第16話 お化け屋敷はBランクには難しすぎる

 ところどころでエンカウントするお化けを倒しながら、2人が辿りついたのは地下室へ続く階段だった。

 これまで来た道は一本道だったので、他に行き場もない。


(ホラーゲーの定番を考えると、部屋のヒントの内容的にこの先でボス戦ありそうだなぁ)


 だが、その階段は不思議な事に、2本あったのだ。

 右の階段と左の階段、そして壁には『お1人様の場合は左へ、お2人様の場合は分かれてお進みください』と書いてあった。


「んっとぉ、果歩はどっち行った方が良いかな?」


「……わ、私、は、右に、進みます……」


「そっかぁ、じゃああたしが左だねっ」


(それにしてもここに来るまで謎解きするような場所がなかったけどこの先にあるって事かな?

 でも、この先って間違いなくボス戦だし……。

 あ、でもボス戦の前に謎解きに入るって可能性もあるか)


 そんな事を考えながら、二葉は果歩と分かれ、右の階段を下った。







 下りた先は、僅かばかりの光源が最低限の視界を保つ広間だった。

 奥には上りの階段がある……が、鉄格子に阻まれ、上には行けないようになっていた。


 そして、部屋の中央には


「まぁ、だろうね」


 長身痩躯の、コートを着た男が立っていた。

 しかし、その緑色顔色に生気はなく、さらに言えば目玉もなければ開ききった口の中も空洞だ。


 いかにも私、アンデットに殺されてゾンビになりました、的な男がそこにいた。

 さらに男は、手に大振りの剣を握っている。僅かに赤く輝く刀身が嫌な気配を感じさせた。


(こいつを倒せばゲームクリア、か)


 しかし、そうなれば書斎で仕込んでいたいかにも謎解きのヒント的な仕掛けはなんだったのか。

 引っかかりはしたものの、そんなの後で考える。

 二葉は短剣を構え、ボスに挑もうと……


「あ~!二葉ちゃん、やっほ~!」


「……は?」


 声のした方に顔を向けると、広間の一角、やけに光源が強い空間があった。

 同じ広間でありながら、二葉のいる場所と、ライトで明るく照らされたその空間は鉄格子によって塞がれている。


 その光差す空間の中には果歩がいた。


 果歩のいる空間には机があり、その上にはケースに仕舞われて大量の木のブロックが整然と並んでいる。

 さらには、空間の奥には台座があり、台座のくぼみがいかにもブロックを嵌めてくださいと言わんばかりだった。


 脱出ゲーム系のテレビを見た事のある二葉の知識では、たしかあれは、『台座のくぼみに正解の単語を当てはめないとクリア出来ない系謎解き』に使われるものだったはずだった。


「……あ、やば、これ嫌な予感するわ」


 その予感は、くぼみの開いた目に赤い光が宿ったボスゾンビが剣を緩慢に振り上げた事であった。


「うぉぉぉおおぉぉぉ!」


 振りかぶった剣から真空波が放たれる。

 二葉はそれを躱し、ゾンビへ距離を詰めて腕を切り裂く。

 これまでの雑魚お化けならこれで瞬殺出来ていたのだが……


「ぐぉああぉあぉぉぉぉぉ!」


 ゾンビは剣を横薙ぎに振るった。

 二葉はしゃがむ事で回避し、隙だらけのゾンビにさらに一撃を加えながら距離を取る。


(やっぱり、効いた様子がない。

 ボス敵なら数回攻撃しないと効かないとか、弱点を攻撃しないと意味がないとかいうのが定番だけど、でも今回の場合はたぶん……)


「ボス戦と謎解きの連動は最悪すぎでしょ……!」


 謎を解かないと絶対に倒せないボス。

 尚、今回の場合、謎を解く担当は自力で謎解きを解けた回数ゼロ(本人談)のアホの子、日南果歩である。







 実際、二葉の推測は当たっていた。

 このボス戦、2人で挑む場合は片方がボスの引きつけ役、片方が謎解きを担当し、謎解き担当が謎を解かなければ決してボスを倒せない仕組みだった。


 尚、仮にお1人様プレイだった場合は、謎解き部屋から攻略する事になる。謎を解いた後にボス戦となり、規定回数ボスに攻撃を当てられればクリアとなる。


 が、2人プレイだった場合、謎解き担当が謎を解くまでボスは無敵状態。

 こちらの攻撃は通らないのに相手は遠距離攻撃をガンガン放ってくる上、当たれば当然ライフは削れる。

 中々のハード仕様なのだった。


 それでも、謎解き役が早く謎を解く事さえ出来れば2人がかりで挑戦出来る分、むしろお1人様より難易度は下がるのだが……


「えっと、あ、か、さ、た、な、ひぇ~、また間違えちゃったよぅ!」


 謎の答えなんて分かる訳もない果歩、あてずっぽうでブロックを台座に嵌めこんでは不正解ブザーを何度も鳴らしていた。


 二葉はボスに構い切りでまともに謎を解く暇もないので、ポケットに纏めたヒントを果歩のいる空間に投げ入れてはおいたが、それを見ても果歩はちんぷんかんぷんだったのだ。


(チッ、こっちはかすり傷すらアウト、あっちはいくら攻撃しても無敵。動きはパターンが読めるとはいえ、気が抜けない……!)


「ねぇねぇ、二葉ちゃ~ん!」


「何!?」


 思わず強めの反応を返してしまう。


 ゾンビは居合抜きのような体勢を取って力を貯め、解き放つように回転切りを繰り出す。

 リング状の刃が飛んでくるのを、二葉はしゃがんで回避した。


「なんで、日記の内容メモしたのに、青とか赤とか、そういう色しか書いてないの?

 日記全部の内容書いてないと分かんないよぉ」


(……まず、そこからの段階なのか……)


 二葉が書いたメモには、『赤、緑、青、白、黒』と書かれていた。

 その下に『赤1、青2、黄4、緑3、茶1、紫5、白3、黒4』と書いてある。


「ああいう、文章に露骨に色が入って……うぉっと!るタイプは、色がキーワードってのが定番、なんです!

 しかも、2つ目のヒントも、おぉぉ!?色関連って辺りで、謎解きのキーが色っていうのは、確定です!……たぶん………」


「そっかぁ、二葉ちゃんって頭良いんだね!」


(そりゃあ、おたくに比べれば誰でもね!)


 しかし、それを知ったところで所詮、アホの子の知恵。


「いろ……色々……えっと、赤1ってなんだろ……ん~っと、赤の1番目だから、『あ』って事かな?えっと、青は2番目だから『お』?

 あれ、でも黄色はどこだろ?白も、しろで終わっちゃうから3番目がないし……」


 ぷすぷすぷす~……と頭から知恵熱を出す果歩。


(日南さんはアホだし、一人で考えさせても絶対答えなんて分かる訳ない……!

 私が考えないと……でも、ぶっちゃけ、私も分かんないんだよなぁ……!)


 斬撃を躱し、攻撃を試みるが当然無効。

 分かっちゃいるのだが、どうしても普段の癖で隙を見つけると攻撃したくなってしまう。


(赤1で、あかの『あ』……でもこの理屈だと、白3でしろに3番目の文字はないから矛盾する……)


 何気に、アホと見下す相手と同レベルの事を考えている事に二葉は気付いていない。


(ぐっ、分からん……!

 漢字系や数字系の謎解きなら割と得意なのに……!

 ……まぁ、英語系はアウトだけどさぁ。

 でも、問題に英語は使われてないし、たぶん英語系の謎解きではないよねぇ)


 二葉は、この時失念していた。

 いや、その可能性を考えたくなくて、無意識レベルで頭の中からその思考をシャットダウンしていた。


 たとえ問題分に英語が入っていなくても、英語に変換しなければ解けないタイプの謎解きなんて世の中腐るほどあるのに……。

 あえて、それを除外してしまったのだ。


 結果、二葉も、果歩も、謎を解く事は出来なかった。

 そのまま時間だけが過ぎる。


 これが一般人であれば、とっくにボスゾンビの猛攻に体力尽きてやられていたところだろう。

 そもそもボスゾンビは本来なら長期戦が出来る相手ではないのだ。

 一般人は、動きもそこそこに素早くて遠距離攻撃をノ―コストで連発出来てこちらが攻撃してもダメージを一切喰らわない無敵のモンスター相手に善戦など出来ない。

 それが出来たのは、一重に二葉の能力の高さと言える。


 とはいえ、だ。


 運営側も、こういう事態を想定しなかった訳じゃない。

 そんなところを想定する前に武器補充のアナログシステムを改善しろ、と言いたくなるが、変なところにばかり気が回るのだ。


 仮に、挑戦者が異常なほどに回避力と体力が高くて、いつまでもボス戦が続くような事態になった場合……それを、強制的に終わらせる仕組みを作ったのである。




「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




「何?行動パターンの変化?」


 吠えるボスゾンビ。

 彼は剣を構える。

 その剣は、時間と共に段々と赤くなる。

 最初はうっすら発行する程度だったのが、今では目に悪いほどのドぎつい光の塊だ。


 ゾンビは、その剣を掲げた。


 途端、空間全体に赤い光が広がった。

 回避する事など想定に入れていない……ゲームで言えば、タイムオーバーによる死亡確定ペナルティアタック。

 流石に二葉も光まで躱す事は出来ず。

 ライフは強引に削られ、ゲームオーバーとなるのだった。







「レリックよ」


「は?」


 ゲームオーバーのまま、屋敷を出る事となった二葉と果歩。

 他3人はすでに攻略し終えたらしく、北門から出てきたらしい。


 僅か惨めな気持ちになりながらも琴音に愚痴り、ついでに解けなかった謎解きについて話題に出せば、そう言ってアッサリと答えを言い当てる。


「むしろ、私はそこまで二葉が辿りついてて答えに辿りつけなかった事にビックリしてるわよ。

 いや、確かに英語だけど……まさか、思考回路にチラリともうろつかないほどに英語を毛嫌いしてるとは思っても見なかったわ」


「昔から英語はドブに捨ててるから」


「せめて色を英語で言える程度の英語力は身に付けていて欲しかったわ」


 尚、琴音が謎解きの答えを解説するには、だ。


 まず、二葉が日記から読みとった『赤、緑、青、白、黒』を英語に変換する。


 red

 green

 blue

 white

 black


 この状態で、ヒントその2を当てはめる。

 例えば、赤1はredの1番目の文字を表している。

 緑3ならeだ。

 この法則でそれぞれの文字を抜き出して行くと


『r』ed

 gr『e』en

 b『l』ue

 wh『i』te

 bla『c』k


 となり、抜き出した答えを繋げればrelic=レリックとなる。


「「へぇ~」」


(って、日南さんと被っちゃった……)


「あはは、星崎ちゃん、馬鹿だ~!」


「日本の英語学修練に意味は少ないとはいえ、最低限の単語程度は覚えておいた方がいいわよ」


 瀬奈には笑われ、雫には真顔で忠告される。


(……まぁ、解き方分かってても、そもそも白とか黒の英語の綴りとか分かってなかったし、どっちにしろ解けなかったけど)


 そんな事を言えば余計に呆れられるのは分かっているので、二葉は何も言わなかった。

 ただ、英語に関しては果歩と同レベルだと判明してしまった事が、どうしようもなく情けなかった。


(……次の英語の補修、少し真面目に受けようかな)


 尚、今の時期、まだテスト期間にすら入っていないのだが、この女はすでに英語で赤点を取る事を前提としていた。

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