第2話 自己紹介①

 大人の事情も相まってパーティを組む事になった万年ソロぼっち娘、二葉は琴音に誘われるまま、ギルドの奥の部屋へと案内されていた。


「お腹痛い、トイレ行って良い?」


「さっき行ったでしょ。

 しかも10分も籠もってたでしょ?」


「あぐぅ……」


「はぁ、ダンジョン潜ってモンスター倒すのは平気なくせに、初対面の人と挨拶するのはどうしてそこまで苦手なの?」


「モンスターは殺せば良い、人は殺しちゃ駄目」


「理由がバイオレンス過ぎない?」


 人見知りを極めた結果、今日までソロ活動に拘り続けてきた二葉。


 尚、この女、たとえダンジョン内のあからさまに毒が含まれている怪しい草を食ったとしても下痢一つしない(物理的な意味では)最強の胃袋の持ち主である。

 ただし、知らない他人と会話をしなければならないといった状況下では点で役に立たない、(精神的な意味では)最弱の胃袋の持ち主である。


「別に、完全に知らない他人に会うって訳じゃないんだからさ。

 それに、これから会うのは皆、実力だけならAランク相応だけど、ソロ活動メインだったせいでAランクとして認められなかった……つまりはあなたと同類の面子ばかりだし」


「いや、私と同類って、絶対問題児しかいないじゃん」


 そもそも、危険と隣り合わせの探索者という仕事をしながらソロプレイに拘る人間にロクな人間がいない、というのが二葉の持論だった。

 たとえ最初のランクが低い内はソロで活動していても、やがて実力的に頭打ちとなり、パーティを組むようになるのが普通の冒険者だ。


 そこを意地でもソロに拘り、ソロの辿りつける限界値とされるBランクに到達してみせるセルフ縛りプレイ野郎どもに正常な神経の人間がいる訳もない。


(実際、私の知ってるソロBランク冒険者って、まともな奴一人もいないし)


 ちなみに、人見知りをこじらせたこの女が、積極的に他者と会話をする訳もない。

 知っている、と言ってもあくまで顔と名前を知っているだけ。

 まともに言葉を交わした事はなかった。


「……ま、否定はしないけど。

 異常者と異常者同士、仲良くしなさい」


「異常者と異常者は傍から見たら同類でも、結局タイプが違うからくっつかない事の方が圧倒的に多いんだよ。

 圧倒的な凸と圧倒的な凸が組み合わさっても拒否反応が起こるもんなの」


「……」


「むしろ、異常者とまともに付き合えるのって、人並み以上に善良な普通の人だから。

 あからさまにヤバい奴って分かってるけどそれでも放っておけないっていう心優しい普通の人だけが異常者と付き会えるの。

 だから琴音お姉ちゃんの周りも変人ばっかでしょ?」


「…………やばい、反論が出来ない。

 コミュ障にレスバで負けた」


 身に覚えがあるのか、琴音は頭を抱えた。


「と、いうわけでソロBランクの方々と仲良くできる自信がないので帰って良い?」


「良い訳ないでしょ、名誉Aランクになって国にタダ働きさせられたい?」


「……くっ。英語さえ……英語さえ出来たなら……」


 そもそも、例え彼女が英語の天才だったとしても、コミュニケーション力の問題を解消出来なければ知り合いのいない他国でやって行くなんて不可能な話なので、あまりにも無意味なタラレバなのだった。


 そして、件のギルド奥の部屋へ連行。


 ギルドの部屋はいくつか冒険者用に貸し出しが行われ、主にパーティ同士の話し合いとか、パーティを組もうと思っている新人達の合同交流会(略して合コン)として使われている。


「入りたくない」


「我儘言わない」


「お腹痛い」


「はい、痛み止め」


 琴音はポケットに入っていた痛み止め薬を二葉のポケットに押し込んだ。


「うぅぅ……こんな事をする為に冒険者になったんじゃないのにぃ」


「むしろソシャカスの課金代をカンパしてやる為に冒険者は存在してるんじゃないって言い返したいわね」


 ぐちぐちと言いながら意地でも扉を開けたがらない二葉に痺れを切らし、琴音は扉を開く。


「ほら、もう皆待ってるんだから」


「うぇぇ……」


 割とガチで吐き出しそうな気分になりながらも、ここまで来たら逃げる事も出来ない。


(あ、もう気配消してよう。マジ、挨拶だけしたら空気になって時間が過ぎるまでジッとしてよう)


 二葉はそう心に決めて、部屋に足を踏み入れるのだった。







 部屋の中は、素人目でもそこそこ豪華だと分かる調度品が並んでいた。

 借りる事の出来る部屋のランクは冒険者ランクによって変わるが、言うまでもなくこの部屋は最高ランクのものだろう。


「お待たせしました、皆様。

 最後の一人が到着しました」


「……お、遅れて、申し訳、ございませんでした………」


 さっきまで従姉妹相手にベラベラ文句を綴っていた女は、借りて来た猫のように縮こまり、ボソボソと言いながら頭を下げた。


「本当に遅いわね。

 15分前行動というものを知らないのかしら。

 5分前行動が許されるのは学生だけよ。実質遅刻と同じね」


「いや、規定時間内には間に合ってるんだから遅刻じゃないでしょ。

 そもそも、星崎ちゃん、高校生だからバリバリ学生だし。5分前行動で許される年齢だし」


「学生という看板に甘えてるのが気に食わないわ。

 何より、冒険者として金を稼ぐ以上、立場は社会人と同等。

 困った時だけ学生だから許せというのは甘えよ」


(うわぁ……薄々いるとは思ってたけど嫌な人いたよ……」


 別に遅刻したという訳でもないのに出会い初めからネチネチ言って来る女性を前に、早速胃がキリキリと痛み出す二葉。


 月野雫つきのしずく……洒落みたいな名前だが本名である。

 オーシャンブルーの髪をポニーテールに纏めた、端正な顔立ちの美女である。

 スラッとしたモデルのような体型に、スーツとローブを組み合わせたような衣装、足はタイトなミニスカートだが、黒タイツによる防御は忘れていない。

 最も、世の中にはこの組み合わせに欲情する人種もいるが。


(美人だけどキツイし怖いし、苦手なんだよなぁ)


 その彼女は、部屋の中のテーブルイスに腰掛け、足を組んでいる。


(美女と黒タイツと足組みの相性ってなんでこんなに良いんだろうなぁ。

 これで眼鏡とか付けてたら完全にドS系女教師だよなぁ。

 私はMじゃないから好きじゃないけど、どっかドM系主人公のいるエロ漫画の世界にでも転生してくれないかなぁ。需要と供給が合わないよ)


 現実逃避的にアホな事を考えながら、二葉は「ごめんなさい……」と小さく謝りながら、一つだけ空いているテーブルイスに座る。


(……不幸中の幸いなのか、全員、顔と名前は知ってる人達だ)


 考えてみれば、日本国内でBランク冒険者というだけで数は少ない。

 そのBランク冒険者の中からAランクに匹敵する実力だけどソロを貫いているという理由で昇級出来ていない、なんて人間がそう多くいる訳もないのだ。


(ソロのBランクなんてそれだけで目立つしね)


「あはは、でもうちら全員顔見知りだね、自己紹介いらなくない?それともやっとく?」


 軽く笑いながら言うのは、二葉とそう歳も離れていなさそうな少女だった。


 白夜瀬奈びゃくやせな、雫とはまたタイプが違うが、こちらもかなり整った顔立ちをした美少女だった。

 銀色のストレートヘアー。黙っていれば病弱な深窓の令嬢っぽいのに、コロコロ表情の変わる様を見ればそんな印象は吹き飛ぶ。

 基本的な服装は軽装だが、ポーチやポケットが多めの印象。その上から大きめの外套を羽織っており、細かな体型までは把握出来ない。

 決して、貧相な身体を隠したいとか、ぽっちゃりしたお腹を隠したいとか、そんな乙女な理由ではない事はここにいる誰もが理解しているだろう。


(……正直、月野さんはまだ良い。

 一緒にいるのは気疲れするけど、悪人ではないし、この人と同レベル扱いされるのはむしろ褒められてると言えなくもない。

 ……でも、こいつは駄目だ)


 一見して快活な印象を受ける感じの良い少女だが、その本性はロクでもないものだった。


(確かに実力はあるけど……でも、この人をAランク候補に入れるのは駄目でしょ、お姉ちゃん)


 チラッ、と部屋の隅で使用人の如く待機する琴音に目を向ける二葉。


「……ところで私、気になっている事があるのだけど。

 ここにいるのは、本来であればAランクになるべき実力とがあると認められた者たちよね?

 なら、どうしてあなたがここにいるのかしら?

 白夜瀬奈」


(あ、聞いちゃうんだ)


「ん?そりゃあ、奥さん、それはあたしが超スーパー強くて美少女で賢いハイスペックビューティフルガールだからに決まってるじゃないの」


(美少女とビューティフルガールは被ってない?)


「へぇ………そう。

 他の冒険者パーティの獲物を横取りしたり、レスキュー名目で相場より高い金や素材をふんだくったり、がAランクにふさわしいなんて、私は到底思えないのだけどねぇ?」


 白夜瀬奈、彼女は確かに実力はある。

 しかし、その高い実力以上に悪名も強い。

 金のなる素材を落とすモンスターがいれば他人からでも容赦なく奪い、羽振りの良い冒険者パーティがいればレスキューを名目にふんだくるなど、彼女にとっては朝飯前だ。


(下手な奴がやれば余裕の犯罪行為なのに、こいつの場合、かなりのグレーゾーンを突くから注意や警告は受けても罰は受けないんだよなぁ)


 モンスターの横取りは助太刀を盾とし、レスキューによる報酬の強制もそれ自体は法律で認められている。ただし、法律で認められる範囲で最大値と言えるような金額を常に請求するのが周りから嫌われる要因だ。


「ん~、雫っちの言う最低限の品格が何を基準にしてるかは分かんないけどさぁ。

 誰がどう言おうとあたしは、犯罪に手を染めた覚えはないし、それで誰かに裁かれた事もない。

 形式的には黒い部分なんて何もない、健全な一般冒険者なわけ。

 だからこうして、Aランク候補者の会に呼ばれて不自然はない訳よ。

 ねー、琴音ちゃん?」


 突如話を振られた琴音。


「……グレーは黒ではない、それなら白と同等の扱いをしなければならない。

 それで察してください」


 図星だったらしい。


(正直、グレーだろうが問題児だろうが他人の内はどうでも良いけど、パーティを組むってなると嫌な相手だなぁ)


 それでも、このパーティ組みは半ば強制的なもの。

 諦めるしかなかった。

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