第1話 始まり

「二葉、話があるんだけど」


「ん〜、何?」


 スマホを弄りながら、星崎二葉ほしざきふたばは耳だけ傾けた。


「……人の話を聞く時は顔上げよっか?」


「あ〜、今ギルド戦だから無理。

 あと2分ぐらいしたら終わる」


「…………」


 冷めた目を向ける琴音の視線にも気付かないまま、2分後、顔を上げる二葉。


「終わったよ。

 で、何?」


「……ギルドの上から直々に懇願があってね。

 あなたには、今後パーティを組んで活動してもらいたいって……」


「お疲れ様〜」


「って、人の話を聞き終わる前に帰るな!」


 席を立ち上がる二葉の腕を掴む琴音。


「いや、無理無理、パーティとか無理、超無理。死ねる、死ぬ、ドラゴンに特攻した方がマシ」


「どんだけ拒絶反応出てるのよ……せめて話だけでも聞かない?」


「やだ、パーティ組むとかありえない。

 帰ってゲームする」


「常日頃からスマホゲー弄ってて帰ってからもゲームすんのかよ。

 って、それは良いけど……ねぇ、二葉?」


「何?」




「この店の代金、私持ちなんだけど?

 奢ってくれる目上相手に話も聞かないってどうかと思うんだ〜」




「………………聞くだけなら」


 二葉は露骨に顔をしかめながら席に戻った。


(こんな事ならファミレスに釣られるんじゃなかった……)


 ファミレスは家族や友人など、複数で来るべき場所だと思っている二葉。

 普段は入りたくてもリア充の波動を(一人で勝手に)感じて入れずにいたものの、今日に限っては従姉妹の琴音が誘ってくれたのもあり、話に乗ったのが運の尽きだった。


 彼女は、二葉が普段から贔屓にしている冒険者総合組合ギルドで働く受付嬢だ。


 人見知りが激しい二葉は他の受付相手ではまともに会話出来ず、琴音がいる時しか受付は利用しないという徹底ぶりだ。


「まずさ、二葉は、この国の冒険者ランク制度の仕組み、分かってる?」


「ん、強さと国に対する貢献度、あと人格とかで判断される……んだよね?」


 日本国において冒険者のランクはG〜Sまで存在する。

 Bランクまでは特別な問題も起こさず、個人の強さがあれば昇級出来るようになっているが、それ以降となると一気に昇級の難易度は跳ね上がる。


 尚、二葉はほんの半年前、Bランクに昇級した。


「まぁ、複合的な判断要素は他にもあるけど、そこがメインよね。

 で、Aランクに上がる条件だけど、ここまでなると『個人的な強さ』だけじゃ昇級は認められない。

 パーティとの綿密な連携とか、その辺りも見られるようになる」


「ん、Aランクまで行くと国とか要人とかの指名依頼を受ける事もあるから、ソロよりパーティを組んでる方が確実性も高まって安心、って事でしょ?」


 後は、パーティを組んで連携を取れる程度には他人と合わせられる能力がなければ国の代表格となる冒険者としては認められないという事もある。


(ま、国の代表になる事もある冒険者が、極度な人見知りとか、うっかりフレンドリーファイアぶちかますような輩じゃ論外だろうし、妥当だよね)


 元より人と合わせる事など考えられない二葉は、最初からAランクは目指していない。

 現在のBランクが己にとってのゴール地点だと自負していた。


「で、最近、政府の方で、Aランク以上の冒険者を増やしたいって話が出てて」


「……そりゃあ、増やせるなら増やしたいだろうね」


 優秀な冒険者はどの国でも貴重な人財だ。

 増やしたいに決まっている。


「まぁ、他国と渡り合えるだけのものが欲しいんだと思うわよ?

 ただでさえ日本はダンジョン後進国だし。

 幸い、高ランクダンジョンはいくつかあるから外人冒険者なんかは集まって外貨は入ってくるけど。

 でも、それでダンジョン攻略されても結局手柄は外国のものだし、素材も持って行かれるしね」


「大人の事情ってやつだねぇ」


(私にはどうでも良いや)


 端から、学校の授業でも社会は捨てている二葉。

 お偉い方の考える事なんざ微塵も興味はない。


「……それに、シンプルに、強い冒険者が国内にいるっていうのはそれだけでも箔が付くもの。

 あと、困った時は国家権力で動かせるし。

 だからこそ、実力だけはAランク並にあるくせにソロ専でBランクに留まり続ける冒険者っていうのは、お偉い方も望んでないわけ」


(……それでパーティ組めって話に戻るわけか)


「ぶっちゃけ、ギルドからしても実力のある冒険者には上のランクにいて欲しいし」


「知らないよ、そんなの」


 元より、二葉はランクに大きな拘りはない。

 税金の控除額が大きくなるのでBランクまでは目指したが、それ以降はパーティを組まなければいけなくなるし国の命令に従わなきゃいけないしで、面倒な事しかない。


 名誉とか出世とか、そういうのを好む人間なら是が非でも目指すのだろうが、二葉はそういうものに興味がない……なんなら嫌っているほどだった。


「私は、ゲームの課金用の金が稼ぎたくて冒険者になったの。

 下手にランクを上げて、責任を背負わなきゃいけない立場にはなりたくない」


「……そう、まぁ、やっぱり二葉ならそう言うよね」


「うん、諦めて」


「でもね、私も引き下がれないのよ。

 ギルドの上層部からも、つつかれてるから」


「ご愁傷さまです」


「そう思うなら言う事聞いて?」


「やだ」


 と、そこで注文の品が届いた。

 琴音はスパゲティ、二葉はツインのハンバーグだ。

 琴音はそこにサラダバーを付け、二葉はスープバーを付けている。


「……最近、欲しい物とかない?」


「あっても一人で買える。

 私の稼ぎ、琴音お姉ちゃんも知ってるでしょ?」


 個人の実力だけならAランクに匹敵すると言われる彼女。ソロでダンジョンに潜っている事もあり、1日の稼ぎは一般サラリーマンの月収を軽く凌駕している。


(ん、ハンバーグおいし)


 最早琴音の話に聞く耳も持たず、ハンバーグを食べ進める二葉。尚、セットはご飯派。


「……ちなみに、これは上司だから聞いた話だから信憑性低いんだけどね」


「ん?」


「近々、国が政策を打ち出して、名誉Aランク制度を作るらしいわよ」


「なにそれ?」


「普通、ランクアップともなれば誰もが望むところなんだけど、うちの国じゃあなたみたいに、急激に増える責任が嫌であえてランクアップを望まない人が少なくないのよ。

 そういう人達用に名誉Aランクの称号を与える訳。

 ちなみに、この称号が与えられると立場上はBランクだからBランク相応の恩恵しか受けられないけど、Aランク相応の実力はあるんだから国の命令は聞けって事になるわ」


「なにそれ。

 恩恵は変わらないのに責任だけ増えるって最悪じゃない?」


「ま、日本政府だし?」


 それだけで納得する二葉。


「絶対可決するってわけでもないけど……でもそうなると、どっちにしろ二葉は国の犬確定ね」


「……外国に逃げたい」


「へ〜、英語の成績2のくせに?」


「……」


「そもそも日本国内ですらまともに人と言葉を交わせないくせに、どうやって外国の人達とコミュニケーション取る気?」


「…………くっ、なるしか、ないのか……国家の犬……!」


 ハンバーグにフォークを突き立てて二葉は苦渋に顔を歪めた。


「まぁ、悪い事ばかりでもないわよ?

 Aランクになれば税金は完全控除になるし。

 毎年毎年、国に高額納税したくないからって年末に露骨に稼ぎを調整してギリギリライン狙う必要もなくなるわよ?」


「……それぐらいの恩恵なかったらAランクなんてゴミでしかないもんね」


「ゴミって……」


 二葉は大きく溜息を吐いた。


(お姉ちゃんは噂程度って言ってるけど、この国ってロクでもない法案に限って可決するからなぁ。

 どっちにしろ国の犬になるなら、多少は恩恵のもらえるAランクに昇級する方がマシかも)


「……パーティ組んでも上手くいく訳じゃないよ?

 私、パーティプレイなんてした事ないし」


「まぁ、その時はその時よ。

 ……その時は名誉Aランクとして国に安い金で使われるだけよ」


(マジ、海外に逃げたい)


 二葉は溜息を吐きながら、現実から逃げるようにハンバーグを頬張った。

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