第7話 ダンジョン探索 〜星崎二葉の場合〜

 何故、ダンジョン探索へ向かってプラス収入よりマイナスの方が大きいのか。


 低ランク冒険者ならば、損傷した装備の手入れ、道具の補充、怪我の手当などの支出により、手に入れた素材の価値が釣り合わなくてマイナスになる事も少なくない。


 しかしそれは低ランク冒険者の場合。

 高ランク冒険者ならば、普通に探索をしていれば支出より収入が大きくなるはずなのだ。


(まぁ、理由は分かってるけど)


 結局、瀬奈がソロ担になってから1週間、彼女はひたすらトラップメインの、自身が行きつけだというダンジョンをハシゴした。


 そして罠に引っ掛かる度に高額なレスキュー料をぶん取られたのだ。

 紛れもない確信犯。

 あからさまにこちらに罠を食らわせようとする女の犯行だった。


 そもそも、仮にもパーティのメンバーがトラップに引っ掛かり、それを助けるのにレスキュー料を請求するのは人としてどうなのか。

 確かに、違法ではないけれど。人としての品格と良識を疑われるだけで違法ではないけれど。


(これなら月野さんの方がまだマシだった……。

 いや、無差別魔法も中々酷いけど)


 しかし、嘆いている暇もない。

 今週は二葉の担当週なのだ。


(私は、月野さんと白夜みたいな自分勝手な事はしない。

 無難に、何事もなく終わらせる)


 半ばフラグだろ、とツッコみたくなるような事を考え、二葉は制服から仕事着に着替えた。







 二葉が選んだダンジョンは、蠱毒ダンジョンと呼ばれるダンジョンだった。

 その名前の通り、虫系モンスターが異常に多い不人気ダンジョンである。


「え?ここ入るの?いや、ソロ担は星崎ちゃんだし、従うけど。

 でもここ入るの?」


 瀬奈が分かりやすく顔を顰める。


「…………お金は、稼げる………ます」


 虫系と呼ばれるモンスターは基本、グロい。

 その見た目で生理的嫌悪をもたらす人間も多く、しかも虫モンスターの多くは装備を腐らせる酸や毒攻撃を常備し、空を飛ぶタイプも少なくない為、色々な意味で嫌らしい。


 しかし、それを加味しても、虫モンスターの外殻や羽根などは良質な素材として取引される。

 シンプルに、硬い、軽い、といった性質が武具の素材として扱いやすいのだ。


 とはいえ、このレベルのダンジョンを攻略出来る人間であれば他のダンジョンでも通用する。

 だからこそ、不人気ダンジョンなのだ。

 弱い冒険者では瞬殺され、強い冒険者は他の良質な狩り場を知っている。


(まぁ、私は稼ぎが良いとか以前に、不人気ダンジョンなら人が来ないからって理由で選んでるんだけど)


 人見知りを極めたこの女らしい選出理由であった。


「ふぇ〜、私、虫って苦手〜」


「好きな人は少ないと思うわ」


「星崎ちゃんからたま〜に臭い汁の臭い漂ってたのって間違いなくこれが理由だよね〜」


 そして、このダンジョンを選んだ段階で3人の好感度が0からマイナスへ下がっている事に、彼女は気付いていなかった。







 ぶしゃあ!ぶしゃあ!


 蠱毒ダンジョンの中は鬱蒼と茂る森を模していた。

 その中を、ムカデとか蛾とか蜘蛛とかのモンスターが這っている。


 普通の虫状態ですらキモいのに、それが人並のサイズとなって襲い掛かってくる様はトラウマ物だろう。


 そんな虫を相手に、二葉は二丁拳銃を手に無表情で撃ち殺していた。

 普通の拳銃ではない。


 魔力を変換して弾丸として撃ち出すそれは、敵に当たった途端に爆発する。


 その爆風で虫は身体の中から飛び散る。

 緑色の血液がびちゃびちゃと周囲に飛び散り、ただでさえ臭いダンジョンに異様な臭いを撒き散らす。


「うぇ〜、臭い……。

 後で銭湯行かないと、たっくん家の中に入れてくれないよ〜」


「このダンジョン、燃やして良いかしら?」


「あはは、ダンジョンの自然って壁とかオブジェと同じ扱いだから燃やそうとしても意味ないんだよ、雫っち〜。

 ……気持ちは分かるけどさ〜」


(なんかブツブツ言ってるな〜。

 確かにこいつら、臭いしキモいけど。

 殺せばただの素材だし、臭いなんざ逆に身体に染み付けさせれば鼻麻痺して何も感じなくなるのに)


 なんて考えながら空を飛ぶ蠅を撃墜する。

 ぶしゃっと飛び散った汁が二葉に掛かるが、それでも気に留めない。


(臭いなんて後で洗えば良いのに。

 むしろこいつらと同じ臭いになれば探知されにくくなって、不意打ち攻撃しやすいし)


「ね、ねぇ、二葉ちゃん、虫の汁掛かってるよ?」


 果歩が顔を引き攣らせながら指摘する。


「あ、…………大丈夫、です。

 …………これ、無毒なので……」


「いやいや、そういう事じゃなくて、汚くない?」


(お前の心根よりは汚くねぇよ)


 散々金をぼったくられた事でただでさて瀬奈に対する低い好感度が絶対零度レベルまで下がっている二葉。

 心の中でそんな暴言をぶちまけながら


「……こう、するとモンスターに、探知………されなく、なるので………。

 ……あ、えと……白夜さんも、どう……ですか?」


「しないよ!?

 何が悲しくて虫の汁浴びなきゃいけないの!?」


(効率良いのに)


「あはは、星崎ちゃんさぁ、もしかして遠回しに仕返しでもしてる?

 先週散々金取ったからって根に持ってる?」


「…………いえ、別に……」


(めちゃくちゃ根に持ってるけどね)


 しかし、それはそれ、これはこれだ。


(私が本気で仕返しするなら、てめぇの頭に毒虫の汁でも大量にぶっ掛けてるっつーの)


 あくまで、蠱毒ダンジョンを選んだのは自分の行きつけだからだ。

 それ以上でも以下でもない。


「…………」


 二葉は足を止めた。

 そこには、大きな大木があり、人が1人潜れそうな穴がポッカリと空いている。


「この先、ボス……です。

 毒とか、麻痺とか、広範囲でばら撒きますけど…………えと、自衛で、お願い、します……」


 そう言って二葉はアイテムポーチから、タブレットのような薬を2錠取り出して口に入れた。


 一時的に毒や麻痺といったものを無効化する薬だ。

 連続服用は効果が薄れる上、決して安い値段でもないものの、毒や麻痺をばら撒くモンスターの多いこのダンジョンでは重宝する。


「うっは〜、入りたくね〜」


「パーティで入らないと、自力でボスを倒す事になるわよ」


 多くのダンジョンには、一定階層毎にボス部屋というものが設置されている。

 そのボスを倒さなければ次の階層には進めない。

 パーティを組んで挑めば全員が攻略者としてカウントされるが、そうでなければそれぞれで倒さなければならなくなる。


 ソロ担の言う事は絶対、という事で3人は嫌がりながら、二葉の後ろについて行った。







 薄暗い空間の中には、異質な臭いを放つ滑った水溜りが張ってある。

 それはただの水ではなく、数多の虫どもが撒き散らした血肉である。


 そんな部屋の中央には……


「うぉえっ、何あれ……」


 大量の目、うねる肉体、それを守る甲殻、大量の足、不気味な模様を描いた羽根、腹には……大量の種類の虫が身体の半分を埋められ、同化していた。


 蠱毒ダンジョン……その名の通り、このダンジョンのボスは蠱毒によって生まれている。

数多の虫同士が喰らい合い、その勝者がこのフロアのボスとして君臨しているのだ。


「ねぇ、てか、部屋の隅さぁ、大量の卵的なものが見えるんだけど、あれってオブジェ?それとも、マジもの?」


「………あ、産まれます」


「産まれるんかい!」


 そして、その産まれたモンスターを食べてさらに強くなるのがここのボスの特徴だった。


(蠱毒というより、一方的な咀嚼だよね)


「……産まれたモンスターは、殆どは、餌になるけど……たまに襲ってくるので………注意、しといて……頂ければと…………」


 そんな今更な警告と共に、ボスの蠱毒虫はブィィィ…と不快な音を上げた。


 口から緑色の液体を噴き出す。

 二葉は蠱毒虫の懐へダッシュする事で液体を回避した。


(こいつの噴き出す液体は毒液、麻痺液、そして溶解液……。

 毒と麻痺なら無視出来るけど、溶解液は食らったらダメージがデカい)


 二葉の背後へ飛んだ液体は地べたの水溜りに溶け、ジュ〜、と嫌な音を出しながら煙となる。


「ひぇ〜!卵、なんだかピキピキ割れてるぅ!壊して良い!?」


 言いながら後ろで、卵を壊す果歩。


(確かに産まれる前に壊せばこいつに食われる事もないから安牌なんだけど……。

 でも、この卵ども、戦闘中ってずっと生えるんだよね)


「うわっ、卵が生えてきた!めんどくさ!」


「【アイシクルブリザード】!」


(まともに処理すれば面倒だけど、ある意味、狩り場でもあるんだよね。

 色んな種類のモンスターが一箇所でポコポコ大量に産まれるから、倒し続ければ収益としてはウマウマだし、

 ……白夜に奪われた金を取り戻すならここがチャンスかな)


 それは、彼女の意図しないところである意味では白夜への仕返しとなる。

 ついでに他2人もとばっちりを喰らうが。


 二葉は、あえてボスへの攻撃を控えた。

 卵から産まれた虫どもを銃で倒し、ボスへの攻撃は雑魚虫を食べてパワーアップしそうになった時に妨害する程度だ。


「ね、ねぇ!星崎ちゃん、なんでボスに攻撃しないの!?」


「ひぇぇ!汚い汁がぁぁ!臭くてベトベトするよぉぉ!」


「ま、まさか、この状況で、素材稼ぎをしてるんじゃないでしょうね……」


 雫のまさかは、そのまさかだった。


 後ろ3人が汚い汁を浴びながら嫌嫌している事なんざお構いなし。

 この女は、この場を狩り場としか認識していなかった。


 飛び散る汁、肉片、悪臭。

 見目だけは良い少女達が汚れる様は、一部の特殊性癖の好事家だけは喜びそうだった。


 やがて、時が経てばその地獄も終わる。


(そろそろ、薬の効果切れそう……)


 薬が切れれば毒や麻痺が脅威として襲い掛かってくる。

 そうなれば倒す難易度は格段に上がる。

 そんな訳で、この辺りで狩りは終わらせる事にした。


 鎌のように鋭い足が、二葉を突き刺そうとする。

 二葉はそれを躱す。


 さらに、その足を踏みつけ、上へ飛んだ。

 銃を下方へ向け、多く込めた魔力で足をふっ飛ばした。


 その反動で自らの身体も、蠱毒虫よりも高く跳ね上がる事となる。


 二葉は銃を腰に戻し、二振りの剣を取り出した。


 その剣に、魔力を込める。


「今回も素材、ご馳走様」


 そんな事を言い残す余力まで残しながら。


 重力によって落ちる少女は、蠱毒虫の身体を上から下までぶった斬り、その命に終わりをもたらすのだった。


 吹き荒れる大量の臭い汁を、頭の上からドバドバと受けながら。


「…………あ、その……そちら、で倒したモンスター分は、各々…、で、換金、してもらえれば、と……」


(ここのところは気を遣っておかないとね。

 白夜みたいにネコババしそうな人間だと思われても嫌だし。

 というか、こうして他のメンバー相手に稼げる機会を与えるなんて、私もしかしてめっちゃ、気遣い上手なのでは?)


 なんて的外れな事を考える女。


 気が利くどころか、完全に3人の好感度はマイナスを突破している事など気付く由もなかった。

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