第5話 遠江公園

 しろちゃんが小学生と知り合ったという公園ではなく、僕らが向かう公園はまた別のところだった。遠江公園、という所。

 僕は一度行ったことがあるかないか、しかも入って遊んだわけではなく素通りした程度で、記憶がかなり薄い。

 へんぴな場所にあった。

 そんな覚え方。

 なぜその公園なのか聞くと「人目につかないから」らしい。危険なワードっぽいが、さらりと言われたので納得してしまった。

「うおっと」

 自転車が道路の段差に差し掛かって、少し浮いた。思わず声が出てしまう。

 後ろの荷台に座るしろちゃんが腰にしがみついてきて、役得だなとか考えていたら力を入れられた。うげえ。

「北川は自転車の運転が下手だね」

「え、どういう意味? それ」

「そのままの意味。ハンドリングもいまいちだし、段差には突っ込むし。もう少し後ろに乗る人のことを考えて操縦すべきだと思う」

「ご指摘どうも……」

 魔術師ルックの人に言われたくない。お前のせいでわざわざ裏道を通っているところもあるんだぞ。

「そこ右」

 言われてハンドルを切った。裏道からさらに細かい道に入っていく。僕は内心でしろちゃんを罵倒した。どこへ行くつもりなんだ。ここは人が立ち入ってはいけない場所、不可侵の領域ぞ……!

 ギャグはともかく、僕はちょっと動揺していた。

 暗いのもあるし、仮に目的地である公園にたどり着いたとしても、そこからまた来た道を帰ってくる自信が無い。

 高校生にもなりながらマジで不安になりつつペダルを漕いでいると、ようやくそれらしきものが見えてきた。

「はい、到着。しろちゃん着いたよ」

「ありがと」

 ブレーキをかけて止まると、しろちゃんが礼を言って後ろから飛び降りた。よくこんな装束で平然としていられる。メンタルが生まれつき、僕と違って強いのだろうか?

 しろちゃんは周囲を毅然とした面持ちで見渡すと言う。

「この空の色。世の人の欲望や夢や葛藤がない交ぜになって広がったような、良い色合いだ。時間も……ちょうど夕刻の六時。人が家路に着き、魔物が跋扈し始める頃だ」

 ……中二病も患っているかもしれないが、これじゃ思いっきり電波だ。

 どうにかしないと。

「しろちゃん、最近なんか見たり読んだりした?」

「え? 本を読んだりはしたかな」

「……どんなやつ?」

「すこし分厚くて、難解そうな本。でも有意義ではあったよ」

 サイズ感まで手で表現して伝えてくれるのだが、注目すべきはそっちではない。

 やっぱり、何かに影響されていたのである。

 僕は頭を高速で回転させながら、先に歩き出したしろちゃんを追った。公園の入り口に大きな岩が置いてあって、そこに『遠江公園』と彫ってある。

 公園の敷地に足を踏み入れるとむっとした空気が押し寄せた。少し陰気な雰囲気。これが夏ならもっと顔をしかめてただろうけど、まだ夏は先だ。その代わり、足元からひんやりとした風が吹いた。

 しろちゃんの格好もあるんだろうけど、別世界っぽい。

 僕も井上みたいにすげなくお断りすべきだったかな、とか考えていると、全然違うことを言われた。

「北川、シーソー乗らない?」

「…………」

「あれ、嫌だった?」

「そうではなく、何故にシーソー?」

「私一人だと遊べないんだよ。分かるでしょ?」

 分からないけどな。

 というか、ただの気まぐれなのかと思いきや、わりと必死な内容だった。

 シーソーにすでに乗り込み、こいこいと手招きするしろちゃんに僕は少し悲しくなった。

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