第11話 自己開示は相互理解の第一歩……となるのか?①

 ゴトゴトゴトゴトゴト………


 ジェットコースターの大本は、きっと罪人を拷問する為の器具だったに違いない。

 二葉はそう考えていた。


(でなきゃこんな悪趣味な作りには出来ないはずよ)


 ゆっくりとレールを上ってゆくジェットコースター。

 空が青い。

 キラキラと照りつける太陽が鬱陶しい。


(あ~、太陽に向かって銃ぶっ放してぇ~)


 そんな叶いもしない現実逃避空しく。

 ある一点で、ジェットコースターは動きを止める。

 数秒後……


 ジェットコースターは、地べたへ垂直落下せんばかりの勢いでレールをゴォォォォォォォォォ!と駆け下りた。


「わっほぉぉぉぉぉぉぉぉい!」


「うきゃあああああああああ!」


「きゃああああああああああ!」


 歓喜の悲鳴を上げる瀬奈に、果歩、琴音。


 無表情で風を顔面に受け止める雫。


 そして、声は出さないものの顔面蒼白状態で、琴音のスカートにしがみ付く事しか出来ない二葉。

 人間、本当に恐怖を覚えている時は、声を出す事すら出来ないものなのだ。







「あ~、楽しかった~、もぉ1回やりたい!」


「駄目よ、他のアトラクションも時間が押しているのよ」


 悪魔の提案をする瀬奈を、雫がバッサリ切る。


(あ~、地面だ、私は今地面の上にいる、地面の上で生きている、あぁ、やっぱり人間は地面で生きるべきなんだ。

 空なんて憧れず、天より授かった足で地面を歩く事が人間の幸せなんだ)


「私、生まれ変わったら地面になる……」


「最早生物ですらないじゃない。

 全く、高いの嫌いって素直に言えば良かったのに」


 二葉に近づき、耳元で言う琴音。


「いや、月野さんや日南さんはまだしも、白夜の前でそういう弱点を晒すのは……。

 別に、嫌いではあるけど、我慢できない訳でもないしね」


 ダンジョンでの探索でも、高所から下りたり逆に上ったりしなければいけない事はある。

 元々は東京タワーに上る事すら……いや、学校の屋上に出る事すら拒絶反応の出ていた二葉だが、ダンジョンを攻略する為に気合で我慢する術を身に付けた。

 克服ではない、我慢である。

 嫌いなものは嫌いだ。


「てか、白夜と日南さんはあからさまに楽しんでるし、月野さんは……分からないけど、お姉ちゃんだって高所系、嫌いじゃないでしょ?

 高所派が多数の時点で私に人権なんてないんだよねぇ。

 ここで嫌って言っても、多数派にわざわざ逆らって集団の輪を乱すだけ無駄っていうか?好感度下げて嫌われるだけっていうか?

 だったら最初から我慢するっていうのが一番無難に収まる選択肢だと思うんだよね……」


「二葉……」


 琴音は何か言おうとするが、その前に……


「よぉし、次は空中ブランコだー!

 いくぞー!」


「あ、ブランコの次はメリーゴーランドに行きたい!

 メリーさんの、あの馬車っぽいやつに乗りたい!」


(メリーゴーランドなのにメリーじゃないんかい!)


 内心でツッコみながらも、二葉は、興奮げに次のアトラクションへ向かう瀬奈の後ろを追いかけた。


琴音はそんな二葉に並んで


「二葉、あなたの気持ちも分かるつもり。

……でも、相手に嫌がられたり、面倒くさがられたり……そういうのを覚悟してでも言葉を発さないと、人って、理解し合うなんて出来ないんだよ。

自分の気持ちをゴリ押ししろって訳じゃないの。でも、自分の考えを伝える……それ自体に、意義があるのよ」


「…………」


 二葉は、返す言葉が思い浮かばなかった。







「ん、そろそろ昼時が近いわね。

 休憩に入らない?」


 あと20分程度で12時、というところで雫が言い出した。


「あ、さんせー。あちこち見回ってお腹空いたし」


「果歩もー。

 お腹ぺこぺこー」


(あ〜、やっと休める〜)


 そう言う訳で、5人は遊園地の中にあるレストランへやって来た。

 と言っても、遊園地らしいオシャレなカフェ……ではなく、5人にとってはなんとも見知った空間だったが。


「……なんでレストランがギルドの酒場風なのさ」


 オシャレでファンシーな内装でも想像したのか、露骨にガッカリしながら木造りのテーブルに座る瀬奈。


「メインテーマが冒険者とダンジョンだからね。

 冒険者の食事処といえば、ギルドの酒場っていうのが常識でしょ?」


「いやいや、今時ギルドで飯食う冒険者、少数でしょ。

 近くにカフェとかチェーン店もたくさんあるし、なんでわざわざギルドで飯食わなきゃいけないわけ?」


「現実的にはそうでも、一般人からすれば違うのよ」と、雫。


(確かに、私も、冒険者になるまでは冒険者ってギルドで飲み食いしてるイメージあったなぁ)


 尚、メニューに関してはそれなりに洒落の利いたものも多くあった。

 実際のギルドのメニューは肉類と酒類が多かったが、こちらには野菜や魚などのメニューも豊富にある。

 酒類は言うまでもなく未成年は頼めないものの、せめてもの雰囲気を楽しんでほしいのか、ビール風のノンアルコール飲料など、酒を模したノンアル類がやけに豊富だ。


(ギルドのワインに使われている葡萄で作った清涼飲料水って……ただのぶどうジュースじゃん)


 値段は、当然の如く割高。

 遊園地の食事は高いと相場が決まっている。


「あ、店員さーん、あたし、ノンアルビールでー!」


 と、真っ先に頼む瀬奈。

 それに合わせて二葉達も適当な注文を頼んだ。


 が、ここで急激に、会話がなくなりシーン…となる。


 元よりさほど好感度の高いメンバーではない。

 なんだかんだ、よくしゃべる瀬奈や反応する雫の影響で分かりづらかったが。


 ネタがなければ、たわいもない雑談でキャッキャと時間を潰す……そんな気心知れた友人パーティでは決してないのだ、この面子は。


「……ん~、そうだ、折角、交流名目で集まったなら、今この場で軽くそれぞれの事を話してみるのはどうかな?」


 言い出したのは琴音だった。


「話すって、何を?」


 雫が尋ねる。


「私が思うに、皆がギスギスして互いに苦手意識を持つのは、お互いの事をよく知らない……知ろうとしていないからだと思ってるの。

 だから、ここで互いの事を少しでも知り合えば見る目も変わるんじゃないかなって」


「そうはならないと思うけれど……」


「そうかな?でも実際、皆は互いの事、表面的な部分すらほとんど知らなかったよね?

 二葉や日南さんは月野さんの事をクールで冷たい人だとしか思っていなかった。

 二葉の事も、皆は単なる人見知りをクールキャラだと勘違いしていた。

 ね?たかだか表面的な事ですら、皆はこんなに互いの事を知らないの」


 そう言われれば、何も言い返せなくなる4人。


「……言われてみたら、あたしら、互いに名前知ってるからって、出会った時、自己紹介すらしなかったしね~。

 まぁ、仕事だけの付き合いなら、名前以上を知る必要ないって思ってたのも事実だし」


 瀬奈が言う。


「実際、それ以外の情報は必要ないものだもの」


「あ、で、でも、果歩は、皆の事、知りたいな。

 果歩、高校も通ってなかったから、学校通ってる皆の話とか気になるし、聞いてみたいな」


「それに何の意味があるのかしら?」


 ピシャリと言ってのける雫。


「?意味?果歩が、知りたいなって思ったからだよ?」


 首を傾げる果歩。


「まぁ、意味どうこうはともかくとして、話題としてはそれぞれの学校生活って悪くはないんじゃないかな?」


 琴音がそう言って話を繋ぐ。


「ま、学校生活ぐらいなら知られて困る事もないしね~。

 どうせ食事来るまでの暇つぶしだし、構わないでしょ~。

 それとも、雫っちは学校生活で何かやましい事でもあるの?

 実は友達がいないとか?それなら気にしなくても良いよ、雫っちに友達がいないのとか、普段の行い見てれば分かるし」


「その無駄によく回る口、氷漬けにしてあげましょうか?

 あと、友達がいないとかいうの、あなたにだけは言われたくないわよ」


 なんて言いながら、結局は雫も強く拒否しなかったのもあり、互いに学校生活の話をするという事になった。


「そういえば、星崎ちゃんは、普通の高校通ってんの?」


「え?あ、あぁ、は、はい、そう……です……」


(と、トップバッターで私に話振るの!?)


「ふぅん、どんな学校?好きな科目とかある?あ、好きな男がいるなら是非。友達とかいる?」


(ずけずけ質問攻めすんな!

 こいつ、とことん、人に嫌われる事を恐れないっていうか……いっそ羨ましさすら覚えるわ)


「あ、ふ、普通の……地元、です……偏差値も、普通ぐらいの……」


(無難に、適当に答えてさっさと他に回したいとこだけど……)


 そこで、琴音を横目でチラッと見る。


(……言わなきゃ分からない、か。

 少しぐらい、こっちから、言葉を交わさないと……うん、平気、大丈夫、もう、とっくに嫌われてるんだから、仮に印象悪くなっても、問題なし……)


「好きな、科目は……数学と、理科……あと、国語も……暗記は、ゴミ箱に捨てました」


「へ~、女の子なのに理数系なんだ~、珍しいね~」


「そういうジェンダーバイアスは今時流行らないわよ。

 それに、数学や理科というのは全国共通、どこでも使える利便性の非常に高い学問よ。そうした素質が高いというのは誇るべきものだわ」


(意外なところからまさかの好意的な台詞……)


「ふぇ~、果歩は算数とか、理科とか、ちんぷんかんぷんだったから、凄いなぁ」


(……なんだろう、ここでじゃなくてって言ってる辺りで日南さんの偏差値が窺い知れたんだけど……いや、まだ決めつけるのは早計だよね、うん)


「あ、好きな、人はいません………、え、あ、えと………。

 お、お姉ちゃん、みたいな人、です、タイプは……」


「お~、ひゅ~ひゅ~。とか言われてるぞ~、お姉ちゃ~ん」


「からかわないで、白夜さん。

 というか、男の好みで、女の私をタイプに上げても意味ないでしょ」


「お姉ちゃんが駄目なら……次点で、お父さん?」


「ん~、ここで身内しか例に上がらない辺り、星崎ちゃんに春はやって来てないようですな~」


「なぜ、人は恋をする事を春の訪れと表現するのかしらね。

 あぁ、恋の春というなら失恋の冬……。

 なるほど、つまり流れる季節になぞらえて、人は恋をした瞬間から失恋への道を歩んでいるという事を示唆している訳ね」


「雫っち~、そういう斜に構えた事言ってるから男も友達も出来ないんだぞ~」


「と、言う事は一人でも男や友達が出来た後に言ってくれないかしら?」


(……この2人、なんだかんだ、仲良い……のかな)


 争っているように見えて、どこか軽口を楽しんでいるように見えるのは気のせいか。

 友達いない歴=年齢の二葉には判別がつかなかった。


「あ、友達、いません。

 机と、ノートが、友達です」


「素晴らしい友達ね」


「嫌みじゃない純粋な表情で言うの止めよ?雫っち。あたし、泣きたくなってくるから」


「???机とノートってお友達になれるの?」


 単なる悲しみのシャレにガチめに首を傾げる果歩。


(うん、なんか、我ながら、めっちゃしゃべった。

 本来しゃべるつもりもなかった不要な部分もしゃべったし、私、めっちゃ頑張った)


 二葉は小さくガッツポーズをしながら横に琴音へ目を向けた。

 琴音は苦笑していたが、それは呆れ、というよりは『二葉にしては頑張ったと思うよ?』と言っているように見えた。

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