第3話 帰り道の会話

 しろちゃんの失踪。

 それは僕の心やら生活やらにそれ相応のショックを、打撃を与えたのだが、当人……しろちゃん本人からは別に何ともないようだった。

 僕の前からいきなり消え、数日してからパッと現れた。平然とした顔で。

 少なからず僕もしろちゃんの素行や態度に腹を立てたが、まあ無事ならば良しと思うことにした。しろちゃんの奇人変人伝説は今に始まったことというわけでもない。

 出会った当初、中学生の時点でかなり変わっていたといえる。

 授業中、先生の説明に対して「先生自体はどう考えてるんですか教えてください」とか言ったり、数学の宿題を『電卓そのものを提出する』といった暴挙に出たり。どういうことか? まぁ、要するに電卓でまかなえる計算式をわざわざ自分で解く必要性を感じないというオリジナルMy理論なのだけど、当たり前のごとく生徒指導室に呼び出されていった。

「ふーん、ふんふーん♪」

 今、その件のしろちゃんは僕の横を歩いている。ガードレールの上を、だが。

「ねぇ、そろそろ降りてこない? めっちゃ人に見られるんですけど」

「ふーん、ふ? ああ、もうちょっと行ったらね。ガードレール途切れるから」

 キリの話じゃねえ。常識の話をしてるんだ。

 僕はため息をついてこれまた横を歩いて(こっちは普通だ)いる井上に謝った。

「なんか巻き込んでごめん」

「いや……白浜のおかしさには慣れている。校内で噂にもなってるし、私自身も何回も目撃しているからな」

 慣れられてた。確かに、校内でも有名人であるしろちゃんだった。……新聞部の取材とかも受けてたような。

 井上も僕の肩口からしろちゃんを見上げて言った。

「生徒指導の教師、あるいは生徒会とかから何も言われないのか? よく問題にならないなコレ……」

「ああー」

 しろちゃんの格好の話である。コレ、と表現しちゃいたくなるのも頷けるだろう、もはやコスプレの領域だ。

 魔術師といえばこういうもの、といった黒装束に三角帽子を制服の上から着用し、さらにでっかい杖まで持っている。それをぶんぶん振り回しながら歩いているのでハッキリ迷惑だった。魔法攻撃なのかと思いきや物理攻撃派だったのだろうか? とにかく危険人物なのは合ってる。

「中学の時にはよく問題になってたんだけどね。もう高校に上がってからは放置されるようになった、ってのが現状かな。ウチの高校、わりと自由なとこあるし。私立だから?」

「私立でも厳しいとこは厳しいだろう。そりゃ自由なのかもしれないけど、取締りや教師のチェックをかいくぐるコツはなんだ……?」

「人徳、とかかな……」

 僕は言って、微妙な表情になる。井上が不思議がるのも無理はない。しろちゃんにはどうにもうるさく言えない特殊な雰囲気があるのだ。愛嬌とも少し違う。

 というか、

「井上さ、近い近い。顔が」

「え? あ、ああ……」

 覗き込んでるからしょうがないけど、あんまり接近されると困る。井上は男っぽい言動で分かりにくいがその実で美人なのである。

 まぁ、緊張するんで、はい。

「———とうっ!」

 と、ガードレールが途切れたのか、しろちゃんが上から降りて来た。子供向けヒーロー番組みたいだな、と思った。

 ぱたり! と地面に学生ローファーが当たる音が聞こえて、しろちゃんがこちらに振り返ってきた。

 こっちも美少女なんだけど。変だ。変態だ。

「やはり現実の法則に縛られていては何にもならないっ! 魔の手先は今も無害で善良な人々を苦しめ続けているというのに! かくなる上は今日も今日とて魔法陣の製作に乗り出さなくてはいけないだろう!」

 ……はい?

「私の魔法陣が完成すれば、より多くの人が救われると思う」

 凄く真面目な顔で言ってくる。

 僕は冷や汗が出てくるのを感じながら、話に付き合うことにした。

「魔法陣って、どんなの?」

「近所の公園……ではない、私が設定したフィールドに十五メートル四方の線を引いた」

「引いたって、何で?」

「石灰」

 あの体育の時間に使われるヤツだ。ということは学校の倉庫から借りたのか?

「もしかして備品をパクったりしてない?」

「いや、自分で買ったんだよ」

「はあっ!?」

 僕は思わず叫んだ。呆れたもんだ。あんなものを自費で個人的に購入する奴がこの世に存在するとは。

 ……石灰分込みの本体価格で……六千円くらいか?

 当たり前だけど買ったことないので分からん。

「ホームセンターで普通に売ってた。あと私は生徒会にいた時があるから、備品購入は手慣れてるんだよ」

 ああ、一時期会計してたな、そういえば。

 それが、なんで……

「というわけで、北川には悪いけど魔法陣製作に付き合ってもらうから! 帰ったら私の家に迎えに来てね! 今日は魔法陣の構成に必要な素材調達をするからねっ!」

 こんなことに。

 僕は頭のおかしい部分だけをスルーして、とりあえず頷いた。

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