第14話 同情に価値はない

「あ、うぁ、つ、きの……さん……」


 一見して、表情の変わらない雫。

 しかし、それでも隠しきれない耳まで真っ赤になった肌色が、彼女の恥じらいを物語る。


「いっや~、面白い見世物だったよ~、雫っち!

 めちゃくちゃ衣装似合ってたんですけど!やっぱ美人は何でも似合うな~、実写版の役者オーディションにでも参加したら?」


 ケタケタ笑いながらそんな事を言い出す瀬奈に、雫は何かがプツンと切れたように


「【アイスピラー】!」


「ひょわぁ!?こ、こんなところで魔法使うとか頭イカれてんでしょ!?」


「うるさい!死ね!死になさい!」


(もはや嫌みでもなんでもない罵詈雑言……)


 それだけエルキュアのコスプレを見られた辱めは大きいのだろう。


(いや、まぁ、オッサンどものあのトラウマ級に比べれば、確かに似合ってたけど……実写版エルキュアの女優ですって言われても違和感なかったけど……。

 まぁ、私なら……うん、知り合いの目撃者全員殺すな)


 ここで、自分が死ぬのではなく他人を殺そうとする辺りが自己中心の自己中心たる所以である。


 と、そこで雫がギロリと二葉に焦点を当てて来た。


「あなたも、見たわね?」


「あ、ぅ………な、にも、見てません……」


「嘘おっしゃい!

 あなた達2人とも、ここで始末してやるわよ!

【エターナルフォー……」


(って、その無差別技は絶対ここで使っちゃ駄目なやつ……!)


 最早パーティのトラウマ(雫以外)として刻まれている呪文に背筋が凍る二葉。


(銃なんて持ってきてない……て事は、殴るしかない!)


 とっさにそう判断し、拳に魔力を込めて雫をぶん殴ろうと接近する。




「雫っち!ステージからエルキュア達が見てるよ!」




「スブリ……っっっっっっっ……」


 瀬奈のとっさの言葉に、詠唱を強引に中断する雫。

 しかし、それでも振り上げた拳は止まらない。


 ゴッ!


「あ……」


 防御展開なんて何もしていなかった雫の顔面を瀬奈は魔力の込められた殺人級の拳でぶん殴り飛ばすのだった。







「雫っちさぁ、魔法の練習ばっかりしてきたせいで、身体の方はあんまり鍛えてないんだよね~。

 まぁ、元々、体外に魔力を放出する才能がありすぎたせいで、逆に体内に循環させるのが苦手っていうのもあってさ」


「は、はぁ……」


(なんであんたがそんな事知ってんだよ)


 気絶した雫を背負い、2人は現場から逃げるように、休憩区画にいた。

 雫は2人が座るベンチの隣のベンチに寝転がっている。

 無防御状態で思い切り殴られたにも関わらず、顔には傷一つない。

 最も、瀬奈が回復魔法を掛けたからだが。


「あ、の……」


「なぁに?」


「お、2人、は……知り合い、だったん、ですか?」


「んん?そりゃ、知り合いだよ?

 冒険者界隈も狭いし、その中でも上位に位置するBランクともあれば、多少会話する事もあるでしょ。

 星崎ちゃんにも何度か挨拶したし」


(そういう事じゃない。

 冒険者としてって意味じゃない)


「あ、の……昔、からって……」


「ん?」


「昔から、変わらないって……、……そう、言ってたから……。

 も、もっと、昔から、知り合い、だったんじゃ、ないかって……」


 考えてみれば思い当たる節はある。

 瀬奈は、二葉や果歩に対しては『星崎ちゃん』『日南ちゃん』と名字で呼ぶのに、雫だけは『雫っち』と下の名前で呼んでいるのだ。


 そもそも2人はかなり言い争う事が多かった。

 仲が悪いから、と思っていたが、逆に気が置けない関係だからあそこまで遠慮なく言い争えていたのでは?と見る事も出来る。


「あ、えと……言いたくない、なら良いです。

 あ、聞いたらお金、取るとかも、嫌なので……」


「いや取らないよ、これぐらいの事で。

 聞こうと思えば雫っちに聞いても分かる程度の情報だしね」


(それじゃあ……)


「想像通り、あたしと雫っちは冒険者になる前からの知り合い……てか、幼馴染だったんだよ」


(幼馴染……)


「元々は家の付き合い。

 あたしは家からまともに出た事のない深窓の令嬢で、雫っちはそんなあたしを部屋から連れ出す王子様、って感じでね」


「…………深窓の令嬢?」


(どこにいるの、それ?)


「あはは、露骨にキョロキョロしないでよ〜。

 これでもあたし、昔はバリバリのお嬢様だったんだよ〜。

 ま、没落したけど」


 あっけらかんと言い放つ瀬奈。


「逆に雫っちは本当に令嬢かってぐらい奔放だったな〜。

 本人は魔法少女になりたいって言いながら、玩具のステッキを木刀みたいにぶん回しててさぁ。

 夢と希望に溢れた圧倒的光属性、この世界が物語なら私が主人公!みたいな性格だったよ」


(光属性……氷属性の間違いじゃなく?)


「まぁ、幼馴染っつっても、途中、長く会えてなくてさ。

 雫っちの家は没落するし、あたしも没落して、しかも親に捨てられるとかで忙しかったし。

 ぶっちゃけ、しばらくは雫っちの事忘れてたよね。

 しかも、しばらくぶりに会ったのがダンジョンの中で、しかもレスキューした冒険者から金毟り取ってる時でさぁ。

 いや〜、あれは最悪の再会だったね、あはは」


(笑い事なのかな?)


「まぁ、雫っちも、妹分みたいだった幼馴染がコレになって、ビックリしたと思うよ?

 あたしもビックリしたけどね。

 光属性キャラの雫っちが、しばらくぶりに会ったら氷属性キャラになってたんだもん」


「な、何が、あったんです、か?」


「さぁ?

 言ったでしょ?

 家が没落して、あたしと雫っちは離れ離れになったの。

 その後の雫っちの事は、知らないよ」


「…………」


 二葉はどんな言葉を返せば良いか分からなかった。


「あはは、同情する?」


「え?」


「家が没落して、落ちぶれて、親にまで捨てられて可哀想って。

 そう思う?」


 ニコニコと、笑顔で尋ねてくる瀬奈。


(ど、どう、答えれば良いの……?)


 分からなかった。


「あ、え、と…………。

 その、正直を、言っても、あ、わ、悪気は、ないので、許して頂ければ、と……」


「??別に多少の言葉を言われても怒る気ないよ。

 何言うつもりなの?」




「あ、じゃあ…………。

 …………その、白夜さん……可哀想、とか言われる価値、ない…、よなって、……」




 心なしか、瀬奈の表情が固まったように見えた。


(うっ!や、やっぱり言わなきゃ良かった!

 てか、なんでこんな事言った、私!?)


 後悔するものの一度言った言葉は取り消せない。


「だ、だって、白夜さん、かなり、人に迷惑、掛けてますし……。

 仕方なかった、とか、どうしても、そうしないといけなかった、とかじゃなくて……。

 自分から、グレーゾーン突っ走ってますし……。

 そんな人、同情する必要、あるかなって……」


(うぅ、我ながら性格悪い……。

 でも、そう思うし……)


「そ、そもそも月野さん、自分で、面倒な親がいなくなって、ら、ラッキーって言ったんじゃ、ないですか。

 それなら、不幸じゃ、ないです、よね?」


「……そっか。

 あはは、星崎ちゃんってさ、性格悪いって言われない?」


「うぐっ!」


 笑顔でそんな事を尋ねられ、胸に突き刺さる。


「……でも、善人ぶりたくて勝手に同情する偽善者よりは、マシかな」


「え?」


「あ〜、でもあたし以外にはそういうの止めた方良いよ。

 十中八九嫌われるから」


 さて、と言って瀬奈はベンチから上がる。


「そろそろ時間だし、レストランまで行こっか」


「あ……」


(結局、スタナイ行く時間なくなった〜!)


 全てはエルキュアのショーを覗こうとしたのが運の尽き、と二葉は肩を落とした。


「……あの、月野さん、は……どうするんですか?」


「ん?どうもしないよ、どうせもう起きてるし。

 大方、さっきのショーの事ツッコまれたくなくて狸寝入りしてんでしょ」


 ニヤニヤと頬を突く瀬奈に、雫の眉はピクピクと不快げに動いた。


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