第8話 ダンジョン探索 〜日南果歩の場合〜

「二葉、今更だけど、ソロならまだしも若い女の子を汚物まみれのダンジョンに連れ回すどうかと思うわよ」


「汚物て何、汚物て。

 確かに少し臭かったり汚かったり気持ち悪かったりするダンジョンには連れ回したけど、それだけじゃん」


 琴音の休憩時間、という事で二葉はテーブルに座り、彼女と駄弁っていた。

 ギルドの隣にはカフェがあり、ギルドの職員や冒険者によく利用されている。


「確かに臭いし汚いし不快指数は高いかもだけど。でも慣れれば稼ぎやすいし。

 むしろあんな穴場の狩り場を教えてやってる私、優しい過ぎると思うんだよね。

 某有名生理薬並の優しさの塊じゃないかな?」


「バファ◯ンに謝れ。

 あのね、あなた、他の3人があなたを見る目、分かってないの?

 あからさまに、毎日、日を跨ぐ毎に、虫を見るような目と化していってるわよ」


「知る訳ないじゃん。

 私、基本人と目を合わせないようにしてるもん」


 人見知りのこの女が、他人様の顔を見て目を合わせるなどという事をする訳もない。


「月野と白夜も、元々仲が悪かったけどここ最近は尚更仲が悪くなってるように感じるし。

 あなた達、ちゃんと仲良くなる努力してる?」


「してる訳ないじゃん。

 むしろ、する気がないからこそのソロ専ローテーションだし」


 琴音は「はぁ、前途多難ね……」と大きくため息を吐いて、頼んだメロンソーダを飲む。


 「……そういえば、そろそろ時間じゃない?」


「ん?あぁ、そうだ。

 はぁ、気は乗らないけど、行かないと」


 時計を見て、二葉はオレンジジュースをグッと喉奥に流し込んだ。


(今週は、日南さんのターンか……これまでの流れから考えても嫌な予感しかしないけど……。

 いや、でも白夜ほど酷いって印象もないし、うん、日南さんだけはまともであると、期待しないと)


「んじゃ、後でね、お姉ちゃん!」


 二葉は自分のジュース代は置いて、ギルドへ向かった。







 今週から果歩がソロ担となってダンジョンに挑む……のだが、ここで問題が発生した。


 4人は、元々ダンジョンへ行く前の集合場所にはギルドを選んでいた。

 学生である二葉や月野の予定を考慮し、集合時間は原則夕方5時。休みの日は、朝の10時だ。

 万が一、行けそうにないとか遅れる、とかいう時はグループチャットで連絡を入れるようにと取り決めがされていた。


 ……のだが。


「はぁ、日南さんはいつごろ来るのかしら?」


 イライラと、雫が口にする。


 約束の集合時間はもう1時間も過ぎていた。


「ん~、今日は授業ないから良いけど……連絡ぐらい欲しいなぁ」


 白夜は定時制の高校に通っている。

 その為、昼の時間があまり取れない二葉や雫と違い、逆に夜の時間が取りにくかった。


 しかし、果歩に関しては学校に通っている訳でもなければ冒険者業以外に仕事をしている訳でもない。

 遅れる理由が思い浮かばなかった。


 3者でイライラしている間に、ギルドの扉が開いた。


「ごめぇん!遅くなっちゃった!」


「ごめんじゃないわよ。

 なぜ遅くなったの?理由は?チャットに一報を入れる事すら出来なかったの?」


 雫が即座に詰め寄る。


「あ~、チャットはね、忘れてた!

 遅れたのはね~、たっくんがエッチしたいって言うから、エッチしてたの!」


 堂々と言い放つ果歩に、雫も目を丸くする。


(いや、冗談、だよね?流石に……)


「あなた、恋人との、セッ……営みを優先して遅れたの?

 そんなの、後からでも出来るでしょ?」


 明言をするのは憚られたのか、言葉を変える雫。


「え~、だって、たっくんがしたいって言うんだもん。

 果歩も、最初は一時間だけだって言ったよ?

 でもでも、たっくんがもっとしたいって言うんだもん」


「断りなさいよ……!

 勝手に予定を狂わされて、私がどれだけ迷惑してると思ってるの!?」


 ここで『私達』ではなく『私』と言う辺りに、彼女の自分本位な部分が見え隠れしていたが、今は誰もツッコむ者はいなかった。


「だって、たっくんが~」


「あなたの頭の中、たっくんしか入ってないわけ!?

 色ボケなのは勝手だけど、人様の迷惑にならない範囲にしてくれる!?」


「む~、はぁい」


 子供のように唇を尖らせる果歩。

 反省している様子はあまりなさそうだった。


(なんか、この時点で幸先不安なんだけど……)


 二葉のその不安は、間もなくして当たる事となる。







 果歩が選んだダンジョンは、鉱石ダンジョンと呼ばれる、鉱物が多く取れる人気ダンジョンだった。

 メインのモンスターであるゴーレム種がかなり厄介である為、探索にもかなりの実力が求められるが、実力さえあれば稼ぎやすい。

 最も、ネックなのは、人気故に競合者が多く、素材は取り合いとなってしまう事だが。


 しかし果歩は、そんな鉱物には目もくれず、むしろ本来なら邪魔者であるゴーレムを積極的に探しては狩っていた。


「とぉりゃっ!」


 果歩は身の丈ほどもある斧をブンブンと振るい、本来なら硬いはずのゴーレムの身体をゴリゴリとぶっ壊して行った。


 その戦い方はパワフルそのもの。

 繊細な技術や特別なスキルはいらない。


 攻撃をする時はただ全力で思い切りぶん回す。

 防御をする時は身体に魔力を込めて耐える。


 シンプル、それ故に隙が少なかった。


 果歩は、雫ほど魔力量がチートというわけではない。

 それでも、彼女は先天的に、体内に魔力を循環させる事に関しては天才的な才能があった。

 無意識レベルでも、体内であれば自在に操作できる能力があった。


 その能力が、彼女の身体能力を極限まで上げた。

 人智を超えた怪力、人智を超えた肉体、それらは、硬いモンスターの代名詞であるゴーレムをも易々と砕く力を秘めているのだ。


 身も蓋もなく言えば、馬鹿力という事である。


(うわぁ、ゴーレムが飴細工みたいに粉々になっていく~)


「ねぇねぇ、日南ちゃんはなんで採取場じゃなくてゴーレムばっかり倒すの?

 いや、まぁ、ゴーレムの核も素材としてはウマウマだけどさぁ」


「ん~、前は、採取場に行ってたんだよ?

 でも、他の冒険者さんに、私が来ると素材を独占しちゃうからもう来るな~って言われちゃって」


「あ~……まぁ、日南ちゃんの力なら、鉱石なんてツルハシで何度もカンカンってしなくてもワンパンチで砕けちゃいそうだもんね」


「えへへ、そうなの~」


(否定しないんかい)


「ちょっと大変だけど、ゴーレムなら誰も何も言わないから、ゴーレムを倒す事にしたんだ」


「へぇ。

 あたしなら誰になんと言われようと、鉱石独占するけどね。

 そもそもダンジョンの素材って誰の所有物って決まってないから早い者勝ちだし」


(そりゃあ、あんたはそうでしょうね)


 面の皮を何重枚にも重ねた女に、二葉は心の中でそう思った。


 それから、ゴーレムをゴーンゴーンと片っぱしから砕いて進む。


(遅刻した時は幸先不安って思ったけど、他2人に比べれば割と問題なく進んでるわね)


 勝手にトラップを踏みつけてモンスターハウスを起動させた上で無差別魔法をぶちかます事もなければ、人をトラップに誘導して金をせしめる事もない。

 ついでに言えば、人様を虫の巣窟に連れ込んで臭い汁塗れにする事もない。


(最後の最後、ようやく当たりくじに当たったか……)


 そう思っていた時だった。


 軽快に進んでいた事もあり、割と短い時間でボス部屋に到着する。

 このダンジョンの最初のボスは、エレメンタルゴーレムと呼ばれる、魔鉱石で全身を覆われたゴーレムだった。両手両足には、とりわけ輝く石が埋め込まれている。

 名前の通り、魔法を使う事に長けたゴーレムで、火、水、土、風の4属性の魔法を扱う。

 さらにその身体に魔法は利かず、物理攻撃でしか倒す手段がないが素の防御力も高く、生半可な攻撃では倒せない。


 魔法特化の雫や、決定的な火力に乏しい二葉や瀬奈では相性が悪い。

 まるで果歩の為に用意されたモンスターだった。


 果歩は、最初は普通に戦っていた。

 他3人は、どうせすぐ倒されるだろうゴーレムを部屋の隅で眺めていた。

 事件が起こったのはそんな時だった。


 プルルル、プルルル……


「え?あ、もしもし、たっくん?どーしたの?」


 場違いな電話が鳴り響いた瞬間、あろうことか果歩はポケットからスマホを取り出したのだった。


「えぇ、お腹空いたから早く帰って来てくれ?

 えっと〜、でも今、ボスと戦ってるから〜」


 片手で斧をぶん回しながら、携帯で恋人とやりとりをする果歩。


 そんな状態でも防戦をする辺り、無駄に器用だがそうも言っていられない。

 ゴーレムの両腕両足に埋まっている魔石が輝き出したからだ。


 エレメンタルゴーレムは両腕両足に大きな魔石を埋め込んでおり、それが発光する時は強力な魔法攻撃を放つ合図だった。

 それを阻止するには、発光した魔石を同時攻撃するか、攻撃が発動する前に倒すしかない。


「ちょぉ〜!?大技来るって!日南ちゃん!」


「電話なんてしてる場合!?」


「わ、私、腕撃つ……!」


「あ、ごめ〜ん、流石に片手じゃ倒すの無理だから、ちょっと耐えて〜。

 あ、今のはたっくんに言った訳じゃなくて〜。

 ほぇ?たっくんのたばこ?

 うん、あ、ごめん、買い忘れてて……ひぃ!ごめんなさい!ちゃんと買って帰るからぁ。

 うぅ、ごめんね、駄目な彼女で、うん、うん、たっくんをイライラさせてごめんなさい。次は忘れないから、ちゃんとメモするから。

 えっと、タバコと〜、ご飯の食材と〜、コンドームと〜、え?お風呂のシャンプー切れてるの?

 ふぇ〜、買うもの一杯で覚えられないよ〜、タバコと、ゴムと、ご飯と、えっと、ジ◯ンプと……え?あ、ジ◯ンプじゃなくて、シャンプー?あ、ジ◯ンプも買って欲しいの?」


(は・な・し・なげぇぇぇぇぇ!)


 慌てて3人も掛かりで魔石を攻撃したお陰でどうにか必殺技が放たれる事は防がれた。

 ……が、その攻撃のせいで、エレメンタルゴーレムのターゲットが果歩から3人もへ移ってしまう。


「ふぇぇ、スマホってなんで電話しながらメモ出来ないの?

 あ、そうだたっくん、ラ◯ンで欲しい物書いて……ひぇぇ、ごめんなさい!そうだよね、たっくんの手を煩わせてごめんなさい!

 たっくんは忙しいんだもんね!」


(もう別れろ!たっくんと!)


 恋愛経験ゼロの陰キャでも分かる、香ばしく漂うDVのオーラに思わず心でツッコむ。


「いい加減電話切ってくれる!?

 その話、今しなくて良いわよねぇ!?

【アイスシールド】!」


 ゴゥンゴゥンの振るわれるゴーレムの腕を、氷の盾を作る事で防ぐ雫。


「あ、で、でも、たっくん、電話すぐ出ないと怒るからぁ。

 ひゃあ!ごめんなさい!たっくんが短気なんじゃないよね!

 果歩がトロ臭いから怒るんだもんね。

 ごめんね、果歩のせいで毎日イライラさせて」


(今、たっくんよりこっちがイライラしてんだけど!?)


 ゴーレムの猛攻に防御だけで翻弄される3人。


(チッ、アレ、疲れるからやりたくないんだけど……この状態じゃ、やるしかないか……)


 二葉は銃を腰に戻し、剣を引き抜こうとする。

 が、その前に……


「うん、うん、ごめんなさい、あ、タバコは忘れないよ、うん、また後でね」


 と、そこでようやく通話が終わる。


「おまたせ〜、じゃ、倒しちゃうね〜」


(本当に、めちゃくちゃ待ったわ!)


 その後、エレメンタルゴーレムは果歩の馬鹿力に対応する事も出来ず、僅か5分ほどで粉々に砕けるのだが。


 この出来事によって、3人の果歩に対する好感度が大きく下がったのは言うまでもなかった。

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