第13話 誰しも知られたくない秘密はある

「……そろそろ休憩時間ね。

 私は先に失礼するわ。

 集合場所は、このレストランで良いでしょう?」


 先に食べ終わった雫が立ち上がり、そう言い出す。


「あ~、じゃあ、果歩もお土産屋さんいこっかな。

 たっくんへのお土産、選ぶんだ~」


「んじゃ、あたしは1人でジェットコースターにでも乗りにいこっと」


 3者で予定が決まる。


「二葉、あなたはどうするの?」


 琴音に尋ねられ、二葉は


「私はもちろん、スタ…………ご、ゴーストダンジョンって、お化け屋敷にでも行ってみる……。

 お化け屋敷とか、遊園地にでも来ないと、入れないし……。

 お姉ちゃんは?」


「……そうね、私もお土産屋にでも行こうかな」


 スタナイ狙い=オタバレだと思っている二葉、とっさに嘘をつく。

 それを分かっているだろうに、琴音はあえてそれを指摘する事はなかった。







 レストランを出て、1人になった後。


(えっと、スタナイのアトラクションがある場所は……あ、エルキュアのショーがやってる近くか)


 そのショーも、ちょうど今ぐらいの時間に始まるらしかった。


(まぁ、別にエルキュアはあんまり興味ないんだけど。

 でも、折角のショーなら、少しぐらい見て行こうかな)


 そんな軽い気持ちでショーへ向けて足を運んでみる二葉。


「うっわ、人多っ」


 特設のステージに、何十個ものパイプイスが屋外に並ぶ。

 ショーを楽しみにしている客がイスに座っているのだが、ファミリー層や小さな女の子が多めかと思えば良い歳したオッサンらしき客も少なくない。


(こういう女子向けアニメって、女の子だけでなく需要も一定数あるって聞くけど、本当なんだなぁ)


 他人事のように考える二葉。


(別に、嫌いな訳でもないけど、高校生にもなるとこういう子供向けのアニメとかって、見るのも気後れしちゃうよなぁ)


 とはいえ、そういう層を否定する訳でもない。

 本来、特定の層に向けた需要を狙っているとしても、その層以外が見てはいけない決まりなんてアニメには存在しないのだ。


(勝手に、私が気にしてるだけなんだよね。

 子供向けアニメを大人が見るなんて恥ずかしい、って、勝手に思ってるだけ)


 そう思えば、30歳40歳になっても、素直に女子向けアニメを好きと言えるオタクは尊敬に値する存在なのかも……




『うぉぉぉぉぉ!ルビちゃんルビちゃんルビちゃんルビちゃん!!!』

『サファイアたぁぁぁぁぁぁん!愛してるぅぅぅぅぅぅ!!!』

『ヴァイオレットたまぁぁぁぁぁぁ!ラブ!ユゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』




 ……前言撤回、ロクな生物ではないのかもしれない。


「はぁ、にしても、最近のVR技術って凄いなぁ」


 一昔前までの戦隊物や魔法少女物のショーともなれば、多くはスーツで顔を隠したり気ぐるみっぽい物に入って行うのが一般的だった。

 しかし、最近はVR技術の発展により、二次元のキャラをそのままホログラムとして三次元に映しだす事が出来る。


 文字通り、テレビの世界から飛び出した魔法少女達がリアルの世界でバトルを繰り広げる光景を作りだす事が出来るのだ。


(これも、ダンジョンの素材で文明の発展が進んだから……なんだっけ。

 まぁ、そういうのあれこれ考えるのは科学者の仕事だし、私はよく分からないけど)


 ちょうど、ショーはクライマックスのところだった。


「はぁ、はぁ、このままじゃ負けちゃう……!」


「まだよ!まだ諦めるには早いわ!」


 ショーは、定番の、怪人相手に善戦するものの勝てない、という状況だった。


(どうせ、観客の応援でパワーアップしてドカーンで終わりなんだよなぁ)


「皆!私達に、勇気を!」


『がんばえー!エルキュアー!』


 乗りの良い観客達の応援でパワーアップしたエルキュア達、見事怪人を倒す。

 遊園地に平和が訪れたのだ。


(……ハッ、つい魅入ってたわ)


 スマホをチラッと見れば思ったよりも時間が進んでいた。


(早くスタナイに行かないと……)


 そう思っていた時だった。


「あっれ〜?

 星崎ちゃん、なんでここいるの?」


「っ!?

 白夜……さん……」


 場を去ろうとしていた時、同じく観客席の後ろ側にいたのだろう瀬奈がこちらに気付き、やって来た。


「意外だね〜、星崎ちゃん、こういうの好きなの?」


「い、いえ、たまたま、通り過ぎただけ、で……」


「ふ〜ん、そっか。

 まぁ、魔法少女は乙女のロマンだし、そういう趣味があっても恥ずかしくないと思うよ?個人的には」


(何か、勝手に魔法少女オタクって勘違いされてる……!)


 確かにオタクではある。

 あるのだが、ジャンルが違うと二葉は抗議したくなった。


(いや、でもスタナイ好きってバレるよりは魔法少女好きの方がまだマシではある)


「あ、び、白夜さん、は……好き、なんです、か?」


 あえて否定しないでおく事にした。

 わざわざ否定するのが面倒臭かったとも言える。


「あたし?ま、普通?

 小さい頃に見た程度で、今は全然だけどさー」


(まぁ、普通はそんなもんだよね)


「ところで、これから面白いイベントあるって知ってる?」


「イベントって……えと……コスプレ、ですか?」


(確かパンフに書いてあったはず)


「そうそう、たぶんこのまま待ってたら面白いの見れるはずだし、一緒に見ようよー」


 ニヤニヤと勧めてくる瀬奈。


(冗談じゃない、そんな事したらスタナイに行く時間がなくなる……!)


「あ、わ、私、他に、行きたいとこあるから……」


「え〜、他のアトラクションはいつでも行けるでしょ?

 これから見れるイベントは、今限定だよ?超レアだよ?見逃したら損するよ?

 星崎ちゃんの行きたいアトラクションなら、後で皆で行けば良いじゃん」


(一緒になんて、行けるか!

 ぜっっっったい、引かれるか、馬鹿にされるか分かってるのに……!)


 とはいえ、それを口にする事も出来ない。

 上手い断り口上が浮かばないまま、コスプレタイムはやって来る。


 尚、内容は魔法少女のコスプレをした一般人がホログラムの魔法少女達と会話をしたり写真を撮ったりするもの。


 完全にチケットを買った者が得の内容で、一般客が眺める意味は殆ど無い。

 実際、観客は殆ど離れている。


 ……尚、言うまでもなく、魔法少女のコスプレをする多くは、小さな少女達だ。

 小さな女の子がフリフリヒラヒラの衣装に身を包んでキャッキャする様子は微笑ましいものがあるが、だから何?というのが本音だ。

 知らない幼女のおめかし姿を見てフヒフヒする変態趣味は二葉にはなかった。


 ……強いて言うならたまにいる、魔法少女のコスプレをしたは絵面的に吐き気とコミカルさが混合し、なんとも言えないインパクトを叩き出していたが。


(いや、勇者過ぎるだろ、いくらなんでも)


「ぶ、ぶへへ、ルビちゃんと、ツーショット、か、家宝に、するんだな……」


(先祖の悪夢の女装写真を家宝にされる子孫の身にもなれ)


「あ、お、面白い、って、これの事……ですか?」


「あはは、まぁ、ウケるっちゃウケるけど、違うよ、オッサンの女装なんざレアリティ低いでしょ。

 ギルドで屯するオッサンども、脅してスカート履かせればいつでも見れるし」


(……わざわざそこまでしてオッサンの女装姿を見たいとは思わないけどね)


 スタナイのアトラクションにも行けず、しばらくの間まぶたの裏に焼き付きそうなオッサンの女装を見せ付けられて軽く瀬奈に対する殺意が湧く二葉。


 が、しばらくして、瀬奈の真意が分かった。


 魔法少女コスハゲデブオッサンのターンが終わり、次は誰が来るのかと思って、ステージ脇のカーテンから現れたのは……



 オーシャンブルーの髪をでっかいリボンでツインテールにし、青と白のフリフリヒラヒラのミニスカフリルリボン衣装に身を包んだモデル体型美女……


 月野雫だった。




「ほぁっつ?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったかの如く、目が点になる二葉。


「ぷっ、あはは、やっぱそうなるよね。

 いや、雫っちから単独行動時間設けたいって言われた時点でまさかとは思ってたけど……。

 ははっ、、趣味変わってねぇ……」


(ん、昔から?)


 気になるワードが聞こえたが、それより前に


「始めまして、お名前を聞いて良いですか?」


「あ、し、雫、です。

 ずっと、ファンで……こうして会えて、光栄、です……」


(おい、誰だあの借りて来た猫!?)


 ホログラムの魔法少女達を前に、モジモジと、しおらしくする雫。


 二葉の横で、瀬奈が腹を抱えて「ひはっ、ひぃ、ぐふっ」と、めちゃくちゃ笑っている。

 普段の取ってつけた感じではなく、これはガチ笑いだと二葉にも分かった。


「え〜、ありがとうございます!雫さんみたいな綺麗な人に応援されるなんて嬉しいな!

 あ、私達の中で誰が好きってありますか?」


「その……さ、サファイア、さんが……ずっと、好きで…………。

 特に、魔法を使ってる姿が好きで……。

 私、冒険者をやってるんですが、サファイアさんに憧れて、氷魔法、一生懸命練習して……」


(氷魔法得意なのってそれが理由!?)


「ふふっ、私に憧れてくれるなんて、照れるわね。

 そうだ、なら、ここで実演しましょうか?

 好きな魔法とかある?」


「あ、そ、それなら、ダイヤモンドバタフライを……あの、あれ、凄く綺麗で……」


「分かったわ、【ダイヤモンドバタフライ】!」


 サファイアが呪文を唱えると、ステージ……いや、観客席にいたるまで、キラキラと輝く宝石の蝶が羽ばたき出す。

 言うまでもなくこれもホログラムだ。

 それを分かっていながら、目を奪われる。


(どうでもいいけど、サファイアなのにダイヤモンドっていうのは、ツッコまない方良いんだろうなぁ)


 そもそもサファイアはそういう名前の宝石というより青い宝石であればとりあえずサファイア、みたいな凄く曖昧な定義なので、細かく気にしても仕方ないのかもしれない。

 ……ダイヤモンド、別に青くもないが。


「どう、お眼鏡に叶ったかな?」


「は、はい……ありがとうございます、生で推しの推し魔法見れるとか……私の人生、ここで終わらせても良い……」


 雫は昇天しそうな勢いで魔法に魅入られていた。


「あ、あの、私、実は大学で魔法学を専攻していて……。

 今は、本に書かれた魔法しか使えなくて、サファイアさんみたいな魔法は再現出来なくて……でも、いつか、この手で、新しい魔法を編み出して、サファイアさんの魔法を現実のものにするって、目標にしていて……。

 そ、それで、サファイアさんに、応援して頂けたらと……」


「ふふっ、そっか、雫さんは努力家なのね。

 その気持ちを持ち続ければ、きっと夢は叶うわ。

 頑張ってね、応援しているわ」


「っっっはい!」


 サファイアに応援され、目を輝かせながら、雫は彼女と共に写真を撮り、ステージを降りた。


(……あ〜、なんだろう、これ、感想が、思い浮かばないけど……。

 1つだけ言える。

 これ、逃げなきゃヤバいわ)


 間違いなく、雫はこの事を二葉達に知られたくはなかっただろう。


(私が月野さんの立場なら……うん、こんな秘密、知り合いに知られたら殺してでも口を閉ざすわ)


「ひぃ〜ひぃ〜、お腹捩れる〜。

 ね?面白かったでしょ?」


「……ですね。じゃあ、私は……」


 逃げようとした二葉の腕を掴む瀬奈。


「え〜、折角だからステージ裏で待ち伏せようよ〜。

 雫っち絶対面白い反応するよ〜」


(いやいやいや、んな事出来るか!)


「あ、そ、そういうの、良くないと……ひ、人の趣味は、ケチを付けるもの、じゃ……ない、と……」


「大丈夫、ケチなんて付けないよ? 

 むしろ褒めに行くから。

 似合ってたとか可愛かったとか言うだけだから」


(そういう問題じゃなく、知り合いにあのコスプレ姿を見られた上にホビアニオタ趣味を知られるという事実自体が黒歴史案件だと思うんですけどねぇ!?)


「そ、そっとしといた、方が良いと、思います……!

 わ、私達は、何も見なかった、わ、忘れた方が良いです……!」


「え〜、やだ〜、あんな面白い光景一生覚えてるわ〜。

 あ、スマホで撮影しときゃ良かったわ」


(この、いじめっ子気質が……!)


「わ、私は何も、見てない……ので!

 突っかかるなら、1人で、して……ください!」


 なんて、問答をしている間に……




「…………あなた達、何故、ここにいるのかしら…………?」




 いつの間にか着替えて来たのか。


 全身から絶対零度の殺意を放ちながら、しかし顔は恥を抑えるように赤く染まった雫が、2人を睨んでいた。

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