第159話 アズマ・ミヤコは相棒を問い詰めたい 4-2



 無線機の向こうで、笑いを舌の上で転がすような気配があった。



「いくらなんでも、それはわたくしのことを買いかぶり過ぎではなくて、美弥子みやこさぁん?」



 煉華れんげの態度に、美弥子みやこの確信はますます深くなる。

 同時にどうしようもなく湧き上がる嫌悪感を抑えきれなくなってしまう。



「貴女がわざわざ私のことを友達なんて言い出した時点で、もっと怪しむべきでしたね」


「そんな悲しいこと言わないで、美弥子みやこさぁん?

 〈グレイル〉を仕留めたいという気持ちでは、貴女にだって負けないつもりよぉ」



 無線越しに聞こえ続ける凄まじい風切り音は、煉華れんげが全力で戦場を駆けていることを示していた。


 JKを追ってるというのも、ウソではなさそうだ。



 それでもわずかに逡巡しゅんじゅんし、美弥子みやこは指令室の扉へ伸ばしかけた手を引っ込める。


 いずれにせよ、とても他の者に聞かせられるような話ではなかった。



「つまり半分は正解、半分は間違いという意味ですね、煉華れんげさん?」



 やはり、この襲撃にはふたりの意志が介在していたのだ。



 囚人たちを指揮してるのは、オジ・グランフェルの他に考えられない。


 そしてオジを収監しゅうかんする牢を定めず、毎度別の牢へ戻すよう提案してきたのは煉華れんげだ。


 囚人同士の協力をはばみ、脱走を防ぐ方法としては常套じょうとう手段なので、そのときは美弥子みやこもスルーしてしまった。



 だがあるとき、たった一度オジと同じ牢になったというだけの囚人が、あの人に対する扱いがあまりにひどいと抗議してきた。


 ついには、頼むからあの人を手伝わせてほしいと看守にすがりつく者まで現れるようになってしまった。



 誰もが明日をも知れぬ状況で、なにが囚人たちにそこまで言わせるのか。


 あの人と呼ばれているのは、ブラックオアシス製油所にはすでにオジの正体さえ知らない者のほうが多くなっていたからだ。



 あの男には、他人をきつける得体の知れない力でも備わっているのか。


 以来、牢へ戻すこと自体を取りやめることにした。


 毎晩気絶するまでポンプを回すよう強要し、夜明けまで作業場に放置することにしたのである。



 あの男は、それでも今日まで生き残ってきた。


 この事実だけでも脅威を感じるには充分過ぎたが、美弥子みやこ煉華れんげの差し金と気づくきっかけとなったのはそこではない。



「貴女は、わざわざ鋼鉄の鎖を外してまで、あの男を荒縄で拘束こうそくしていました」


「先月、私がオジ様を連れ出したときのことを言っているのぉ?」



 無線機の向こうで砂利じゃりの上を滑るような音を立て、煉華れんげが急停止する。


 直後に石造りの廊下をね回る弾丸が、火花を立てて跳弾ちょうだんするのがわかった。



「錬金術の使い手も、あのおじさんか!

 貴女はそれを知っていて報告しなかった。


 牢を移動させていたのも共謀きょうぼうを防ぐためではなく、あいつに囚人たちを解放させるためだったんじゃないんですかっ」


「私は、誰にもこうして欲しいなんて頼んだことはないわぁ」


未必みひつの故意なら許されるとでも?

 どうしてッ!?」



 こいつはこういうことをしかねない要注意人物だとわかっていたはずだ。


 なのに、どうして?


 どうして裏切った?

 どうしてだました?

 どうして、自分の邪魔をするような真似をするのか!



 もっと警戒しなくちゃいけなかったのに……どうして、ほんの少しだけでも気を許したりしたのか?


 さまざまなどうしてが胸を詰まらせ、その先の言葉は喉につかえて音にならない。



「残り十五発。次に弾倉交換するタイミングで仕掛けるわ」



 なのに煉華れんげは冷静に敵の残弾を数え、問い詰められる最中さなかにも従順な兵士としての報告を忘れない。


 裏切っておきながら、戦闘を継続けいぞくしようという強固な意志を示してくる。



「もちろんあの〈グレイル〉が生きてたなんて、私も驚いてるところよぉ?

 だから予想よりも被害が大きくなったことは確かかしら」


「……認めると、言うんですかッ」



 予想通りの答えだったにも関わらず、それは美弥子みやこはさらに傷つけた。


 余計に気持ちをささくれ立たせてしまう。



 突然、異世界へ放り出されてから一年近く、ほとんど腐れ縁のように行動を共にしてきた。


 ろくでもないヤツなのは知り尽くしてても、今まで美弥子みやこを裏切ったことだけはなかったのに。



 力いっぱい感情をぶつけてやりたいくらいなのに、美弥子みやこはこんなときでもただ常識論を振りかざしてしまう。



「貴女のせいで、製油所の復旧にどれだけ時間がかかると思うんです!?」


「こんなゴミみたいな施設より、どう考えたって美弥子みやこさんのほうが大切でしょぉ?」



 ……………………は?


 予想もしなかった言葉にフリーズしてしまう。



「ここのオイルに戦略上大きな価値があることくらいわかっているわぁ。

 でも、それで美弥子みやこさんを壊してしまうほうが損失が大きいじゃなぁい。


 たとえ中佐の命令でも、そこはゆずれない。

 油田の確保も世界征服も、あくまでついでのことに過ぎないわぁ。

 私たちの目的は、すべての〈グレイル〉を倒し、の野望を阻止すること。

 そのためには、まだまだ美弥子みやこさんの力が必要だって思うのよぉ」



 なにを言ってるんだ、こいつは?


 わけがわからないのに、どういうわけか胸が熱くなってしまう。



 美弥子みやこは、命令とはいえ多数の一般市民を巻き込んで爆殺した。


 製油所の司令官にいてからも、毎日のように大量の囚人たちが倒れていくのに見て見ぬ振りをし続けてきた。


 すべては自業自得で、言い訳なんかできない。

 逃げ場がない。


 だからこそ岩の上に頭を押しつけられたまま、ハンマーで何度も何度もなぐられてるみたいに衝撃をすべて受け止めるしかなかった。



 全部全部、自業自得だったから。



 眠りに落ちる度、悲鳴を上げて飛び起きてしまう。


 食欲を消滅させたまま無理やり食事を呑み込むと、胃袋を直接手でしぼり上げられるみたいに吐き出してしまう。


 口に入れた以上の分量を吐き出し、胃液が尽きた後でも嘔吐感おうとかんが消えずに苦しみ続けてきた。



 なにを呑気のんきに食事なんかしてるんだ。

 なにを生意気に眠りこけてるんだと、頭の中で膨れ上がる名も知らぬ人たちの怨念おんねんが許してくれなかった。


 けどそんなとき、なぜかよく煉華れんげの姿を見かけた。



 手洗いの外で待っていてくれたのも一度や二度ではない。


 どうしても寝付けずに部屋を出たとき、深夜にも関わらず煉華れんげが待っていたこともあった。



 背をさすってくれるわけでも、肩を貸してくれるわけでもない。


 やさしい言葉をかけてくれたことなんて、一度もない。



 なのに、どうしてかいつもそばにいてくれた。


 そのことが唐突に胸に迫ってきて、熱いかたまりを目尻の奥まで押し上げようとしてくる。



「れ、煉華れんげさんの目的は、オジ・グランフェルとの再戦でしょうに!?

 そのためにあえて見逃していたんじゃないんですかっ」


「なにもかも他人のためだなんて、いくら美弥子みやこさんでも自惚うぬぼれが過ぎるというものよぉ。

 私にだって私の目的があるというだけ、そういうものでしょぉ?」



 ああ、そうだ……こういう子だった。


 あずま 美弥子みやこの知る、紫明院しめいいん 煉華れんげとは、こういう子だった。



 そして今、もともとの目的であるオジ・グランフェルより、〈グレイル〉の始末を優先しようとしてくれている。


 その一点に対してのみ、この女は誰よりも信用できた。



 だから美弥子みやこも他の言葉にできないすべての感情をみ込み、指令官としての責務に従順となる。



「ならば確実に〈グレイル〉を始末してください、紫明院しめいいん軍曹!」


「了解よぉ、あずま司令」



 通信が切れる。


 その寸前、戦闘狂と恐れられる相棒が風となって飛び出していくのがわかった。



 そして美弥子みやこもまた、今度こそ指令室の扉を押し開けていた。



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