいな駄目な子だけじゃなく、色んな、もっと素敵な女の子に好かれる人だから……だから、仕方ないんだよ」


 二葉は唖然とした。


 なぜならそれは、果歩はすでに、彼氏の浮気を知っていて、その上で盲目的に好きと言って尽くしているという事だから。


「なんで……」


「え?」


「あ、日南、さんは……えっと、美人だし、強い、から……なんで、価値が、ないのかなって……たっくん以外、そういう人、いなかった……のかなって……」


「果歩は美人じゃないよ、小さい頃はゴリラって言われてたもん。

 美人って、雫ちゃんみたいな子なんだよ?あと、瀬奈ちゃんも綺麗だし、琴音ちゃんも美人だし、二葉ちゃんも可愛いし」


「……お姉ちゃんが美人なのは、そうだけど………」


(私が可愛いのはお世辞だよね。

 なんか、美女のお世辞って何も含んでなくても嫌味みたいに聞こえて嫌だなぁ)


「果歩ね、昔から、ずっと馬鹿馬鹿馬鹿って言われて育って来たの。

 果歩は妹がいるんだけど、妹の方がずっと頭が良くて、皆からよしよしってされてたの。

 果歩は何もなかったの。

 勉強全然出来ないし、友達も出来ないし、運動は好きだったけどよくボールとかバットとか壊すからって混ぜてもらえなかったの」


(昔からの馬鹿力って事か……)


「お父さんとお母さんだけじゃないの。

 学校の皆もね、果歩の事馬鹿って言うの。

 文化祭の準備は、果歩が手伝ったら絶対壊すからって手伝わせてもらえなかったの。

 もちろん、優しくしてくれる人もいたよ?

 クラスの男の子とか、優しい人いたから、体育のペアとか、英語のペアは困らなかったし。

 でもそういうのって、果歩を認めてくれたからじゃないの。

 果歩がかわいそうだから助けてくれるの。

 果歩は、価値がある子になりたかったの。

 優しくしてくれる人は好きだけど、こんな駄目で馬鹿な果歩でも必要だよって人が欲しかったの。

 それがたっくんだったの」


「……それは………」


 二葉は心理学なんてよく分からない。

 それでも、それっぽく想像する事は出来る。


 小さい頃から親や周囲に駄目だ馬鹿だと貶されて、自己評価が低いままに育って来たのだ。

 自己評価は低いくせに誰かに認められたいという気持ちだけは育って、そこで都合良く、その気持ちを満たしてくれる存在が現れたなら?

 その存在が、浮気をしたりDVをしたりするような屑男でも、人は依存してしまうものなのかもしれない。


(まぁ!私だってお姉ちゃんに依存してるし、人様の事とやかく言う資格なんてないけど……ー


「カウンセリング行け」


「え?」


「あっ……いえ、なんでもないです……」


 思わず思っていた事が口に出てしまい、前言撤回する二葉。


(まぁ、ぶっちゃけ、こんなの私みたいなコミュ障にどうにか出来る問題じゃないし。

 専門家に診てもらえとしか感想なんて沸いてこないけど)


「そ、その、です、ね……」


「?」


「ひ、日南さんは、強い……ので。

 冒険者なら、それだけで、価値がありますというか、えっと……だ、だから、日南さんの価値は、ちゃんと、たっくん以外にも、認められてると……お、思います、たぶん……」


(まぁ、実際、価値を認められるのが目的っていうなら、冒険者でBランクまでソロで成り上がった段階で達成してるんだよなぁ。

 本人、何故か気付いてないけど。

 ネット小説の主人公並の鈍感さで気付いてないけど)


「二葉ちゃん……ありがと。

 でも、冒険者の仕事だって、結局たっくんがくれたものだから。

 それに、たっくんは怪我した果歩でも愛してくれるけど、冒険者は、怪我をしたら価値がなくなっちゃうんだよ。

 だから、やっぱりたっくんが一番なのっ」


(そういう思考になるのかぁ)


 もうお手上げと言わんばかりに二葉は肩をすくめた。

 元々、真面目に説得する気ないけど。


(まぁ、余計な事言っても面倒臭いだけだし、別に良いや。

 でもこの人、絶対カウンセリング受けた方が良いと思う)


 そんな事言える訳もないまま、二葉は果歩と共に他の面子と合流する事にした。

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