第6話 ダンジョン探索 ~白夜瀬奈の場合~

(つ、疲れた……)


 1週間、雫のダンジョン探索に付き合った感想がそれだった。


(ただ人様のダンジョンに付き合って荷物持ちするだけなのに、なんでソロ探索以上に疲れるの?いや、理由は分かってるけど)


 この1週間、雫は毎日ダンジョンへ通った。

 しかし、初日は溶岩ダンジョンだったにも関わらず次の曜日には海中迷宮、次の曜日には風鳴迷宮、次の曜日には砂漠迷宮と、属性分けで攻略ダンジョンを変更してくるのだ。

 そのどれもが、その迷宮に合った特殊な装備が必要であった為、この1週間で荷物持ちとして稼いだ金は全て装備品代で消えてしまった。


 本人談、「私の得意魔法は氷だけど、一流の魔法使いであればありとあらゆる属性を使いこなせてこそよ。だからこそ、毎日属性を変えてありとあらゆる属性の錬度を上げるようにしているの」との事。


「意識高いのは良いけど、それに他人を巻き込むなよ……!」


 とは思うものの、別に雫はルール違反をしている訳ではない。

 ソロ担当者が攻略ダンジョンを決める、それについては誰も異議を唱えなかったのだから。


(そう、悪い人ではない……でも、まぁ………これまでソロでやり続けてきた訳だよなぁ)


 溶岩迷宮で、誰の確認も取らずにトラップを踏んだ事と良い、勝手に無差別魔法をぶっ放す事と良いソロでの攻略癖が身についているからか、雫はとにかく、何かアクションをする時でも報告をするという事がなかった。


 気が利かないとかいう以前に、本気でこちらの事は興味がない、ただ形式上パーティを組んでいるだけの付属品としてしか認識していない。

 だから、わざわざ気を割いて心配してやろうというつもりが微塵もないのだ。


(そりゃあ、こちとら仮にもBランクだし、言われなくても警戒はするし、自衛も出来る。自分の身は自分で守るけど、なんかモヤモヤするなぁ。

 てか、なんで仮にもパーティメンバーの無差別魔法を一番警戒しなきゃいけないわけ?)


 とはいえ、それを口に出す勇気なんてない。

 何せこの女、重度の人見知りなのだ。


(んで、今週はあのロクでもない女かぁ……ぶっちゃけ、月野さん以上に面倒臭そうだし。

 金だけは奪われないように、財布の紐はキツく締めとかないと)


 最初から警戒心マックスの状態で、二葉は家を出た。







「あたしの推しダンジョンは、黄金ザックザク、冒険者たちのボーナスステージ、金塊迷宮どぅぇ~す!」


 その発言を聞いた時、二葉は自分の耳を疑った。


(金塊迷宮って、あの金塊迷宮だよね……?)


 名前の通り、通路からフロアまで、金ぴか色をしたなんとも目に痛いダンジョンだ。

 尚、金ぴかではあるが採掘は不可能。

 ダンジョンの壁や床は壊す事が出来ないのだ。


 瀬奈の言うように、金塊ダンジョンは金や銀など、世間的に見て分かりやすく高価な鉱物が取れやすい。

 しかしそう簡単に取れるなら他の探索者も利用している。


 このダンジョン、モンスターの強さもそこそこながら、それ以上にトラップが凶悪なのだ。

 一度引っかかったが最後、壁の中に埋め込まれたり脱出不可能の部屋に閉じ込められて押しつぶされたり、即死系トラップが異常なほどに多いのである。

 しかも素人目には看破困難な物が腐るほどあり、わざわざここに潜って一攫千金を狙うぐらいなら素直にモンスターを倒してチマチマ稼ぐ方が圧倒的にマシなのである。


 最も、1階層辺りなら、運が良ければトラップに引っかかる事なく宝部屋へ辿りつける事もある為、日夜、ギャンブルで身を崩した者たちが人生の復活権を掛けてチャレンジしているとかいないとか、という噂はあるが。


(ギャンブルなんて、たかだか娯楽の為に命を掛けるなんて考えられないよ)


 世のギャンブラーも、このソシャカス女にだけは言われたくないだろう。


「ちなみに、ガチで危険なトラップはあたしが事前に教えるけど、そうじゃないやつは個人でどうにかしてね~。

 まぁ、どうしてもっていうなら助けてあげるけど、その時は別途料金頂くんで」


 と、語る瀬奈の目には$が浮かんで見えた。

 日本人ならそこは円だろ、とも思うが、目に円の文字が浮かぶのは絵面としてダサいので。







 金塊ダンジョンの主なモンスターはカーバングル、ゴールドゴーレム、メタルナイトなどである。

 カーバングルはともかくとして、ダンジョンの内容にあやかって鉱石寄りのモンスターが多い。


「そいやそいや!死にたい奴から掛かって来いやおらー!」


 瀬奈の扱う武器は剣だった。

 先週までずっと雫のド派手な魔法蹂躙の光景ばかりを見て来たので何とも地味に見えるが、その動きは洗練されている。


 というより、シンプルに駆け引きが上手い。

 細やかな動作に入れるフェイントや、とっさの判断力の高さがところどころで光っていた。

 接近戦だけでなく、補助魔法や攻撃魔法、かく乱魔法や回復魔法など、数ある手数をどれも効果的に扱っている。


 器用万能、と自称するだけあり、武器も魔法も、使い方に隙がない。

 僅かな隙の全てはフェイントに繋がり、それに引っかかった者から命を落とす。


(強いて言えば私に近い戦い方……でも、私はここまで上手く戦えない。

 そもそもこれ、モンスターとの戦い方ってより、人間相手の戦い方を想定してるとしか思えないし)


 その判断は決して間違えてはいないだろう。

 そもそも、他の冒険者の財布を食い物にしてきた悪名高い彼女が、これまで一度も冒険者と衝突した事がないなど考えられない。

 きっと、彼女に恨みを持つ冒険者が何人も彼女に挑戦し、その度に彼女はそれを退けてきたのだろう。


「ふぃ~、戦闘終了っと。

 あ、日南ちゃん、そこの壁触んない方良いよ、毒槍飛び出るから」


「え?あ、ありがと~、教えてくれて」


 今のところ、トラップには誰も引っかかっていなかった。

 強いて言えば、果歩がかなり危険な感じだが、引っかかりそうな時は瀬奈が警告を出す為、今のところ五体満足である。


(……日南さんは、この注意力のなさでよくこれまでソロでやって来れたな)


 最も、巧妙に隠されたトラップをいとも簡単に見つけ出し、種類まで言い当てる瀬奈の方が異常なのだが。


 戦闘力に目をつぶっても、この探知スキルだけで本来なら数多の冒険者パーティに重宝されるはずだろう。


(まぁ、いくら探知スキルが高くても、いつ財布を狙われるかも分かんない相手をパーティに入れたい奴はいないだろうけど)


 しばらく探索を続けていると、開けたフロアに出る。

 その中央に、やけに豪華な宝箱があった。


「罠かしら?」


 雫が口にする。


「ん~、いんや、あたしの勘的には、あの宝箱に罠はないと思うにゃ~」


 そう言いながら、宝箱に自ら近付く。

 そして、蓋を開けた。


「おぉぉぉぉ!こ、これは……!よく分からん金ぴかの壺ゲット!」


 宝箱からな、やけにキラキラピカピカした壺が出てきた。


「こいつは売れそうだなぁ、げっへっへ……」


(うわぁ、欲望に取り付かれた顔……)


 呆れながら、一先ずこの場にはトラップはなかったのだと、安心する二葉。


 瀬奈は、ガチで危険なトラップの場所だけは教えてくれるが、それ以外のトラップは教えてくれない。


 二葉もソロ冒険者として多少の目利きはあるものの、それも完璧ではない。


 なので、決して瀬奈より前に出る事はなかった。

 瀬奈が通ったところなら高確率で安全である。そう判断し、瀬奈の歩むルートを見極め、そこだけ通るようにしていた。


「んじゃ、先に進もっか〜」


 良い宝が手に入った影響か、ルーンルーンと軽いステップで奥へ進む瀬奈。

 二葉達もそれに続く。




 瀬奈の歩いたルートなら安全である……それを瀬奈本人が知らない訳もないと、少し考えを巡らせれば分かっただろうに。




 カチッ


「んぇ?」


 足元から聞こえる嫌な音。


 その直後、足元からニュルリと蔓が伸び、二葉の足に絡んだ。

 蔓はさらに伸び、二葉の身体を宙へ吊る。


「ちょぉ、おぁ、ひぃぁぁ!」


 ほぼほぼ、天井付近まで伸びた蔓。

 その様相はジャックと豆の木を彷彿とさせた。


(トラップ!?なんで!?てか、切れない……!地面が遠い……!高いとこ苦手なのに……!)


「おぉ〜、あっはっは、随分吊るされたね〜、星崎ちゃん」


「っ、あっ……」


「星崎ちゃん、な〜んも考えないでカルガモみたいにあたしの歩いたルート辿るんだもん、あわよくばって思ってたけどさぁ。

 まさか本当に引っ掛かるなんてね〜」


(こ、こいつ…………ハメられた……!)


 怒りが沸き、腰から銃を引っこ抜いて脳天ぶち抜きたかった。


(ソロならもっと警戒していた。

 でも、こいつが歩いていたから安全だと、勝手に判断して……信用しちゃいけないって分かってたのに、なんで私は……!)


 二葉は己の短慮を呪った。


「普通に考えれば歩幅なんて簡単に調整出来るし、ゲームじゃないから誰でも彼でも一定間隔で歩く訳じゃないのにね〜。

 それとも星崎ちゃんはゲーム脳だった?」


「っ!そんな、事………」


 ないとも言い切れない。

 ソシャカスゲーオタ女二葉。

 その脳は誰よりもゲームに侵食されていた。


「で、どーする?助けてほしいなら助けるよ〜?

 あ、もちろんレスキュー料は頂きますっ」


 指で円を作って金アピールする瀬奈。


「ぐっ、これ、ぐらい…………」


 二葉は魔法で火を作り、蔦を焼こうとする。が、効果なし。


「あはは、無理無理。

 この蔦、攻撃は一切通さないから」


「あ、あ〜……わ、私、切ってみます!」


 見るに耐えられなくなったのか、吊られている二葉を不憫に思ったのか、果歩が背中の斧を持って蔓に叩き付ける。

 が、ビクともしない。


「ひぃん……手が痛い……何これぇ、岩より硬いよぉ」


 逆に岩を砕いた事があるのだろうか。


「岩より硬いからねぇ。

 この蔦の前には、雫っちの自慢の魔法もゴミだね!」


「……【コキュートス】」


 眉間にシワを寄せながら呪文を唱えると、床から巨大な氷柱が生え、蔦を覆った。

 そして砕けるが、蔦だけは無傷だった。


(今、氷粒ぶつかったんだけど) 


頭を擦り、雫を睨むが、当然彼女は二葉の事などみていなかった。


「ね?無理でしょ?」


 何故かドヤ顔する瀬奈。


「でもあたしならどうにか出来るよ〜?

 ね、どうする、星崎ちゃ〜ん?」


「……」


(こんな奴に1円だって払いたくない……。

 でも、引っ掛かったのは私の責任……)


「……お願い、します……」


 苦渋の決断だった。


「りょ〜かいっ」


 言うや瀬奈はアイテムポーチから除草剤を取り出した。


(て、除草剤……?そんなもので……)


「これをドバーっと」


 掛けられた蔦は、目に見えてシワシワと枯れていった。


「え、えぇ……」


 蔦が枯れた事で絡まった足も解放される。


「ほらほら、助けたよ?

 レスキュー料50万円ね?」


(いや、高すぎでしょ、いくらなんでも……)


「ちなみにこのトラップ、即死系ではないけどずっと拘束されてると接触面から少しずつ体力と魔力を奪われるから、解除手段を知らないといずれは死んでおかしくないきけ〜んなトラップなんだよね〜」


 瀬奈はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「つまりあたしは命の恩人。

 これぐらいのレスキュー料を貰う権利はある。

 それに星崎ちゃんだってBランクなんだし、これぐらいの金払う余力はあるでしょ?」


(確かに、そうだけど……それを分かって吹っ掛けてくるのがムカつく……!)


冒険者は自己責任のフリーランス業だ。それ故に、約束事とか道理とかに対してはシビアに見られる。

 たとえ相手がグレーゾーン爆進クソ女でも、助けられて金も払わないとなれば評価は大きく下がってしまう。


 二葉は、これは戒め料だと思いながら、渋々アイテムポーチからギルドカードを抜き出す。


 このカードは身分を証明するだけでなく、現金をポイントとしてチャージする事が可能で、ギルド管轄の店などで利用する事が出来た。

 さらに、ポイントを現金に変換する事も可能なので気軽にチャージが出来る。


 高ランク冒険者ともなれば装備やアイテムも高額な物を買う事が多い。

 その度に大量の現金を持ち歩くのはトラブルの元である上、非効率的なので、多くの場合はギルドカードにチャージしていた。


「…………ポイントで、良い…………ですか……?」


「ん、構わないよ〜」


 瀬奈もカードを取り出し、互いのカードを重ねる。

 この状態で魔力を重ねれば、ポイントのやり取りが出来る。


「【……私、星崎二葉は白夜瀬奈に50万ポイントを譲渡する】」


 と、こうして文言を唱えればポイントを渡せる。

 この方法でしか個人間でのポイントの抜き出しは出来ない。

 無理に盗んで抜き取ろうとしても、本人の同意がなければ決して盗む事は出来ないのだ。


「まっいど〜」


 ニコニコと笑みを浮かべる瀬奈に、二葉はただ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるしかなかった。

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