第5話 ダンジョン探索 ~月野雫の場合~
「第1週ローテーションは私が担当するわよ」
と事で、最初のソロ担は雫に決まった。
ローテーションなので最終的には全員に機会は回ってくるのだが、そこで最初が良いとゴネる雫と瀬奈。
最終的には雫が第1、瀬奈が第2、二葉が第3、果歩が第4の週のメインを担当する事となった。
雫が選んだダンジョンは溶岩迷宮と呼ばれる、名前の通りあちこちから溶岩が噴き出す地獄のようなダンジョンだった。
ただでさえ敵も強いにも関わらず、その熱さだけで余裕で死ねる地獄ぶりに、ダンジョンの中では不人気とされていた。
(幸い、事前通達はしてくれたお陰で準備は出来たけど……)
溶岩迷宮では、ただ立っているだけで水分は抜け、肌は焼け、普通の靴では鉄板よりも熱い地面に足を焼かれる事となる。
なので、攻略には専用の装備が必要となった。
(安くなかったなぁ、冷却ブーツに耐熱コート、火傷防止の魔符大量購入。これだから属性ダンジョンは嫌なんだよ。準備費が嵩むから)
この装備を用意する金があるなら、ソシャゲのガチャをどれだけ回せたか。
それを思い、二葉のテンションは爆下がりだった。
「あ〜、最悪、何が悲しくてこんな経費掛かるダンジョン来なきゃいけないの?
準備費めちゃ嵩むし、雫っちの自費で負担して欲しいんだけど」
二葉が思ってるような事を言い出す瀬奈。
「今週のリーダー《ソロ担当》は私よ、私の言う事に文句付けないでくれるかしら」
(とことん自分の好きに進むつもりだよ、この人……まぁ、その為のソロ担だけどさぁ)
溶岩迷宮という名を関するように、このダンジョンには火や溶岩に関連したモンスターが多く出現した。
サラマンダー、ファイアバード、ファイアエレメントなどなど、赤いわ燃えるわ、そんなモンスターばかりが現れる。
だが、そんなモンスターが現れる度に
「【アイスエッジ】【アイスコフィン】【アイシクルブリザード】」
それは、灼熱の世界に吹く場外れな吹雪だった。
雫が呪文を唱える度、氷の刃や弾丸がモンスターどもを一瞬にして絶命へと追い込んだ。
「
「?それってなぁに?」
果歩が首を傾げながら尋ねる。
「日南ちゃん聞いたことないの?
冒険者の間じゃ有名だよ?
やっぱ、有名な冒険者になるとあだ名……二つ名とか付けられるもんだしね〜」
(あんたにも付いてるけどね)
違法スレスレの行為で金を荒稼ぎするような女である。
言うまでもなく、その二つ名も不名誉な類のものだった。
なんて駄弁りながら(二葉に関しては完全無言で)先に進んでいく。
「ん?あ、雫っち、この部屋トラップあるよ」
瀬奈がそう言い、足を止めた。
そこは、やけに広いフロアだった。
正方形の、まるで人工物のように整えられたフロアの端にはマグマの沼が溜まっている。
「え?トラップ?どこどこ?」
果歩があちこちをキョロキョロする。
「そこ、かなり分かりづらいけど足元の床のタイル、一か所だけびっみょ~に色違うから。スイッチになってるんだと思う。
こういう部屋のトラップだと、モンスターハウスが本命かなぁ」
言われて二葉も目を向ける。
目を凝らしてもよく分からなかったが、数十秒ほど凝視すれば、どのタイルの事か分かった。
(確かに、微妙に色が違う……って、よく気付けたな、こいつ)
「あなた、手癖は悪いくせに目だけは無駄に良いわよね」
「うぇっへん!
目利きと嗅覚はソロ冒険者の必須スキルなので!」
「きっと前世は豚か犬だったのね。
手癖の悪さ的にはカラスもありかしら」
「折角トラップがあるって教えてあげたのにその言い草は流石に酷くない!?」
「普段の行いを鑑みれば当然よ。
それに……モンスターハウス程度なら、トラップにもならないし。それぐらいで威張らないでくれないかしら」
なんて言いながら、雫は誰に何かを警告する訳でもなく、ポチッとトラップを起動させてしまった。
「いやいやいやいやいや!?何勝手に押してんのぉぉぉぉぉ!?」
間もなくして、部屋中に現れる大量の魔法陣。
そこから溢れる大量のモンスター。
「うぎゃああああ!色んな意味で暑苦しいぃぃぃぃぃ!」
(人口密度ならぬモンスター密度がとんでもない事に……)
「ひゃあ〜、こんなの倒しきれないよ〜?」
ただでさえこのダンジョンは火を扱うモンスターが多い。
そんなモンスターが大量に出現したせいで、一気に室内温度が上がった。
「全員、自衛は勝手にやってなさい。
こいつらは……私の獲物よ、1匹たりとも分け与えてあげるつもりはないわ」
そう言い、杖を抱える雫。
「愚かなる有象無象に冷徹なる裁きを。
【エターナルフォースブリザード】」
杖の頂点を起点に吹き荒れる吹雪。
あっという間に部屋中を覆い尽くした吹雪は、無数の魔力の弾丸とだった。
ギュウギュウ詰めのフロアにこんなものが吹き荒れては、魔物ども躱す余地もない。
回避不能の、広範囲攻撃である。
しかし、その無慈悲な吹雪に苦しむのはモンスターだけではなかった。
「ひぃぃ!【アースウォール】!【アースウォール】!【アースウォール】!唱えた側から壁が削れるぅぅぅ!」
防御魔法を連呼しながらヒーヒー言う瀬奈。
「【プロテクション】!【アイスレジスト】!【ペインフォール】!【リジェネヒール】!」
防御魔法はあまり強力なものを持たない二葉。
持ちうる限りの魔法を自身に重ねがけして、それでも受けたダメージは回復魔法で癒してとにかく致命傷だけは避ける。
「うぇぇ!痛い痛い痛いってばぁ!」
何故か、魔法も唱えず素で受けて、ノーダメージの果歩。
仮にもパーティメンバーが身を守る為にヒーヒーしているにも関わらず、そちらには一瞥もくれず平気で無差別魔法を継続させる雫。
やがて、吹雪が止む。
モンスターは全て倒れた。
そして、とばっちりを食らった3人も目に見えて疲弊していた。
「……どう?この程度、トラップですらなかったでしょう?
私にとっては、モンスターハウスなんてボーナスステージでしかないと分かったかしら?」
「あはは……これだけのモンスターを瞬殺って……相変わらず、化け物だよねぇ」
5分もせずに訪れたフロアの惨状に瀬奈は乾いた笑いを上げることしか出来なかった。
(普通の魔法使い程度じゃ、こんな事出来る訳もないしね。
実力だけは確かに化け物だよ)
広範囲魔法を使える魔法使いというのはいる。
しかし、広範囲に及ぶ魔法はどうしても範囲を広げるだけで魔力の消費量が激しく、威力を犠牲とする事が多い。
ましてや、ここは本来Bランクの冒険者パーティでも手間取るとされる迷宮だった。
本来なら広範囲魔法など、ここのモンスターにとってはそよ風扱いのはずなのに。
(自分でS級に匹敵する、なんて自称するだけあるわぁ。
間違いなく、魔力量に関してはチート級だもの)
「当然よ。
私は天才だもの」
何も知らない人間であれば、魔力量は生まれつきのもの。何の努力もしないで威張っている。と僻むだろう。
しかし、膨大な魔力は操作が非常に難しい。
膨大な魔力量は才能であっても、その魔力を使いこなすのは紛れもない技術であり、努力の賜物である事は、実力者であれば理解出来た。
(……まぁ、魔法の練習ばっかに明け暮れて、人格面の訓練は怠って来たんだろうけどさ)
受けたダメージを魔法で回復させ、二葉はそんな事を考える。
「それより、ようやく出番よ、荷物持ち。
流石にこれだけの量、私のマジックバックにも入らないもの」
「よし、ばっち来たぁぁぁ!」
先ほどでヒーヒーしていた瀬奈、突如水を得た魚のように拳を上げる。
「白夜さん、あなたは私と一緒よ」
「え、なんで?」
「……あなた、目を離したら絶対ネコババするでしょ。
後で会計誤魔化して、少しでも得しようとするのが目に見えてるのよ」
「あはは、そんな事しないよぉ、この澄んだ眼を見て!」
「……淀んだヘドロのような目しか見えないのだけど」
なんてやり取りをして、4人はフロアに散らばったモンスターから素材を回収するのだった。
「……ところで、モンスターハウスのトラップを起動させるのは良いよ?まだ。
でも、あれは酷くない?」
「あら、あれって何?」
「事前報告なしでトラップを起動させたのもだし、あたしらいるのにあんな無差別魔法撃つの酷くない!?
あたしらじゃなきゃ死んでたよ!?」
「でも、死んでないじゃない。
それに、仮にもAランク相応とされるBランクならこれぐらい防げると思ったのよ」
「だからって、曲がりなりにも味方に攻撃ぶっぱは頭イカれてってしょ!」
「あなたにだけはイカれていると言われたくないけれど……。
そもそも、私はあなた達を味方とは見ていないわ。
ただ成り行きで形ばかりのパーティを組んだ相手、どうして味方と認識出来るの?」
(まぁ、それはそうなんだけど……)
「そもそも、私はこれまでもこうやって稼いで来たの。
これが私のスタイルなのよ。
私に付き添うというのなら、私のスタイルにぐらい合わせて欲しいものね」
そう言い放ち、素材の回収が終わるや否や、奥へと進んで行ってしまうのだった。
(月野さんの気持ちも分かるけど……。
でも、だからってあれはないよなぁ)
勝手に人を巻き込む無差別魔法を撃っておいて、それに謝罪する事すらない雫の態度は言うまでもなく、二葉達の胸にモヤモヤしたものを残すのだった。
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