第15話 お化け屋敷はBランクには楽勝過ぎる

「んじゃ、遊園地後半戦、しゃれこみますかー!」


「なんであなたがリーダーみたいに言ってんのよ……」


 拳を振り上げる瀬奈に、雫は弱めのツッコミを入れる。


(コスプレショー、よっぽどダメージ受けたんだろうなぁ)


 結局、休憩時間中にスタナイのアトラクションに行く事も出来ず、二葉もテンション低めだった。


「どこ行くー?

 あたし、午前の間に回りたいところは大体回ったからそっちの好きにして良いよー?」


「あ、果歩も、行きたいところは大体回ったよ。

 お土産屋さんでたっくんのお土産も買えたし、後は夜のパレードが見れれば満足!」


 元より4人の(というより二葉の)付き添いで来た琴音は自らここへ行きたいと言う事はなく。


 必然的に、選択権は二葉と雫に回ってきた。


「あ、え、っと……月野、さんは……」


「はぁ……別に、どこでも良いわよ。

 あなたの好きに決めたら良いわ」


「あ、そうですか……」


 冷静に考えれば、これはチャンスだ。

 今ならスタナイのコラボアトラクションに行きたいと言える。

 言える、のだが……


(でも……この際、百歩譲ってオタバレは良い。

 だけど、私のは月野さん以上にバレちゃヤバいんだよなぁぁぁ)


「あ、それ、じゃあ………。

 ………お、お化け屋敷、行きたいです」


 本命を言えないまま、日和った女、二葉。

 二葉の視線の隅、琴音が小さくため息を吐いていた。







「そういえば星崎ちゃん、レストランでもお化け屋敷行きたいって言ってたもんねー。

 ショーで時間取られちゃったけど」


「あ、あぁ、はい、ですね~……」


 お化け屋敷のアトラクションがある場所は、レストランからさほど離れていなかった。

 人気がないのかどうなのか、幸い行列は出来ていない。


「えっと、【ゴーステッドダンジョン】……どうやら、ダンジョンをテーマにしたお化け屋敷みたいだね」


 琴音がパンフレットの説明を読む。


 主に瀬奈や果歩が王道系のアトラクションで遊びたがったので半ば忘れていたが、ここは冒険者やダンジョンをテーマにした遊園地である。


「普通のお化け屋敷と違って、武器を使って屋敷の中をうろついて、お化けを倒しながら仕掛けを解いてゴールを目指すって内容みたい。

 ホラー系脱出ゲームって感じかな」


「あ、脱出ゲーム、果歩知ってる!テレビで見るやつでしょ!?

 果歩ね、脱出ゲーム好きだよ!

 謎解き好きなの!難しくてこれまで一度も解けた事無いけど!」


(じゃあどこで気に入ったんだよ)


「ゲームは、1人~2人ずつ挑むっぽいわね。

 屋敷内のルートは3つあるから、私達でペア分けすればそれぞれ別ルートを楽しめるわ」


「あ、じゃあ私、お姉ちゃんと……」


「二葉、この遊園地に何の為に来たか忘れた?」


「………ですよね…………」


 元々4人の親睦を深める為の物で、琴音はただの付き添いなのだ。

 そうなると、5人の内1人になるのは必然的に琴音となる。


「んじゃ雫っち~、あたしとペアね!」


「は?何故あなたと……」


「ん、嫌なの?じゃあ日南ちゃんと組もうかな~。

 あ、ちなみにあたし、今すっごく口軽いから、うっかり雫っちがコスプむぐっ!」


「私と組むんでしょう、さっさと行くわよ」


 瀬奈の口を力づくで塞ぎ、雫はお化け屋敷の列へ並んだ。


(……話し合いの予知もなく決まった)


「えへへ、いっしょに頑張ろうねっ!二葉ちゃん!」


「あ、あぁ……はい」


(……まぁ、白夜と組むよりはマシだと納得しよう)


 自分にそう言い聞かせながら、二葉は果歩と共に列へ並んだ。







 10分程度もすれば二葉と果歩の順になり、東口の扉へ案内された。

 屋敷はそれぞれ西、南、東に扉があり、それぞれのルートは独立している。が、最終的にはどのルートを通っても北の出口に辿りつく仕組みだ。


 ダンジョンと、お化け屋敷、ついでに謎解き要素が絡んだ屋敷の中では、常に壁や天井からお化けが現れ、通路の角からゾンビが現れる。

 最も、これらは全てホログラムであり、さらに屋敷に入る前に支給された武器で攻撃すれば消える仕組みだ。


(武器って言っても、こんな短剣じゃ一般人はほとんどまともに使えないだろうけど)


 包丁よりもリーチが短い武器。ホログラムとはいえ、リアルに限りなく近い見た目のゴーストに不意打ちで襲われてこんなもので対応するのは一般人には難易度が高い気がする。


「うわぁぁぁ!」


(あ、前の人、攻撃受けちゃったんだ)


 わざわざダンジョン風に仕立て上げるだけあり、この屋敷のお化けには攻撃判定がある。

 参加者は腕にハートライフが3つ浮かんだ腕時計を渡されるのだが、お化けの攻撃を食らってしまうとライフが減る。

 そして、ライフがゼロになるとゲーム失敗。非常口からお帰りコースとなる訳である。


 ペアで参加している場合、どちらかのライフがゼロになればゲーム失敗だ。

 逆に言えば、ゼロにさえならなければゲームオーバーにはならないので、どちらかを肉壁にすれば実質ライフ5と計算して進む事も出来るが……


(って、我ながら性格悪いわ、この考え方)


 間違っても果歩には言わないようにしよう、と心に決めた。


(……まぁ、そもそも、そんなせこい事する意味もないけどさ)


「わぁ!天井からお化けが出てきたよ!」


 ビックリしながら、短剣を振るう果歩。

 言動はアホな軽い女そのものとはいえ、その正体はBランクとしてソロでやって来た実力者なのだ。

 一般客用に作ったゴーストからの不意打ちなんて許す訳もない。


 ついでに、短剣なら使い慣れているという事もあり、二葉も壁からひょっこりしてくるお化けを片っぱしから切り裂く。


「本物のダンジョンのお化けさんも、これぐらい簡単に倒せれば良いのにねー」


「……はい。……そう、ですね……」


 本物のダンジョンにもゴーストと呼ばれるモンスターはいる。

 ゴースト、スケルトン、ゾンビ、リッチ……いわゆるアンデット系モンスターと呼ばれる奴らは、通常の攻撃や魔法は通さない。

 聖水と呼ばれる、特別な水を直接ぶっかけるか武器に付与するか……回復魔法でしかダメージを与えられないのだ。


(日南さんは典型的な魔法が苦手なパワーファイターだし、私も魔法は補助レベル……現実のアンデット相手には相性が悪いんだよね)


「でも、壁と天井からだけで床からは出て来ないなんてここのお化けさんは親切だねっ!」


(一般人は、床からモンスターが現れても対処出来ないからだと思うよ)


 そんな、Bランクの現役冒険者にとってはヌルゲーの通路を歩いていると、いかにも開けてくださいと言わんばかりの扉を見つけた。


「……あの、日南、さん。扉、開けてもらって、良い……ですか?あっ、と、扉の前には、立たないで……。

 開けながら、と、扉の裏に隠れる、感じで……」


「?分かったー」


 快く了承した果歩は、言われるままに扉を開ける。

 途端に


「ぐぅあああああ!」


「ふっ!」


 部屋の中から飛び出して来るゾンビを一刀両断にする。

 キラキラと跡形もなく消え去るゾンビ。


「わぁ!すごぉい!全然気配なかったのに、どうして敵が出るって分かったの?」


「い、いや、ホラー物なら、定番なので……」


 かつて、ホラー物のゲームを試しにプレイした時、廊下の突き当たりや扉の中から出て来る敵には散々怯えさせられた。


(お陰で、あの頃は軽い扉恐怖症患ったっけ……まぁ、昔の事だけど。

 でも、考えてみればこいつらホログラムだから気配がないんだよね。

 動きは単調だし、分かりやすいから対応しやすいけど……)


「……あの、日南、さん……」


「なぁに?」


「しばらく、後ろの方、警戒してもらっても……だ、大丈夫……ですか?」


「??うん、良いよー。

 果歩はトラップ見破るのも苦手だし、きっと二葉ちゃんの方が上手く行くって思うし!」


(絶妙なプレッシャー掛けないでよ。

 いや、遊園地のアトラクションのトラップ程度なら引っかからないけど)


 部屋の中は書斎だった。

 本棚に本が詰まっているものの、ほとんどは形ばかりの背表紙が並び、抜きだす事の出来ないオブジェだった。やけに地質学とか化石とか、そういうタイトルが多いのは、この部屋の持ち主がそういう趣味もしくは仕事だったから、という設定だろうか。無駄に凝っている。

 二葉は抜ける本を抜いた。抜けたのは2冊だった。


 と言っても、その本も開けるページは片手で足りる程度だ。


『いつしか空は赤く染まっていた。ふと、窓から外を見下ろせば緑色の肌をしたゾンビが街中を蔓延り、人々を襲っていた。おぞましいその光景に私は青ざめた。

 と、扉がノックされる。

 扉を開ければ、そこには白眼を剥いた執事のセバスチャンがいる。私は叫び、逃げた。 

 屋敷の中にはすでにゾンビどもが侵入していた。

 私は地下へ逃げ込んだ。扉に鍵を掛け、黒き闇に包まれた部屋の中で一息付く。

 あぁ、だが……もはやどこにも逃げ場はない。私はここで死ぬのだろう。

 妻と子供は無事か……だが、ここを出て探しに行く勇気もないのだ。あぁ、ルチア、コナー、愚かな私を許しておくれ』


 本の1つは、日記帳だった。

 設定として、この屋敷の主人のものだろうと二葉は推測した。

 そして、もう1つの本には、


『赤1、青2、黄4、緑3、茶1、紫5、白3、黒4』


 と記されている。


「うわぁ、露骨な謎解き要素……」


「???これ、どういう意味なの?」


「さぁ……」


(正直、私も謎解きって得意なレベルでもないしなぁ。

 ゲームの謎解きとか、面倒になったら攻略サイトに頼ってたし)


 尚、本はカバーに紐が括りつけられ、本棚と繋がっている為、持ち出しは不可能だった。

 代わりに、『メモりたかったらメモして良いよ』と言わんばかりに執務机の上に紙とペンが置いてある。


(まぁ、そんなんしなくても、今時スマホで写真取れば良いだけなんだけど……)


 と思ってスマホを開いたら圏外だった。

 わざわざこの謎解きの為だけに、屋敷を圏外仕様にしたらしい。


(なんつー無駄金……)


 仕方なく、二葉は本の要点だけを紙に纏めてポケットに突っ込む事にした。


 それから、部屋の中を漁ると、執務机の中からゾンビが出てきたりクローゼットの中からゾンビが出てきたりという遭遇イベントをこなす。


(……普通、こういう部屋だと、何かしら装備アイテムが落ちてるものなんだけど……)


 首を傾げる瀬奈。

 しかし、たとえ武器がなかったとしても敵の攻撃を食らうつもりなど毛頭ない。

 むしろヌルゲーには初期装備で挑むぐらいでちょうど良い、と自分を納得させる事にした。







 実はこのお化け屋敷、お化けのホログラムや圏外仕様などのところには無駄に金を掛けているにも関わらず、客に使わせる武器に関してだけはアナログ仕様で、一度他の客が武器を手に入れたらゲームオーバーかゲームクリアでキャストに返却。キャストが抜け道などを使って元の場所に戻す、という非常に原始的なシステムとなっている。


 その為、前の客にアイテムを取られてしまうと、次に来た客はアイテムを取れなくなる、という事態が儘発生するのだが……


 この時の2人は、そんな事、知る由もなかった。

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